怪獣ホイホイ参上!
西山香葉子
第1話
「じゃああたし剪定して帰るから」
「わかった。バイバーイ」
あたしは、暑さのせいで尚更ウザく感じるくせっ毛を、手で梳きながら駅ビルの中へ入っていく。
くせっ毛で、伸びるというより増えると形容した方が正しいので、散髪することを、植木よろしく「剪定」と表現しているあたしだった。
めでたく31日いっぱいまでかかって宿題が終わったので、美容院に入っていく。
髪を切ってサッパリしたあたしは、電車に乗って、郊外にある家への道を行く。
自宅まであと100メートルくらいのあたり、道のど真ん中に、『それ』は落ちていた。
あまり車通りが多くないところだけど、邪魔じゃない?
『それ』は、かなりたくさん埃をかぶってる長毛種だった。シルエットが三角形か台形という感じ。
ウチで飼っている犬のついでに洗ってやるか、と、『それ』を連れて帰ったあたしだった。
居間の隅にビニールシートを敷いて、『それ』を乗せておく。
「あんたまた何か拾ってきたの?」
「だって道の真ん中にドカッと居座ってんだもん。とりあえず洗ってから考える」
仕事から、7時頃帰ってきたお母さんをやり過ごす。
翌日は土曜日で、学校が休みなので、あたしは飼い犬のハナと一緒に『それ』を洗うことにした。
「あー、ハナちゃんもうちょっと我慢してねー、サッパリするからねー」
小さくキャンと鳴くハナに、
「お前は抜け替わりにはまだ早いかなー?」
とか声をかけながら洗った後、『それ』を引っつかんでバスタブの中に入れた。
ハナちゃんはビーグル犬で洗いやすいけど、次に洗う『それ』は……
毛が長いな……
長毛種を洗うのははじめてだから、昨夜ネットでググッてもみたけどなんだか気が重い……
おおっと。
なんだろこれ。洗いやすーい。
長毛種なのに抜け毛がないし。
ということは、これ、犬じゃないのかしら……。
まさか生き物でさえないとか……?
謎の震えが背筋に来たその直後。
「……」
ん?
なにか声が聞こえるぞ。
「……」
なんだろう。
あたしは浴室のアコーディオンドアを開けて。
「おかーさーん、呼んだー?」
と大声を出した。
「なにするホイ!」
「え?」
『それ』は全身を震わせて水気を飛ばした後。
「なにするホイと聞いてるホイ! 答えろホイ」
生き物だった時のために、犬と同じ洗い方を選択したんだけど……
しゃべってる?
「うそーーっっっ!!!」
あたしは驚きのあまり、それからしばらく洗う手が止まってしまった。水気を派手に飛ばされたことなど、この際どうでもいい(学校ジャージ着てるんだし)。
「呼んでなーい! 麻美うるさーいっ!」
とお母さんがあたしの名前を呼んだ。
「何をしてると聞いてるホイ。誰に断わってこんな目にしみるものを……」
「寒いホイ」だの「目にしみるだホイ」だのと、語尾に「ホイ」をつけつつまくし立てる『それ』の文句を、聞きながら。
とにかく、人間サマがお風呂を使う時間が、あまり遅くにずれ込まないためにと考えて、気を取り直したあたしは、『それ』を洗い続けた。
「へえ、もとは白いのか……あ、この黒いのは目なの?」
洗浄が終わって、犬のハナの隣に『それ』を置いて乾かしているのだが(今日も陽あたりがいいので、ハナは廊下に敷いたビニールシートの上で寝そべっていた)。
「その通りだホイ。この黒いのが目だホイ」
と、妙にエラそうな『それ』は、あたしとの会話を始めることにしたらしい!
「あんたどこから来たのよ?」
「おう、今度連れてってやるホイ」
「まさか遠くじゃないでしょうね」
「全然遠くホイ」
「否定してんのか肯定してんのかわからーん!」
「そろそろおやすみなホイ。話しかけるなホイ」
「えーっ、なによそれ!?」
「うるホイ」
『それ』はひと声そう言うと、いきなり寝ついてしまった。
何を食べるかリクエストを聞くと、どこそこのケーキが食べたいとか、妙に街のことを知っていて、ムカつきそうになっていた日曜の夜。
あたしは相変わらず『それ』と揉めていた。
「オレを連れて行くと絶対にいいことがあるから連れて行けだホイ」
「どうやって連れて行くってのよっ」
「持ち物につけるがいいホイ。そしたらますコット? のふりをしててやるホイ」
「あんた携帯ストラップにつけるには大き過ぎるのよっ」
「それにつけるがいいホイ」
と言って毛むくじゃらの中から指らしきものを出している。
何かを指しているらしい。
……鞄!? 学校用の?
「あんた鞄より大きいじゃないの。それにだいたい、どうやって鞄につけろってのよ」
「犬の首輪をオレにつけて、その首輪に紐つけて、紐でオレと鞄を繋ぐホイ」
……2年前に死んじゃった、ハナちゃんの旦那のクロの首輪が……まだ……あったら?
拾ったばっかりに変なことになってきちゃったなあ……
クロの使ってた首輪はまだ物置にあったので、それをあたしの部屋に持ってきて『それ』につけてみると、『それ』は必死になって身を縮めていた。
「っ……やだあんた、ダイエットしなきゃいけないんじゃないのー?」
あたしは思わず噴いてしまった。
「麻美ぃ……苦しいホイ……」
「じゃああんたウチで留守番してなよ」
あたしの言ったこのひとことが刺さったのか。
「覚えてろだホイ……」
力なく呟いた。
ちょっとかわいそうになったので、朝出かける直前まで首輪からは開放してあげて、その代わり朝ごはん抜きを約束させて、月曜の朝を迎えた。
そいつをくっつけて家を出て電車に乗って。
学校の最寄り駅から学校への道で、クラスメイトに声をかけられた。
「麻美おはよー。面白いのつけてんね」
「ははは、拾って洗ったら真っ白だったからさー」
「髪切ったー?」
「うん」
「宿題終わったー?」
「終わったよー」
「えーいいなー」
こんなやりとりをしながら、いつもの2年A組へ。
ふと鞄の裏を見たら、それがなんとなくボロッとしていた。
満員電車にやられたかな。
事実、「話がしたいから携帯電話を耳にあててしゃべれ」と指定が来て。
「学校についていくなんて言うんじゃなかったホイ……」
というボヤキを聞かされたのよね。
月曜日は塾なので、友達と塾の時間までお茶して、結局そいつをくっつけたまま、コンビニで夕ご飯を買った後、塾のある雑居ビルに入った。
ここのエレベーターは面白い。
1階で、地下はないのに、逆三角マークになっているのだ。一緒になったひとと何回「なんでなんでしょうねえ」と話し合ったか知れない。
とりあえずその逆三角ボタンを押して、エレベーターが来るのを待った。
あの生き物は黙ってる。どうかしたんだろうか。
エレベーターが来た。
乗る。
ドアが閉まった。
ドアが閉まった少し後、視界がいきなりぐにゃりと歪んだ。
「えー! いったいどうなってんの?」
「俺サマの国に連れてってやるだホイ。静かにするホイ」
「えー! どうなっちゃうのよー!」
上下左右の感覚もわからない状態であたしは、ただ頭に両手を当てていた。
「俺を吹っ飛ばすんじゃホイだホイ!」
という声がかすかに聞こえたけど、やがて、濃いピンクと黒の太いラインが波打って歪んでいる光景から、真っ暗に視界が変化した……
「起きろだホイ」
ん……?
「起きろだホイ!」
ん……?
「こ、ここどこ?」
「オレのふるさとだホイ」
全体に薄いグレーがかっていて、なんだか高価そうな調度がいっぱい並んでいる。
「また連れてきたのかホイ、モイミ」
「モイミってあんたの名前?」
「うるホイ。
陛下、お久しぶりでございますホイ」
あたしが言うが、それをシャットアウトして「陛下」に顔を向ける。あたしをここに連れてきたそいつと、そっくりなルックスで3倍くらいでかい「陛下」は言った。
「またあの塾の子かホイ」
「また、って、そんなにたくさん連れてきてホイホイ」
「連れてきてない」と言いたいのかしら。
「とりあえず部屋を用意させる。用意ができたら連れてってやれ」
「かしこまりましただホイ」
と「モイミ」が言うと「陛下」はその場を立ち去った。
「モイミ」は、
「陛下はここで一番偉い方だホイ。ご機嫌を損ねホイだホイ」
「『損ねるな』と言いたいの?」
「そうとも言うだホイ」
「お部屋の支度が出来ましたホイ」
同じルックスだがキーの高い声を出すモイミの仲間が現れていった。
「え、すぐに帰れないの? 明日も学校あるのよ」
「まあまあ、ここでしばらくゆっくりして行けだホイ。机やテーブルは猫足だホイ」
連れていかれた部屋は、天蓋付きのベッドに猫足の机、応接セットも猫足らしい。
「お着替えを用意しますので服のサイズを言ってくだホイだホイ」
夜会声が言ったので、あたしが「身長158センチ、Mサイズ」と自分のサイズを言うと、すぐにその女性型? は消え、衣類を持って戻ってきた。
「エステに連れてくから、そのまま来るだホイ」
もう何を言われても驚かないぞ。
そしてしばらく、人間姿のホイ族? に全身を揉まれて、解放されると次に髪を洗ってもらって、それが終わるとモイミが待っていて、
「おう、キレイになったじゃホイかホイ。飲みに行くホイ」
と言った。
今度は何だ?
連れて行かれると ソファがいくつもあり、壁に何か長い川のようなものが走っている、処へ案内された。
「ミュウジック、スタアトだホイ!」
とモイミが言うと、派手なジャズ? っぽい音が流れて、美人がたくさん現れた。
……。
面白くない。
美人はあたしに愛想を振りまいていて、モイミとは顔見知りらしく良さそうに敬語抜きで話しているけど、はっきり言って面白くない。
モイミが表れてから一連の出来事を振り返ると、なんか、昔お母さんに読んでもらった昔話に似ているような気がする。なんだっけ、思い出せない……なんだっけ……。
「なんか面白くなさそうにしているだホイ「
「女の子だからイケメンの方がいいのではホイかホイ?」
「おお、そうかホイ、じゃ、チェンジだホイ!」
それで、イケメンが来たけど、ひとりちょっと好みの子がいたけど、でもやっぱり、面白くない。
ものすごく長い時間、女子高生にふさわしくない? 接待を受けてたような気がする。
時間が過ぎて、眠って、また起きて、またイケメン接待受けて、
時間が過ぎて、眠りにつく頃に、どんな昔噺だか思い出した!
「浦島太郎」だ!
気が付くと、もう帰りたくてたまらない。
浦島太郎は楽しんでたみたいだけど。
あたしの生まれた世界は、何百年とたっているかもしれない。
「ねえ、帰らしてもらえないかな?」
「帰れる気流になるのが……おお、今日かホイ、じゃ、そんなに言うなら支度するだホイ!」
洗濯してくれた、着てきた服に着替えた。
「忘れ物ないかホイ?」
「うん!」
「じゃあ行くホイ!」
見たことのないところに案内された。ピンクと黒が壁になって、動いている風景が広がっていた。
「元気でなだホイ」
「そっちこそ」
言うとあたしは、瞬間イケメンに変身したモイミに、背中をどんと押された。
視界がゆがむ。
やがてあたしは、気を失った。
「ちょっと、大丈夫?」
目が覚めたあたしは……エレベーターの中!?
目の前にいたのは、塾の事務のお姉さんだった。
「香田さん久しぶりに見たと思ったらエレベーターの中で倒れてて……、心配したのよ、ずっと授業も出てきてなかったし」
「あろがとうございました。とりあえず家に帰ります」
と言って、ビルの外へ出ると、なんだか肌寒かった。
震える肩を抱きつつ、家に帰る。
半袖のあたしを誰かが見ているような気がした。
「ただいまー!」
「あんたいったいどこ行ってたの!?」
「麻美ー!」
お母さんの声が聞こえる。友達が抱きついてきた。
「2か月もどこ行ってたの? あ、あんた髪増えてる! 鏡見なよ」
鏡を渡されて見てみると、確かに髪が増えていた。
え? 2か月?
「今何月?」
「11月4日よ! どこ行ってたのよ!」
FIN
怪獣ホイホイ参上! 西山香葉子 @piaf7688
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