第一章

第2話第一章

 満面の笑顔を浮かべた若く、溌剌とした女性の司会者が、ヘッドセット越しに呼ばわった。

『皆さーん、本日はですねー、このキャノンランド元首、ハナ女王陛下が皆さんにご挨拶下さるそうでーす!』それが巨大なドーム数カ所に埋設されたスピーカから大音量となり降り注ぐや、彼女の立つステージ下方、十メートル程に広がる巨大プールに集う水着姿の老若男女数千人から、一斉に歓声と拍手が沸き起こる。

『でもねー、ハナ女王はとても気紛れなお方なんでーす。皆さんのー、陛下のお出ましを願う声が無いとー、帰られてしまうかも知れませーん!』

わざとらしくステージ上手(かみて)に視線をやる。ステージ上の全ては背後の巨大モニタに映し出されていた。どっ、と笑いが起こる。

『それでは皆さーん、大きな声でー、女王様ー、って呼びましょー。せーのー!』

幾分バラバラな呼び声。心配そうに上手を見遣る。再び促すと、先程より大きな声となる。三度目の呼び声のとき、上手で誰かが見切れた。笑い声。小走りに女性は近寄り、恭しい態度でその少女をステージ中央へ誘った。『皆さーん、ご紹介しまーす。我らがキャノンランド元首、ハナ女王陛下でーす!』

紹介された、瀟洒なドレス姿にきらびやかな宝飾をあしらった錫杖を手にしたその少女が喋り出す。彼女もヘッドセットを装着していた。

『我が王国に集いし皆様方よ、遠路はるばるよくぞお越し下さった!と、そうでもない方々もおられるかな?』幾度目かの笑い声。

 そのツインテールの愛らしい少女をスコープ内に捉えつつ、スキンヘッドの巨躯の男は時を待っていた。

『さて、これは秘密なのだが、実は今、王国には余とこの者、二人しかおらぬのだ。皆出稼ぎに出ておっての。王国は貧乏なのだ。近衛兵の一人とて雇う事も叶わぬ』

『あの、女王様、それは大変問題では?』

司会者が女王の方へ身を乗り出してくる。笑い声を遠くに聞きながら、男は窓辺に立射姿勢で構えた狙撃銃の照準を、女王からそちらにずらした。引き金が、引き絞られようとした、その時。

 ノックの音は三回。彼らの合図とは異なっていた。撃鉄が落ちる寸前で引き金を戻した男は、鋭い視線を右側に送った。双眼鏡を手にした観測手が、それに応え双眼鏡を置くと腰から拳銃を抜いた。今、二人が居るのは使用されていない小さな倉庫であった。仲間が他に数人、周囲を警戒している筈であったが…。

 ゆっくり、観測手は扉へ近付いていった。ノックが止むと、不気味な程の静寂が訪れていた。ドアノブへと手を掛けた、とたん。

「んぐっ!?」

金属を研磨する時の様な音と共に、観測手の背中から日本刀の様な切っ先が生えていた。その刃は蛍光灯の様な光を淡く放っていた。

「高周波振動剣…」

驚愕と共に呟く観測手。磁界に反応し高速度で振動する粒子を刃に塗布したその剣は、扉と彼を構成する結晶構造を、耳障りな音と共にいとも容易く切り下ろされてゆく。切り口から黄緑色の液体を流しながら、腰まで切り裂かれた観測手は膝を折った。扉にキスする様に寄り掛かる。

「!」

その有様を、狙撃銃を扉へと向けつつ見守っていた男の前で、扉の蝶番部分に光が走る。と、扉を蹴飛ばし何者かが突入してきたのであった。右手に剣を握り、左手のバックラーの様な盾を翳して。

「馬鹿が!」

男が銃を連射する。何者かは盾で悉くを受けた。盾に弾丸が命中したとたん、ぽろりと落下する。

「運動量吸収甲鈑か!」

男がそう呟いた時には、剣の間合いに入っていた。切り下ろされた剣が右肩に食い込む、と見る間に鎖骨を切断し心臓近くまで達した。観測手と同じ黄緑色の液体が溢れ出る。銃を取り落とす。

「ぐあっ!」

「…貴方達は完全交換体、ですか。高価な体ですね」

剣を引き抜きながら、突入してきたその男は、微笑を浮かべながら呟いた。未だ若い。二十代であろうか。童顔なので更に若く見える。しかし、彼の着用した軍服はアクイナス共和国軍少佐のものである。

「貴様…統治顧問団の…」

「ええ、まぁ」

微笑を浮かべたまま、剣を鞘に収める。その動作はほぼ日本刀の扱いと同じであった。ズボンの左腰に止められた金具で纏められた大小の(刀と脇差し、の様な形状の)鞘を見る限り、そのまま武士の様である。次に左手のスイッチを操作すると、盾は腕時計状の装置の中に折り畳まれ、消えた。

「ハナ・クリスナⅡ皇帝陛下暗殺未遂の容疑で身柄を拘束します」

この言葉を聞いた男は、唇の端を僅かに歪めた。

「…ここに居るのが俺達だけだと…」

「ああ、見張りの方達ですか?多分、ここへは駆けつけられないでしょうね」

腰の剣を一つ叩く。皆斬った、という事であろう。

「そうかい…」

男がそろり、そろりと左手を伸ばしていた後ろ腰から、拳銃を引き抜く。しかし、相手は気付いていた。抜く手も見せぬ早業で、左腕前腕部を剣が斬り飛ばす。

「ぐあっ!」

男の体は殆どが人工物(脳や脊髄、いわゆる中枢神経系を除く)であるが、痛覚はある。各器官が異常を検知し、エラーを痛みとして電気信号に変換、神経へ伝達するのである。

「会話中に感心しないなぁ。大人しくしていてくれないと、こうしなくちゃならなくなるんですよ?」

再び剣を一閃。男の上体が揺れる。向こう脛から滑り落ちた。

「ぐあぁぁぁ、てめえぇぇぇ!」

立ち上がる事も出来ず、もがく男。罵詈雑言を撒き散らす男を鬱陶しそうに見下ろしていた彼は、切り落とした腕を取り上げた。拳銃をもぎ取る。

「うるさいですよ」

左手を、男の口に突き入れた。

『そこで、皆様方にお願いがあるのだが。今ひとときだけ、我が王国民となってはくれまいか!?』

散々王国の窮状を愚痴っていた女王が、そうプールに呼び掛けた。

『どうですかー、皆さーん!?』

割れんばかりの拍手。それが収まるのを待ち、女王は鷹揚に頷いてみせる。

『良かろう。では王国民となったからには、早速税金を支払って貰うぞ!』

『女王様、それでは詐欺ですー!』

どっと笑い声。

「女王ですか…本当は、皇帝なのですがね」

彼は、窓外を眺めやると小さく呟いた。と、イヤホンマイクから人の声がする。

『カイム少佐、こちらミリナ中尉。こちら警戒活動中。そちらは?』

「ああ、こちらは片付いたよ。一人連行する。誰か寄越して」

『了解しました。それ以降は?』

「状況終了だよ。後は帝国側に任せて、撤収しよう」

『了解しました、以上』

通信は途切れた。ステージ上では、司会と女王が軽く取っ組み合いを演じている。

『税金を取り立てるのじゃあ!王国は破産寸前なのじゃあ!』

ドレスを掴まれながらも、女王はステージの後方へ走り出そうとする。

『女王陛下、どうかお静まりを!』

ドレスが裂けた。実際には早着替えの仕掛けであったが。女王はワンピースの水着姿になる。錫杖を司会に預け、ステージ後方のウオータースライダーへ駆け寄り飛び乗る。螺旋状に回転しつつ、プールに設けられたステージ上に、すっくとフィニッシュを決めた。

『皆の者よ、税金の話は嘘じゃ!王国民としてこの一時を、心ゆくまで楽しむが良い!』

ステージ後方から花火が上がる。女王が右へずれると、司会がウオータースライダーで降りてきた。かなり露出の多い水着姿であった。

「…いつ見ても贅沢ですね」

完全武装した兵士達に抱えられ連行されてゆく男を尻目に、窓外を見詰めながらカイムと呼ばれた彼は呟いた。この完全な人工環境の中で、燦々と降り注ぐ陽光を表現するべく天井に設置された全天照射パネルを全て、開園時間中常時点灯し、これだけの水をただ遊興のためだけに惜しみなく使い、空気浄化装置に負荷の掛かる花火を打ち上げる。これほどまでに贅沢な施設は、この正アクイナス帝国領内でもここキャノンランドのみであろう(ランド内には、他にも様々なアトラクション施設が存在する)。キャノンランドは、今や帝国最大と言ってよい財源であった。

「少佐、撤収します」

「…そうだね」

拍手と歓声の中、バックダンサー達を背景に両手を振りつつ愛嬌を振りまいている女王を見下ろしながら、おざなりの返答をする。呼び掛けた銀髪の女性(カイムと同年代であろう)は、怜悧なその表情を僅かに険しくした。

「少佐、長居は無用です」

「そうだね、ミリナ中尉」

振り返ると足早にミリナの横を擦り抜け、扉のない戸口へと向かう。その背後に、静かに彼女が従う。

 倉庫の窓のほぼ真正面、巨大モニタの上に腹這いの二つの人影があった。

「状況終了の様です」

頭部に装着したスコープで倉庫の窓を見下ろす角度から観測していた全身黒ずくめの女性が、傍らで狙撃銃を構えた、同じく全身黒ずくめの女性に報告した。スコープ越しに他の窓を警戒していた彼女は一つ溜息をつき、スコープから右目を外した。

「…また、先を越された」

悔しさの滲む声は、未だ若々しい。二人とも同年代であろう。

「警戒を続行しますか?」

「いや。彼らは取り零すまい。通常任務に戻る」

「了解」

スコープを外し立ち上がる。狙撃銃を構えた女性は、銃を置くと伏射姿勢を解いた。

二脚を畳み傍らのケースに仕舞う。首元のスイッチを操作すると、服の形状が変化する。縮んでゆくマスクの下から現れた顔は、どちらも若く凛々しい、かなりの美人である。銃のケースを手にした方はダブルのスーツの男装に、もう一方は軍服姿に。

「では」

二人は敬礼を交し、モニタを各々別の階段から下りていった。


 正アクイナス帝国第三代皇帝ハナ・クリスナⅡは、同帝国最後の皇帝となる運命であった。百年前、帝国独立に関する協議の中で、同帝国は近々発足するアクイナス共和国の保護下に置かれる事、帝国は第三代皇帝の廃位、退位、あるいは崩御まで独立国として認められ、それ以降は共和国の一州として帰属する事、等が決定され、”正アクイナス帝国処分条規”が締結されたのであった。”殲滅要塞”は未だ健在であり、大戦力を有していた。何より巨大ビーム兵器は大いなる脅威であった。これ以上の戦争継続を望まない連合軍としては、ある程度の譲歩はやむなしであった。一方帝国としては、独立宣言をしたものの本星からの様々な支援無しには活動継続は不可能であった。もしそれらが途絶したならば、一年と保たず全滅であろう。水や酸素、食料その他種々資源と、足りているものよりそうでないものの方が圧倒的多数であった。それらの提供の交換条件として、帝国の寿命にリミットを設けられる事を承諾せざるを得なかったのであった。さて、その様な状況ではあったが、帝国は独立国家としての自立の道を模索し始めた。そのためにはまず経済力であるが、元来要塞である領土に産業と呼べるものが有る筈もない。そこで第二代皇帝フランク・シャルⅡ(今上皇帝の父である)の発案で、観光業を振興する事となった。共和国の同意を得、祖父より帝国皇室に贈与された莫大な外国の凍結資産、その一部を解除する交渉を行い、そうして引き出した資金でキャノンランドを建設したのである。その敷地は元軍事基地であり、資材等は一部、要塞の設備を解体、流用した。そのため結果的に結構な安価で建設する事が出来た。その後も同施設は拡張され、今や全宇宙的に有名な観光スポットとなっているのであった。


 暗闇の中に、オレンジ色の薄暗い光が射し込んだ。誰かが部屋の扉を開いたのであった。

「Cー5(チャーリーファイブ)、戻りました」

戸口で、ひょろりとした男が低く抑えた声で報告した。観光客らしい、カジュアルな格好である。室内に進むと暗闇の中に溶け込む。

「Cー6、戻りました」

続いて背の低い、子供の様な男が入ってくる。否、声も含め完全に子供である。やはり観光客然とした服装である。二人は親子という体で出掛けていたのである。扉が閉じられ、室内は再び闇に沈んだ。

「ご苦労。観測結果を」

二人が着席するのを待っていたかの様に、落ち着いた大人の男の声がする。

「はっAー1(アルファワン)。やはり、皇帝一行はオテルドルレアン宮に移動する模様です。皇室警護隊車輌の出入りが活発です」

「指示通り移動ルート全てに置き土産をしてきました。まぁ、今頃は全て回収されているでしょうが」

置き土産とは、自律型自走地雷の事であった。親役はともかく。報告する子供の声と、その内容のギャップは甚だしい。

「…上出来だ。これで我々の皇帝暗殺シナリオによりリアリティが加えられる…B(ブラヴォー)チームは残念だったが」

「まさか、ランドの武装警備員にやられるとは…」

「いや、皇室警護隊では?」

少々剣呑な親子の会話。

「いえ、どうやら別の組織が動いた様です。傍受した限りでは、Bチームの身柄は皇室警護隊に渡っていない模様ですから」

また別の、少し甲高い、中性的な男性の声。

「本当か、Aー3?とすれば、どこが…」

「恐らくは、統治顧問団だろうな」

A-1のその一言に、息を飲む音がする。統治顧問団とは、正アクイナス帝国の健全な国家運営を補佐するという大義名分のもと、アクイナス共和国が組織し送り込んだ、大使館的役割も持つ国政関与のための機関である。規模を問わず、どの様な政策もこの機関の同意を得られなければ実施困難であった。カイム達もここに所属する駐在武官であった。

「…それは、タカツカサの?」

「多分な。目にした事はないが、高周波振動剣の使い手と聞く。となれば、こちらもそれ相応の装備で迎撃しなければ」

「「「了解!」」」

三人分の声が重なった。

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