[2]

 区役所通りで、落合は周囲に眼を配っていた真壁の肩をたたいた。

「おい、真壁。あそこ見てみろ」

 真壁は落合の指した方向に眼をやると、通りを脇にそれた細い路地にコインロッカーが並んでいる。その通りは普段なら人けがあまり感じられないのだが、この日の夜は黒い影がいくつか見える。

「ホームレスですかね?」真壁が言った。

 落合は真壁の腹に肘鉄を食らわせた。

「バカヤロ。浮浪者って言え、浮浪者と。ホームレスつうのは、仕方なく路上で寝泊りしているんであってだな。浮浪者ってのは、路上でゴロゴロしながら悪さしているんだ」

 真壁は腹をさすった。

「あの人たちが一体、何をしたっていうんですか?」

「ロッカーつうのは臭うんだよ。ホラ、いくぞ」

 落合と真壁がロッカーの前に来たとき、黒い影が動いた。暗くて人相風体はよく分からないが、男が数人、女が1人のようだ。

「ちょっと、皆さん。何やってるの?」

 落合が明るい調子で言った。

「荷物を預かってるだけよ。夜中にロッカー使っちゃいけない法律でもあるの」

 女が答える。

「いやぁ、そんなことはないけどね。この付近は犯罪が多いもんだから、一応、所持品なんかを調べさせてもらわないとね。疑ってるわけじゃないんだよ。俺たちだってこれがお仕事だからさ」

 落合にならって、真壁も懐中電灯で奥を照らした。

 女は太っていた。身長は150センチを少し超えたぐらいで、体重は70キロ程ありそうだった。赤っぽいワンピースを着ているが、布地は擦り切れており、汚れと垢にまみれて元の色が分からないほど黒光りしていた。

 男たちも薄汚れた格好をしていた。よれた青いジャケットにだぶだぶしたグレーのズボンを着ていたが、これも黒光りしていた。年齢は50~60ぐらいに見えるが、実際は40かもしれない。

 真壁は息が詰まりそうだった。浮浪者たちから漂うドブの腐ったような臭いが容赦なく鼻腔を突き刺してくる。隣の落合をちらりと見たが、慣れているのか平然としている。

「おい、それはなんだ?」

 落合がロッカーの中を懐中電灯で照らした。外見とはおよそ似つかわしくない、高級そうな腕時計にブランド物のバック、貴金属類が所狭しと詰められていた。

「真壁、中身を全部だせ」

 ロッカーは最上段の棚に入っているので、背の高い真壁が中に手を入れてひっぱり出した。いずれもスイス製やルイ・ヴィトンといった高級品だった。

 落合が表情を厳しくして問い詰めた。

「これ、どうした?」

「預かったんですよ」

 男の1人が答える。

「誰から?言ってみろ」

「言う必要があるんですか?」

「当たり前だ」

「通りがかりの人ですよ。急ぐからロッカーに入れてくれと。それで1万円、もらいました」

 男は1万円札を見せたが、落合は追及の手を緩めない。

「所持品を見せてもらおうか。みんな、持ち物を出して見せろ」

 金のネックレスにロレックスの腕時計、財布などが出てくる。質札が30枚ほどある。一度にこれだけの品物を質屋に入れると怪しまれるので、ロッカーに保管しておいて時おり質屋に持っていくつもりだったのだろう。

 落合が怒鳴った。

「お前ら、窃盗団だな!よし、交番でみっちり絞り上げてやる!」

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