エクストリーム帰宅部

@DT_jp_

第一走:てめぇの帰宅色は何色だ!?

その日の授業もまるで屍のようにボーッと聞き流していた。

永遠のように思われる授業時間。

それを何度経験した頃であろうか。


いつの間にか太陽は傾き、辺りを赤く染め上げていた。


時は放課後。

教室内では帰りのホームルームが行われている。

俺は授業だけではなく、それすらも適当に聞き流していた。


担任が連絡事項を話し――終わる。


もうすぐ。

あと少しで、全てが終わる。

そして――始まる。



友達も居らず、当然恋人もいない俺がここに留まる理由は――皆無ッ!



さぁ、始めよう。一刻も早い““帰宅””を。


――やがて俺は舞う。教室という牢獄から解き放たれた一匹の蝶と化して。


俺は開戦を前に、人知れず頬を歪めた。



「きりーっつ」



委員長の号令と共に、ダラダラと立ち上がるクラスメイトを尻目に見て、少し笑う。こいつらはまだ甘い。


今日も、帰ってみせるさ。

俺には帰るべき場所いえがある。



「礼!」



――今だ……………ッ!!


その瞬間、もう俺の姿は教室になかった。

日直の号令と時を合わせて、高速で教室の外へと移動したのだ。

この空間きょうしつの人間には俺の姿は見えていない。


光に匹敵する速度、即ち光速で飛び出したのだ。

比喩ではない。

俺は本当に光速を使いこなしているのだ。


――光速で世界を駆け抜ける技。


それは俺がこの何年間と血を滲ませて“帰宅たたかい”してきた経験からつちかった物だ。

俺はそれを『特殊帰宅能力』と命名した。


――“帰宅部のエース”としての自覚が俺を突き動かす。


俺は高校三年生にして“帰宅”に味を占めてしまった。もはや『誰よりも早く、速く帰る』こと以上の愉悦を俺は知らない。

コンマ数秒でたどり着いた昇降口で「ふぅ……」と一息つく。


すると、ようやくさっきまでいた教室から生徒たちの喧騒が聞こえてきた。

あぁ、呑気な奴らめ。

摩擦によってモクモクと煙が立ち込めた階段を見上げ、顔の前で小さく手をかざすと、冷酷に呟いた。


「――知ってたか? 時は止まらねぇが、俺もまた止まらねぇんだ」


クッッッ、決まったッ!

今の俺、最高にかっこいいぜ。


ニタリと不敵に笑うと、くるりと踵を返し、下駄箱から靴と上履きを履き替える。


俺はその動作すらも数秒でこなすと、扉に体当たりし、下界へと飛び降りた。


「ゴルァ!」


大きな掛け声と共に、目の前に開けた世界は美しかった。自由だった。感動した。

澄んだ空気をすうっと吸うと、咆哮を上げた。


「グォォォォォ!」


その怒鳴り声が俺の士気を最大まで上げる。

牢獄の先にあるのは無限の自由。

俺が煌めきを放つのは教室などという密閉空間ではなく、この広い世界だ。狭い箱庭でこの俺を満足させようなんてふざけてやがる。


そう思った瞬間、優しい風が俺の背中を押した。



あぁ、世界は俺を祝福している。



――夢中で駆けた。


車と並走し、全ての信号を無視し、最短ルートのために他人の家の敷地をぐちゃぐちゃに荒らした。年寄りが大事に育てた盆栽をなぎ倒し、美少女が干したのであろう洗濯物を奪い取った。それでブーンと鼻水をかむと、脚の回転をさらに加速させた。

そう、これは全部早く帰るために……!


風船を手に持った子供に「ねぇ、ママ。あの人何してるの?」と後ろ指を指されても、「駄目よ、見ちゃ」と言葉の暴力に晒されても、俺は走り続けた。

だって、俺には、



――帰りたい場所いえがあるから。



そして辿り着く、駅。

はぁはぁと荒い息遣いを抑えて、改札から数メートル離れると、小さくしゃがむ。


「畜生、俺は幾つの罪科を背負えば許されるのだ?」


きっとそれは高校生である限り俺は犯し続ける。

早く帰るため、誰かの夢を壊してしまうかもしれない。

それでも――それでも俺には妥協できない戦いが、ここにはある。帰宅を成し遂げるためなら、俺は悪にだってなってやる。

痛みを負う覚悟など、とっくにできているんだ。


しゃがんだまま、小さく息を吸うと、俺は全力のクラウチングスタートを決めた。

これで駅員に俺の姿は見えない。


――なぁ、駅員。優しい春風が頬を撫でたかとおもったら、それは俺だぜ。


今、駆け出す。

その力を帰宅にぶつけて。

俺はどこまでも走り続ける……。






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