元神様は神様の力を取り戻せるのか?
@Huyodo
プロローグ
俺、元神様。200年ほど前までは他の二柱の神様と一緒にこのアイトラ大陸を治めてたんだ。
といっても200年前、俺は乱暴な神様のヘリオスとの喧嘩に負けて、神様としての力を全部奪われちまった。おかげで今は不老不死の単なるヒトとして生きてる。神様として持っていた俺の力——ありとあらゆる存在に変化と調和をもたらすっていう分かりにくい神通力だった——はすっかり失われて、今や人並みの魔法さえ使えない。200年も生きてるなら魔法の修行の一つでもしておけよ、と思うかもしれないが、魔法の源になる魔力をヘリオスのやつに根こそぎ奪われちまったんだから、いくら修行しようとも魔法が使えるようにはならなかった。
だから俺は、ただの不老不死のヒトとして必死に生きている。例えば今なんて、森の中で俺と俺の食料を狙う獣人族から必死に逃げている。俺の今日の晩飯と、俺の命を守るために——。
「ヒャッハー! 人間は炙って消毒だァー!」
「とっ捕まえてどう料理するか楽しみだぜぇー!」
「ガッと噛んで咀嚼する! ガァッと噛み砕いて咀嚼するッ! 咀嚼シャくしゃくシャァアくゥヴうァあハハハハァーッ!」
狼そのものの顔面に屈強な人間の男の胴体、という獣人族の中でも特におっかない外見をした3人(匹?)が、俺の背中に向かって好き勝手叫んでいる。
不老不死の身からこの状況への感想を叫ばせて貰うと、「非常にまずい!」の一言に尽きる。なぜならば不老不死と言っても炙られれば肌が燃えて熱くてしょうがないし、そのまま丸焦げとなって食われて消化されれば、それはもう言葉に出来ないくらい辛くてしょうがないのだ。不老不死であろうと調理されて食われることもある。ただ他の生命と違うのは、それでも死なないということだけだ。食われて消化された俺は、やがて黒くて臭い塊|(つまりウンコ)となって捕食者の下半身の穴から排出され、野に晒される。これだけで俺としては勘弁被りたいのだが、この上さらに長い工程が待っている。
禁断の黒い物体となった後、数え切れないほど無数に分裂した俺は長い時間をかけて一つに集まり、なんと体を再構成しようと栄養を求めるだすのだ。具体的には血と肉と骨の元になる栄養である。そしてこれらは動物からしか摂取できないため、当然動物性の栄養を求めて俺は彷徨うことになる。言葉だけの説明では分かりづらいだろうが、早い話がウンコの塊の化け物がなんの罪もない動物を襲うのだ。生物の生の営みを見守っていた元神様としては、そんな絵はあまり見たくない。
なので、俺は必死に逃げている。おいそこ、元神様も地に落ちたもんだとか言わない。
しかし、俺は人間として生きていて、やつらは獣人族だ。身体能力には、奴らの方に分があった。獣人族の鋭い爪が、俺の足の腱を引き裂いた。俺の体は回転しながら地面に打ち付けられ、食料を入れていた袋は木々に紛れて遠くの方へ吹っ飛んでいった。
「手間ァかけさせやがって! ガァールルっ!」
「おい、うるさくしねぇ様に早いとこ喉ォかっ切ろうぜ!」
「ウァハハハー! 飯、めし、メシぃー!」
実際のところ、死ぬことなど微塵も怖くはない。いや、死ぬときの痛みだとか、辛さだとか、黒い不衛生な存在となることとか、そういうのは嫌なんだけれども。しかしそういうことを受け入れてしまえば、俺は死ぬことに対して大きな恐怖を感じない。
不老不死で生き返るから、といってはそれまでだ。しかし俺は不老不死でなくとも、今この大陸で死ぬことへ、恐怖など感じないだろう。むしろ、俺が感じるのは、憤り——その感情だろう。
本来ならば、俺が今いるこの森は、人が住む土地ではないのだ。ここは獣人族が住む土地——彼らなりの秩序と生き方が存在する土地だ。しかしこの200年の間に、この土地を含むアイトラ大陸の秩序は変わってしまった。人が獣人族の土地に流れ、獣人族が人の土地に流れた——。そして、人が人の土地を侵した。終わりのない、戦争という手段によって。それが今のアイトラ大陸に広がる状況だ。
神としての俺が消えた後の世界——変化と調和が失われた後の世界。混乱と恐慌が広がる世界。俺の力を奪ったヘリオスの支配する世界だ。
「オォおおおおお……っ!」
呻き声が出た。死ぬことへの恐慌ではない。今もこの時、俺と同じように死と向かい合っている人間がいるかもしれないことへの怒りだ。
俺があの時、ヘリオスに勝ててさえいれば……。
「グルル……。おい、だからさっさと喉を切れ! 叫ばれたら面倒だろうが!」
「あぁ、分かって……。……あ? ちょ、おい待て! ここ、なんか魔力が渦巻いて……」
獣人族の言葉がはっきり聞こえるよりも速かった。俺の周囲から火炎が逆巻き、俺と獣人族を分かつように広がった。肌が焼き焦げるような痛みが俺の全身を包む。しかし、不思議と恐ろしくは無かった。むしろ目の前の炎を我が身の一部のように親しく感じた。この感覚には覚えがある。そう、200年前以来の感覚だ。
天まで登る火炎は森の木々を焼き、あたりは昼のように明るくなった。それと同時に黒煙が立ち込める。
「ガァールルルゥ! ンだオイ、魔法使いじゃねェかコイツ!」
「グルル……! しかもこの規模、トンデモねぇぞ……。族長様に報告だ!」
獣人族たちが慌てふためき、煙の向こうへ姿を消していく。俺は自分を囲む火炎に驚きながらも、咄嗟に降雨の魔法を使った。これも200年ぶりの感覚だ。空が指のように、目のように、舌のように、我が身の一部として感じられる。雨雲が遠くにあるのを感じる。髪の毛を一本抜いて目の前に持ってくるように、雨雲を俺の頭上まで持ってくる——。
雨が、降り出した。水が炎をなだめていく。周囲が段々暗くなり、黒煙が雨に散っていく。
それから、俺を取り囲む火炎は消えていないことに気がついた。この火炎が魔法で産まれたものだとしたら、この程度の雨では消えないはずだ。俺は肺から空気を吐いて無くすように、火炎を消そうと思った。そして、火炎は消えた。
「……嘘だろ?」
雨は今も降り続いている。魔法の力が——ヘリオスに奪われたはずの魔力が、俺に戻っていた。
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