自殺所
湊渡蓮
第1話始まり
日本の莫大都市東京。
莫大だからこそ日々悩みを抱え込む者がいる。
仕事に疲れる者、いじめにあう者、精神的に病む者、色々な者が溢れる中、東京の一角にビルがある。
入り口には誓約書、判子、引き取り手連絡先等の記入場所があり、エレベータ50階を上れば自らの命を捨てられる。
それを一部の人は自殺所と呼んでいた。
誰も止めようとはしない。
政府も違法ドラッグが蔓延するのを防ぐために黙認した。
自殺志願者は泣いて喜んだ。
これで逝ける安らかに。
この辛い人生にピリオドを打つ事が出来ると。
─────────
ここに、自殺志願者。
仮に輪山弓子と呼ぶ32歳。
仕事では上司から同僚からの陰湿ないじめ、家庭では夫の浮気に息子の体の不自由さに身も心も果てた兼業主婦である。
まず入り口では受け付けを済まさなくてはならない。
誓約書を熟知し、サインをする。判子を押すのだ。
最後に身元引受人を記入しエレベーターを上がる。
「では、輪山弓子さん誓約書を読み上げますので了承致しましたら太枠内もれなくお書き下さい」
一、自殺志願者(以下、私)はいかなる理由があっても内部の構造を漏らしません。
一、私の遺留品は全て受け付けにて預け、身元引受人に引き渡す事を了承します。
一、私は貴社の新生命保険に加入し、得た金銭を国に回す事を了承します。
「わかりました。ではサインを…」
弓子はペンを持ち名前を書こうとした。
「本当に、いいんですね?遺書はお書きになりますか」
「いえ、いいんですもう生きたくないんです。拇印でいいですか」
「あ、えぇ」
スラスラとサインをして最後に行き詰まった。
「いかがなさいました」
「旦那でいいですかね、身元引受人」
「えぇ。書いたら右手の黒いエレベーター50階直通でお逝き下さい良い旅へ逝ける事を願っておりますお疲れさまでした」
事務的な態度、実は受け付けの者も元は自殺志願者であった。
50階であっても稀に失敗する事もある。ある意味強運。
生きるべきとなり、この自殺所で勤める事になるのである。
弓子は黒いエレベーターに乗ると数十秒自分だけの時間が与えられた。
半生を振り返り手が震え涙が溢れだす。
死にたくないからではなくて嬉しいから。
やっと解放される。
刻々と近づく死期。
上り詰めたとききっと弓子の想う理想の天国に逝けると。
「さようならみんな」
エレベーターの扉がゆっくりと開くと朝焼けなのか夕焼けなのか太陽が弓子を照らした。
想像してほしい。
ここは東京。日本の誇る莫大な都市東京。
ビルの50階の屋上に立つと東京だというのに回りに目立ったビルがない。
遠くどこか日本でない外国のどこかに来たような景色。
まっさらな青い海青い空心地よい風。
そうかここが天国なのか。
そう思いながら弓子はフェンスに手をかけた。
思えば此処に来るまで幾度となく惨めになったり何度も死にたくなった。
どうして死ななかったのか、多分それはほんの少しの良心だったのかもしれない。
夫はいつも朝早く帰ってきては「旦那を迎えろ」と執拗に殴っては犯し続けた。そしてまた家を出る。表で女を孕ませたらしい。
息子は障害を持っていて、養護学校に通うも弓子の負担は重くなるばかりであった。
唯一の稼ぎ頭である弓子はスーパーの鮮魚コーナーで働いていた。
自分の意見を言わない弓子に対して執拗ないじめが毎日続いた。
ロッカーの中に魚の頭や内蔵があったときはさすがに吐かずにはいられなかった。
更には弓子の足を引っ掛けて地面に倒れさせたりもされた。
「生臭いから近寄らないで」
と笑われることもあった。
それでも我慢したいっそこの包丁を振り回してやろうとも思った。
でもぐっと抑えた。
その悪夢から解放の時。
此処から飛び降りれば楽になれる。
さようなら。
風は弓子の背中を押して勇気付けているのか。
「この国の悪者は死んでしまえば良いのにね」
手をかけていたフェンスを手放し、傍から見れば天使が羽ばたいたかのように手を広げた。
落ちるまでは早かった。
何秒もかからなかった。
落ちた弓子は赤い塊だった。熟したトマトの様に散った。
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