第6話『プレゼント』

 私が大声を出しちゃったせいで、原田さんもちょっと驚いているけれどすぐに持ち前の爽やかな笑みを見せる。


「は、原田さん……え、ええと――」

「顔に水が付いているよ」


 原田さんは首に掛けていた白いタオルで私の顔を拭いてくれた。そのタオルは汗拭きタオルだったのか、原田さんの汗の匂いも感じられる。

 そうだよ、原田さんはこんなに優しいんだから、悪魔とか……そんなの嘘だよ。むしろ王子様だって。もうあの話は気にしない。


「あっ、ごめんね。私の汗を拭いたタオルで拭いちゃったね」

「う、ううん……いいよ。ありがとう」

「お礼を言われるほどじゃないよ。私の方こそ、驚かせちゃったみたいでごめんね」


 そんなことないです。拭いてもらえたからむしろ嬉しかったです。

 それに、原田さんの汗の匂い……とても爽やかで別に嫌じゃなかったし。それに、


「私のこと、覚えていてくれたんだね」


 名前だけでも覚えてもらえていたことがとても嬉しかった。昼休みとかに一度も原田さんと話しかけたことがなかったから、忘れていることも覚悟していた。


「当たり前だよ。クラスメイトなんだし。それに……入学式の日に私が迷ってる坂井さんを連れて行ったからね。忘れるわけないよ」


 入学式の日のことも覚えていてくれたんだ。奈央ちゃんの言う通りだよ。

 これなら、クッキーを渡すことができそう。お兄ちゃんのアドバイス通り、あの日のお礼ってことで。

 でも、勇気がなかなか出ない。原田さんも何も言わないし、このままだと更衣室に行っちゃいそう。何かこっちから話さないと。


「原田さんのことをたくさん探したんだよ? 部室に行っても、更衣室に行ってもいないしどこに行ったのか不安になっちゃって」

「そうだったんだ。ごめんね。更衣室前までいつも結構な女の子がついてくるから、たまには1人になりたくて。それで、気分転換も兼ねて違うルートで更衣室に行こうとしたんだ」

「へ、へえ……」


 学校にいるときは何時も誰かに注目を浴びているから、たまには1人になって気を休めたくなるんだと思う。それでも笑顔を絶やさないのが原田さんの凄いところだ。ここには私しかいないから、無理せずに疲れた表情をしてもいいのに。

 でも、原田さんは1人になりたいのに、それに気付かずに探し回っちゃったよ。彼女に悪いことをしちゃったな。


「でも、坂井さんが探していたなんて思わなかったな。それで、私に何かあるの?」


 し、しまった! 自ら墓穴を掘ってしまっていたんだ。原田さんのことを探していたって言ったら、何か用があるんだって思うのが自然じゃない!

 急に振られた本題を目の前にした途端、脚が震えてしまう。


「ええと、あの……」


 とりあえず、クッキーを渡そう。

 私はバッグから昨日作ったクッキーが入った透明な袋を取り出す。袋はピンクのリボンなどを使ってできるだけ可愛くラッピングした。

 そっと原田さんの胸元まで袋を差し出す。


「入学式の日、迷ってた私を教室まで連れて行ってくれてありがとう。そのお礼がしたくてクッキーを作ったの。う、受け取ってください……」


 今まで伝えることができなかった感謝の気持ちをようやく、言葉に乗せて原田さんに届けることができた。

 原田さんは右手でクッキーの入った袋を掴んで、


「……私はたいしたことはしてないよ。でも、そう言ってくれて嬉しい。私、甘い物が大好きだから喜んで受け取るよ」


 私の顔を見つめながら優しく笑った。

 今の一言で、より一層……原田さんのことが好きになってしまった。その気持ちはきっと顔に出ちゃっていると思う。顔全体が熱くなっているし。けれど、原田さんの顔を直視できない。

 この勢いで告白もしたいけど、もうドキドキしすぎていて……これ以上のことをしたら気を失って倒れてしまうかもしれない。

 無言のまま少し時間が経ち、ようやく出せた言葉は、


「じゃあ、また明日ね!」


 というありきたりな挨拶で、原田さんの返事を聞かずに私はパブリックスペースから逃げるようにして立ち去ってしまうのであった。

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