短編集

てとら

レンとユウスケとモーツァルト

 まず始める前に、モーツァルトの話をしよう。


 ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト。

 彼の物語は永遠に語り継がれて行くであろう……。

 


 アマデーは神童とよばれ、幼いうちからヴァイオリンを手ほどき無しに演奏したという。


「おとうさん! どうですか、どうでしょう、僕の演奏は!」


 けれども彼が青年になるうち、父親との確執が大きくなったという。

 

「お父さんに認められたくて、ここまでやってこられたというのに! ああ、なぜ僕は父に認められないのだろうか」


 このころから借金をして生活をしていたというモーツァルト。

 コンスタンツェと結婚してからも借金は絶えず、借金王と呼ばれた。



 そして、フリーメイソンとの関係。

 アマデーはメイソンだったため、墓地に埋葬されず土の上に放り投げられたままだったという。

 


 

 妻が貴公子と不倫をしても、文句一つ言わなかったモーツァルト。

 真の意味でやさしかったのか、それとも人のいいおじさんだったのか。

 

 私には、理解できなかったけれど……。



「モーツァルトの『フィガロの結婚』なんてどう」

 発表会にだす出し物のことで、私たちサークル仲間はもめていた。

「あれってオケでないと厳しいものが……」

 オケとはオーケストラの略。

 それもそうか、と一同はうなだれた。

「ソロでやるならピアノ曲ねぇ。どうせなら『トルコ行進曲』か『きらきら星変奏曲』でもしなさいよ。レンちゃん」

 オーボエの美樹が私をちゃん付けした。

「レンちゃんて呼ぶな。ふーん、まあ、悪くなさそうね」

 とはいうものの、本心は違っていて……。

 

 ソロ曲やれですって? 冗談。オケヴァージョンをいかに素人芸でもうまく演奏できるか……それが音楽家を目指す我々の使命ではないのか!


 

「やってやれないことはない」

 ヴァイオリン担当の篤志がぼそりとつぶやいた。

「おもしろそうだし、せっかくだからやろうぜ、フィガロ」

「やるのはいいが」

 コントラバスの武雄が口を挟む。

「おまえ、ギターはどうするよ。ケルビーノのソロがあるんだぜ。スザンナのギター演奏、どうするね」

「だれがやるか……ってこと? うーん」

 美樹が腕組みをしてピアノから離れた。

「こうなったらレン、あんたがやれ。言い出しっぺ」

「ギターなんてできねーっつの」

  


「そこまで本格的だと、オペラになっちゃうじゃん。あたしらはただ、演奏すりゃいいだけでしょ、なに熱くなってるのよ」

 ばかみたい、とクールな理穂が言う。

「ばかとは、なによーっ! あたしはねえ、本格的にやったっていいと思っただけで!」

「まあまあ、まあまあ」

 美樹と理穂の喧嘩をおさえ、一段落ついたところで教授が現れ、日が暮れたので帰るようにといわれ、一同は楽器をしまった。

 私もフルートをしまうと篤志に目配せする。

 しかし、篤志は私を見てはくれなかったが。


 大学のサークルで知り合った仲間たち。

 美樹と理穂と、男友達は篤志と武雄だった。

 でも、いつの間にか私は篤志に惹かれていて、私はすすんで告白するような性格ではなかったため、いつも一歩離れた位置からでしか、彼を見ることすらできなかった。

 あるとき、雨が降ってきて傘を忘れた私に、

「一緒にはいるか」

 と彼が誘ってきたことがあった。

 それがきっかけとなり、私はクリスマス近くなった頃、気持ちをうち明けた。

「ほう。おまえが俺にね」

 じつはわかっていた、といった口振りで、なんだか気が抜けてしまったのだが。

「俺はおまえといると、飽きないよ。だから、好きだ」

 簡単なせりふしかいってくれないけど、分かりづらい相手よりはいいかなぁ。

 だけど、最近では分からなくなっていた。

 篤志の態度を見ていると、私には既に興味が失せたような感じなのだ。

 どうにも、不安ばかりが募る。

 理穂との距離が妙に縮まっている気がするのだ……。

 女の勘、てやつだろうか。 


 ……だめなら、しかたない、のだろうか。

 私たちの関係。

 



 次の日の早朝、篤志が私のアパートまで訪ねてきて、

「おまえ、また哲学書を……今日はホッブスのリヴァイアサンを読みふけってたのか。顔色優れないぞ、だいじょうぶか」

 と小さく笑った。

「しかたないでしょ、思想書を読まないと専攻した意味ないもの。それよか、何のよう。こんな時間から」

「うん、じつは」

 靴を脱いで部屋に上がり込む篤志。

 表情に神妙さが浮き出ていた。

「どしたの、怖い顔」

「俺と、別れてほしい……」

 カップを持つ手が震えた。

「そんな、どうして」

「すまん、なにも聞くな」

「それじゃわかんない! 言葉で説明してよ……」

 彼の顔を見るのが怖くて、ずっと背中を向けたまま怒鳴る。

 それに理由なら分かっていた。

「理穂を妊娠させてしまったから……その責任さ」

 自嘲するような言い方。

 やめてほしい。そんな、自分を責める言い方なんて。

 私を傷つける言い方しないでと。

 だって理穂が誘惑したんでしょ、そうだって、いって!

「好きだったの、理穂が」

 理穂は……何事にも慎重で、どこか悪魔的な感じがしていた。

 その理穂と、篤志が。

 まるでドラマを目の前で見ている気分だった。

「好きとかじゃなく、勢いで……」

 次の瞬間、篤志を殴り飛ばしていた。   

「ばか! あんたなんか、顔も見たくない、失せな!」

 驚いたように目を見張ったまま、彼は硬直し、黙って部屋を後にした。

 私はくずおれ、床に顔をこすりつけて泣いた。

 篤志はあんな最低な男だったんだ。

 どうして好きになったんだろう……。

 その日以来、そのことばかり考えるようになっていった。



 私はサークルに顔を出すことがなくなっていった。

 いくとつらくなるから。

 しかしフルートの練習は公園で休日を使って、続けていた。

 青空の下で練習をしていると、演劇学校の生徒たちが帰る途中らしく、わいわい騒ぎながら目の前を通り過ぎていく。

 その中で一番目立つ役柄の男性が、私と視線を交わした。

 一瞬だけ、電流が流れた気がした。

 な、なに、いまの、なに!?

 あの格好は……そうだ、赤いベストを着たモーツァルト青年!

 私のフルートに合わせて、テノールを青空に響かせていた。

「きみの音楽、いつも聞いていたよ」

 いきなり話しかけられて、正直とまどったが、お礼だけは言っておく。

「あ、ありがとう」

「モーツァルト好きなんだね」

 わたしはうなずいた。

「よろしい。今宵公演があるのだが、来ないかね」

 チケットを胸ポケットから取り出してよこした。

 そこには『アマデウス』と記してあり、私の心を弾ませた。

「いきます、ぜひいきます」

「待っているよ」

 彼は片手をあげて学校に戻っていた。

 私はといえば、しばらくぼんやりして、なにも考えられずにいた。

 今の人、なんだか、かっこよかったなぁ。

 あれ? でもなんで私を待っているんだ?

 それにこのチケットだって、きっと高いだろうに……。

 なんでだ?

 

 主役の俳優、すなわち今のモーツァルト役の人は、斉藤悠介っていうんだ。

 ユウスケ、ね。

 あの人に見つめられたとき、落ち着いた。

 動揺していた心が落ち着いたのだ。

 ……なぜだろう。

 それはともかく、開演が六時とあった。

 きっと彼の初舞台なんだろう、……応援に行ってあげたくなった。




  いつものように幕が開く・・・・・・。

 て、ち○きな○みか!

 開演時間が迫っていた。

 頭にはなぜだか、ユースケの顔が浮かんでは消えていく。

 このころになると、すっかり篤志のことなど忘れてしまっていた。

 恋愛って、こんなものなんだろうか・・・・・・。

 


「おとうさん! 僕はお父さんに認められたくて、ここまできたというのに」

 ユースケのせりふが響き渡る。

 そして、妻コンスタンツェの浮気が発覚し、モーツァルトは愛人のことさえも許した。

 そんな場面を見せられ、私は自分の身の上に起こったことを思い出す。

 ・・・・・・アマデウスって、かわいそうな人ね。

 父親に期待され、裏切られ、妻にさえも。

 ・・・・・・かわいそうね、モーツァルト!

 私がコンスタンツェなら、彼を愛せただろうか。

 目頭が熱くなって、涙が流れていた。

 フリーメーソンだった彼に、入る墓地は無かった。そのため、無造作に地面へ投げ捨てられるが、医師と妻と愛人が現れ、彼らがモーツァルトを暗殺したのだという。

 だから・・・・・・涙が止まらなかった。

 そして、もう一度自分に問いかける。


 私がコンスタンツェなら、彼を一生涯かけて、愛せただろうか。


「やあ、楽しかったかい」

 楽屋近くの廊下で、ユースケがにこやかに現れて、会釈する。

「ええ、とても」

 彼はまだアマデウスの格好をしていて、息を切らせていたようだった。

 この人・・・・・・。

「よかったよ、よろこんでもらえて」

 この人・・・・・・!

 もしかして、着替えも忘れるほどに急いで私の元へと駆けつけたんだろうか。

 だとしたら、と想像すると、胸の奥が熱くなる。

「あのう、聞きたかったことがあって」

 私はもじもじとしながら、彼を見上げた。

「うん? なにかな」

 心なしか、彼の顔が赤いようにも思う。

 考えれば考えるほど、ますます胸の鼓動の高鳴りが大きくなっていく。

 き、緊張するなぁ。

 篤志のときとは大違いだ、だってあいつとは、なりゆきで付き合っただけだもの。

「私にチケットをくれたのはなぜ?」

 やっとの思いでたずねる。

「ああ」

 それはね、といいかけて、彼は座長に呼ばれ、あとでまた会いに来ておくれ、と投げキスを送る。

 

 ・・・・・・きざ。



 「そろそろ話してよ」

 私はとうとう痺れを切らし、ユースケを促した。

「そうだね、もういいころだよね」

 いや、だから、なにがやねん!

 にやにやと気味の悪い笑みを浮かべて、ユースケがいったことに対してのつっこみね。

「既にお気づきかもしれないが・・・・・・」

 窓に向かってセリフをつぶやいた。

 赤いブレザーが目立つよねえ、モーツァルト。

 というか、まだ着替えないのか、オヌシは・・・・・・。

「コンスタンツェ! きみと今ここでこうしているのは、あなたを愛してしまったから・・・・・・」

 ちゃうって。

 私はコンスタンツェ、あんな、いやみな女じゃないわよ!

「失礼ね、あんなヤツと一緒にしないで頂戴!」

「あんなヤツって、コンスタンツェ? ふふふ、そうかな。彼女はきっと、案外、夫に尽くしたと僕は想うよ」

 ほんとかよ。

「見てきたわけでもないのに、よくわかるわね」

「そりゃあ、アマデウス・モーツァルトが好きだもの。だから、彼のすべてが手に取るようにわかってしまう」

 すげー自信家だ。

 そのためだろうか、クールな篤志とは逆のタイプで、なぜかユースケに釘付けとなってしまう。

「モーツァルトの曲は、僕の孤独な心を癒してくれる。まるでそれは神と表現しても、決して、過言ではないように」

 大空を見上げてユースケの言ったとたん、頭上を白い鳩が舞い、弧を描いていた。

「一緒にいかないか?」

 急に何を言い出すかと想えば、ユースケはこう切り出してきた。

「・・・・・・ザルツブルグに」

「ええ!? ちょっとまってよ。どうして私なんか誘うわけ? 会ったばかりなのに」

「いや、なんとなくなんだけど」

 ちょっとした照れ笑いを浮かべて、ユースケが言った。

「こんなことを言うからと、どうか笑わないでおくれ。じつはきみとは、初めて会ったわけではないんだ。正直な話、前々からきみを想っていたし、・・・・・・面識もあったんだ」

「どういうこと? 私にはまったく、おぼえがないんだけれど」

「だろうね、いや、」

 ユースケは頬を指でぽりぽりとかきながら、

「前世の記憶、って、信じるかい? 僕にはそれがあるんだ」

 は、話がぜんぜん見えない・・・・・・。

「あのう、帰っていい?」

 ユースケはイスに座るように勧めると、今度はかつらをはずして頭を引っかいた。

「やれやれ、回りくどい説明はやめにするか。というわけで、お茶でもどうぞ」

 彼は茶を飲みながら説明するといってくれ、私も多少はそういうの、興味あったので用意されたカップを持ち上げた。



 「だからさ、さっきもいったように・・・・・・前世の記憶があるんだよ」

 ユースケはそういって、自分の頭を指差した。

「ほら、ここにね、ここ」

「それは、まあわかったから。けどひとつわからないのは、なぜあなたに、そんなものが残っているかということで・・・・・・」

「ずばり言うと神の御意志ってヤツじゃないのかな」

 冗談めいた口調で、ユースケが言った。

「からかってるでしょ〜」

「うん」

 ・・・・・・肯定かよ!

「はぁ〜。ばかばかしい」

「そう? でもまあ、ふつうは信じないだろうね、こんな」

「当然。私にもあなたと同じ記憶が残っていたらわかるけど」

「・・・・・・あるかもよ」

 ユースケが唇を持ち上げて、ふふんと笑う。

 その笑い方に特徴があって、というかつまり・・・・・・急に懐かしさを覚えてしまっていた。

「そういえばね、ユースケ。あなたに会ったとき、背中に電流が走る思いがした。あれがそうなの?」

「たぶん」

 しばらく、お互いの顔をみつめあっていた。

 そのうち、ユースケが私の手に自分の手を重ねてきて・・・・・・。

「変な気持ち。こんなに胸が締め付けられるの、初めてで怖い」

「いいんじゃない? これがほんとの『恋とはどんなものかしら』ってね」

 そうなのよね、ケルビーノという少年が『フィガロの結婚』に出てくるのだけど、その彼が歌うソロ『恋とは〜』は、十代の幼い恋心を歌う歌、として有名。


「奥様、奥様、恋とはいかなるものなのでしょうか。こんなに胸が締め付けられ、こんなに誰かを愛しいと想う、いったいこの気持ちは・・・・・・」


 ただしこれは不倫の歌なので、あまり好きではないが・・・・・・。


「レンちゃん、僕のこの気持ちは本物だからね、偽りなどないよ」

 言われているうちその気になり、私は瞼を閉じていた。

 彼の唇が近づいてくる。

 ふさがれたとたん、稽古場の扉がノックされ、ユースケはあわてて立ち上がる。

「いかん、次の舞台だ。どうしよう、次はヴェルディの『アッティラ』なんだよなぁ」

「あら、あなたヴェルディもやるの」

 彼はうなずいて、

「ああ、いろいろとね。よかったら次のも観ていきなよ」

 ユースケにウインクされ、私はすっかりのぼせてしまっていた。

 キスまでされたんだ、当然といえば当然の結果・・・・・・かもしれないが・・・・・・。



 「一番すきなのはもちろん、モーツァルトだよ」

 ヴェルディの公演が終わると、ユースケが汗をふきながら私に言った。

「今度、デートしようね?」

 率直に誘われると、女としては、うれしいものだ。

「どこに行きたい? 歌劇をもっと観たければ、カタラーニの『なつかしいわが家』とかヴェルディの『海賊』も、プッチーニの『トスカ』もあるけど」

「ああ、『トスカ』はぜひ観たいわね」

 というような会話をして、私はユースケと別れ、家に帰ろうと歩き出す。

 しかし歩いてすぐ誰かに腕をつかまれ、電柱の裏に引き寄せられた。

「あ、篤志」

 私は冷たい視線を彼に投げつける。

「そうおっかねえ顔するな。会いたかったんだぜ」

「大嘘つきね。理穂とはどうしたの」

「別れた。やっぱりおまえがいいから、迎えに来たんだ。俺の部屋に帰ってくれ」

 い、いまさら・・・・・・。

 私は彼の腕を振り払って、

「やめて。あんたなんか、もう知らない。それに好きな人もできたし、うんざりする」

「・・・・・・浮気してるのか。だったらやめさせてやる」

 おいおい。どっちが・・・・・・。

「とにかく、一度戻ってもらうからなっ」

「やめなさい、人を呼ぶわよ!」

「呼べるモンなら呼んでみな」

 往来でもめていると、篤志の腕をひねり上げる人物が現れた。

「ユースケ」

 ・・・・・・だった。

「レンちゃんはいやがってるのに。女々しい男だ」

「なんだと! 人の女に手を出しといて」

 感情的になりつつある篤志を蔑んで嘲笑するユースケ。

「何もわかってないんだな、おまえは」

「なんのことさ」

「お前とレンは、既に過去の間柄。そうだろ?」

「まだ、おわっちゃいねえよ」

 肉を裂く音が聞こえた。

 篤志はユースケを足蹴にし、私を連れ帰ろうとしたが、私はやつの腕に噛み付き、ユースケを抱き起こした。

 なんだかぬるぬるするので、手を開いた。

 手のひらに血糊がべったりついて、私は思わず悲鳴を上げた。


 救急車を呼んで、ユースケは集中治療室に入り、一命は取り留めたものの、目覚めるのが遅かった。


 篤志はナイフを隠し持っており、私は自分のせいでこうなってしまったことを悔やんだ。

 そういえばなぜ、ユースケはあの時助けに来たんだろう。

 なぜ、すぐ気がついてくれたんだろう?

 

 僕には前世の記憶があるんだ――。


 といった彼の言葉が、耳の奥から離れずにいた。     

  



 責任感から、私はユースケに会わないと決めた。

 でもねユースケ。

 私のせいで後々、同じような目にあわせられないでしょ。

 ・・・・・・ごめんね。

 

 愛するユースケの、わき腹を刺した篤志。

 私はあいつを許さない。

 あいつとはもう終わったはずなのに、なぜか因果の糸が断ち切れないままだった。


 篤志に殺意を抱いた刹那、モーツァルトの交響曲を収録したCDが転がってきた。

 初めてユースケと会ったときのことを思い出す。

 

「ボクはモーツァルトが大好きなんだ!」


 ユースケの言葉を思い出し、CDを抱きしめたら、なぜだか涙が流れ落ちてきた。

 殺さなくたっていいのかもしれない、と思い直す。

 そうだ、殺したら自分がだめになるだろう。

 なにより、ユースケが喜んでなどくれまい。

 今の私にとって、一番つらいのは、ユースケに嫌われること、なのだから。

 

 ――一緒に行かないか? ザルツブルグへ。


 ユースケがいつだか、そういってくれた。

 いきたい。

 たとえ、ザルツブルグじゃなくなってよかった、ユースケが連れて行ってくれるなら。

 たとえ、モーツァルトの生誕地じゃなくたって、よかったのだ。

 ユースケ、彼が一緒だったなら。


 彼とであった公園で、フルートを握っていると、目の前に立ち止まる人物の姿が視界に入った。

「ユースケ・・・・・・」

 彼は隣に腰掛け、そして、低くつぶやいた。

「なぜ、あれから会いにきてはくれないの。まさか、あの男に未練があると?」

 そうだ、といったほうがよかったのだろうか。

 だが、言えず、涙を喉に詰まらせる。

 彼は黙ったまま、抱き寄せてくれた。


「いつか・・・・・・」

 と私は、やっとのことで声に出して自分の気持ちを告げた。

「いつかきっと、連れて行って、あなたの行きたい場所に。あなたとはこれからもずっと、一緒にいたいから」

「だからいったじゃないか。僕ときみは、そういう、さだめだったのだよ」 

 強力な磁石のように引き寄せられて、あっという間に恋に落ち、離れようとすれば、離れられなかった。

 まるで、モーツァルトとコンスタンツェのように!

 彼が言いたかったのは、そういうことらしかった。

 だとしたら、私が分かれようと想ったことすら、気づいていたのかもしれない。

 ・・・・・・なんてカンのいい・・・・・・。 


 おしまい。

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