君へ

白海千冬

郵便屋さんのちょっとした話

今、朝の六時だ。

でも、ここはまだ夜の国だから、太陽が見えない。

この国の空には月と星が絶対的な存在として腰を据えている。

それに逆らう空の住人はまだ居ないようだ。


闇の中で坂を登っていた。

辺りにあるのは酒屋、売春の店、パン屋、その向かいに水道と、その少し先には墓地が見える。

この坂を登ったり降りたりしていれば人間は暮らしていけるんだな、なんて少しさみしい事を考えていた。

もちろんそんな人生だって良いと思う人もいるだろうけど、

僕はいろいろな人に会ってみたい。

たくさんの景色を観たい。

その場所でしか採れない美味しいものを食べてみたい。

出来るなら、彼女と一緒に。

それを考えて胸の奥の方が甘く悲しく疼いた。


鞄の中にはたくさんの手紙が入っている。

夜の国の住人から朝の国の住人への手紙だ。

それは離れて暮らす家族の身を案じるものかもしれないし、

連絡をとるのは久しぶりになった友達に宛てたものかもしれない。

事務的なものであるかもしれないし、恋人へ書いた甘い言葉たちかもしれない。

手紙には想いがついている。

たとえ事務的な内容だとしても、その紙の裏にはその仕事や案件に関する人達の様々な想いが重なってついている。

僕の仕事はそんな想いたちを運ぶ事だ。


いつか彼女は、

「わたし、世界中のどんな仕事よりも郵便屋さんが大事だと思うの」と話してくれた。

いつもおどけている彼女が真剣な表情で言うものだから、思わず僕は笑ってしまって、真面目に聞けと怒られてしまったっけ。

ただ生活費を稼ぐために郵便配達をしていたその頃の僕には何だか、その言葉がとても嬉しくて、まあ、なんていうか、そう、

だから僕は、



今日も想いを届けに行く。

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