この次、流れ星を見つけたら
「母ちゃん」
裏通りに出ると急に辺りは静かで真っ暗になった。
「泣いてるの?」
「ううん」
黒い影になった母親は鼻に手を当てて首を横に振る。
「何でもないの」
鼻を啜り上げる音が辺りに響いた。
やっぱり、母ちゃん、泣いてるんだ。
鴉児は濡れた右足が次第にかじかむのを覚えながら、左足で道端の石を蹴った。
蹴った小石は、カツカツと乾いた音を立てながら路地の遠く、どこか確かめられない場所に幽かな音を立ててぶつかった。
悪い奴らが、母ちゃんを泣かせた。
少年は歯を食いしばって夜空を探る。
この次、流れ星を見たら、早く大きくなって悪い奴らを倒せる様にお願いしよう。
おれはもう七つなのに、いつも三つか四つと間違えられる。
だから、お星様にお願いして、大人の洋人くらいの体にしてもらうんだ。
しかし、見上げる空は雲が立ち込めてきたらしく、星一つ見出せなかった。
「今夜は雪になりそうね」
母親がぽつりと独り言の様に言った。
「それじゃ、母ちゃんは出掛けてくるからね」
どこに仕舞っていたのか、母親はいつも夜着る黄緑の旗袍(チャイナドレス)よりもっと派手な緋色の旗袍を纏い、普段より更に濃く口紅を引いていた。
「うん」
毛羽立ってあちこち擦り切れた毛布にくるまったまま、鴉児は壁を向いたまま答える。
誰にも言ったことないけど、絶対誰にも言えないけど、おれは、化粧した夜の母ちゃんの顔は嫌いだ……。
母ちゃんじゃなくて、どこかよその女の人みたいで怖い。
「宏生、朝までいい子で寝てるのよ」
「うん」
染みの広がった壁に向かって頷く。
バタンと扉の閉まる音がしてから、初めて少年は母親の去った方を向く。
毎晩、あの扉の閉まる音を聞くたびに、母ちゃんがこれっきり二度と帰ってこない気がして怖くなる。
灯りを消した部屋の中で眺めると、白い壁に点々と生じた染みは、浮かび上がった幾つもの人の顔の様で、黒い扉はまるで見る者を吸い込む四角い穴の様に見える。
鴉児は思わず身震いすると、冷気の流れ込んでくる毛布の穴を握り締め、寝転がったまま膝を抱えて目を閉じた。
この次流れ星を見つけたら、母ちゃんが毎晩化粧して外に出ていかないようにも、絶対お願いしなくてはいけない。
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