#02

               ◇   ◇   ◇


 いとこのアリアの邸でひとしきりおしゃべりをし、新調したドレスを自慢したシャロンは、どこか落ち着かない様子の彼女を不審に思いつつも、ペンデルトン邸を後にした。


「あ、ボンネット……」


 馬車を少し走らせてから、アリアの邸にボンネットを忘れたことに気がついた。すぐに引き返し取りに戻ったのだが、その途中の道で邸の裏口から慌てた様子で走っていくアリアを見つけ、シャロンは馬車を止めた。


(アリア? あんなに慌ててどうしたのかしら)


 彼女がときどき庭を散歩することは話に聞いていたが、あの感じは散歩ではない。ちゃんとした目的があって走っているように思える。それも森の方角へ向かっていた。


「ねえ、あなただけボンネットを邸に取りに戻ってもらえる? 私はここで降りるわ」

「えっ、シャロン様? どこへ行かれるのですかっ?」


 いきなりのことで驚いた御者が、シャロンと同じように馬車から降りてくる。


「いいから、あなたはアリアの邸でボンネットを受け取って、この場所で待っていればいいのよ。わかった? いいわね?」


 シャロンはそれだけを言い残し、静止する御者の返事をあっさりと聞き流した。

 アリアが駆けていった方向には確実に森しかない。あんなに一心不乱に走っている彼女を見たことがなかった。森に入って見つけられるかどうかも分からないのに、それでもシャロンはアリアが消えていった方へと走りだす。

 森の中は木々のおかげで陽の光が幾分遮られていた。薄暗さを怖いと思いつつも、辺りを見回しアリアの姿を探す。


(確かこっちの方へ来たはず……)


 走ったおかげで鼓動が激しく鳴っていた。そして上乗せするように、アリアの秘密を覗き見ることが出来るかもしれないというスリルに、気持ちが高揚してくる。

 見失ったと思っていたアリアを見つけられたとき、シャロンの鋭い瞳が輝いた。気付かれないように距離を保ちつつ、彼女の目的にしている場所まで後をつける。そこでアリアがなにをするのかとても興味があった。

 薄暗い森から、少し開けた場所へと出て行った。隠れられるような障害物がないため、シャロンは仕方なく木陰に隠れる。だが幸いなことに、そこがアリアの目的の場所らしかった。白い砂浜のような川べりに、せせらぎが聞こえる。若いブナの木陰に人影が見え、アリアがその人の名前を呼ぶ。


「アドニス!」


 木陰に座っていた人物が振り返って立ち上がる。陽向へ出てきたその人を見てシャロンは息を飲んだ。黒髪にアメジストのような色の瞳をしていた。長身で男らしいシルエット。口元に浮かべた笑みがまるで春の日差しのようにやさしく、一気にシャロンの心を惹きつける。他のどんな男性よりも彼の放つ野性的なオーラや、内面から滲み出る思慮深さは段違いだった。

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