アイドリングステップ

@nari0516

第1話

序幕

 

 うだうだしている間に、あっという間に当日が訪れた。待ち合わせ場所の国際展示場駅に着くと人、人、人。人の山だ。

 知らない人の汗まみれの肌がべたべたと触れて気持ち悪いし、日差しは針のように容赦なく肌を貫く。雲一つない絶好調の青空に、厭味なくらいぎらぎらな八月真ん中の太陽が輝いている。

 『キラキラ動画』の一年に一度の大イベント『キラキラ大会議』一ミリも興味のない場所に俺はなぜいるんだろうか。半引きこもりなのに、なぜにいきなりこんな場所にいるんだろうか。

 思考はすぐに霧散し、熱い、熱い、熱い、熱い、熱い……人、人、人、人、人……ふたつの言葉で脳内が埋まっていく。一年と少し前、希望に目をうるわせながら参加したのに、いきなり人混みの先制パンチをもらった大学の入学式を思い出す。

 腕時計を見ると十一時四十五分。もう着いてる頃かなと見廻すが、人の多さにすぐに諦める。とりあえず電話しようと携帯を取り出すと、うしろから声がして振り返る。そこには一人の女の子が立っていた。

「一輪の花のように愛されたい。宮本愛花です。いごお見知り置きを。本日はよろしくお願いします。 って学人さんですよね? えっ、もしかして間違ってしまいましたか?」

 ぽかんとしている俺に戸惑ったのか、少女は勝手にあたふたしている。とりあえずフォロー。

「大丈夫。はじめまして俺は学人。学ぶ人とって書いて学人。今日はよろしくね」

「ふう、良かったです。緊張で妙なテンションになっていました。はじめましてです。わざわざお越し頂いて、有り難うございます。本日はよろしくお願いします」

 改めて、目の前の愛花ちゃんに目を向ける。そのある種の異質な雰囲気に、全身を舐めるように見てしまう。

 目の前にいる女の子は、愛世(まなよ)先輩とは似ても似つかない雰囲気だった。

 子どもっぽさは微塵もなく、すごくかわいい。いや、高校生にこんな言葉は間違っているかもしれないが、奇麗だった。

 少し離れた目は姉とそっくりだが、吸い込まれそうな不思議な力がある気がした。瞳の奥は深く澄んでいて、どこかを見据えている。

 そう、落ち着きすぎているんだ。正直、二十歳の俺よりもずっと、ずっと大人に見える。積んできた経験がにじみ出てるようだった。

 もっと高校生って、子どもっぽいよな? 少なくとも自分が高校生だったときは子どもだったし、まわりも俺も下らんことでぎゃーぎゃー騒いでいた。たぶん先輩もそうだろう……

 でもこの子がそんなことするようには見えないし、しないだろう。

 なぜ、どこで、そんな雰囲気を君は身につけたんだ? 

「あの……その、あまりじろじろ見られるのはちょっと……」

「ごめん。ごめん! お姉ちゃんと全然、雰囲気が違うから、動揺してしまった。と、というかその服、私服なの?」

「確かに、姉の活発さは私にはありませんね。よく似ていないとは言われます。学人さんは姉から伺った通りの方でしたので、すぐにわかりました」

 少しだけ恥ずかしそうに、愛世ちゃんはにこっと笑った。でも目はほとんど動かず、口角がきゅっと上がっただけだ。受付のお姉さんがするような営業スマイルに見えてしまう。

「あとこれは特別なときに着る衣装です」

「そっか、そっか」

 思わず苦笑いが溢れた気がした。自然に見えるから、一瞬、気づかなかったけど。君、すげー格好してるぞ。

 その服で電車に乗って来たのが信じられん。制服風の半袖ブラウスに、ネイビーのブレザータイプの薄手のジャケット。ただラペルの部分は幅広く、真っ赤なチェック柄になっている。胸元には同じチェックの大きなリボン。アクセントとして、マーブルチョコみたいな大小のカラフルなボタンが散りばめられている。

 スカートも同様のチェックだ。 丈は非情に短く、健康的なふとももが眩しく、いやらしい意味ではなく自己主張していた。ただなぜか真夏には似合わないロングブーツに、その下のふくらはぎはすっぽりとくるまれている。

 肩からはスクールバッグが下げられていた。もちろんそこにも赤いチェックのリボン。更に自身の名前をイメージしているのか、赤い花の髪飾りが行儀よく添えられている。髪飾りは肩までの真っ黒な髪と対比となっていて、眩しく映った。

 うーん。君はもしかしてアイドルで、ステージから抜けだして来たのかい? 

「そんなに珍しいですか? この衣装?」

「うん。見慣れないというか、はじめて見たから」

 俺が頷くと、愛花ちゃんはまわりをゆっくりと見廻した。合わせて見ると、ちらほらと形容しがたい格好の人々がいた。

「会場ではみんな好きな格好してますよ。むしろ学人さんの方が浮きます。一年に一度のお祭りですから」

「うん。覚悟しておく」

「覚悟は必要ないです。楽しみましょう」

「ははは。そうだね」

「そろそろ行きましょうか。時間も押してしまいます。自己紹介などは歩きながらしましょう」

 まるでどこかのお嬢様が、召使いに話すような口調だった。俺、年上なんだけどな。

 愛世ちゃんはふわりとスカートを揺らながら振り返ると、すたすたと歩き出した。向かう先には巨大なドームがふたつ見える。遅れないように、俺はついていく。

 ねぇ。そう言えば大事なことを訊いていない。このイベントってなんなんだ? なにする所なんだ?

 思考は虚しく、一瞬で熱気の中に消えていく。落ち着きすぎている愛花ちゃんと、落ち着きがなさすぎる服装が、ぐるぐると違和感の塊となって頭の奥で廻っていた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る