解決部所属、鳴瀬の話 その①浮気男にご用心

@matatabitoneko

第1話

鳴瀬は、先ほどから隣で繰り広げられる会話にうんざりし、「恋人役」の男、黒木に背を向けた。

「へー、名前も可憐だね。お姉さんにぴったり。俺は黒木っていうんだけど、“花と木“…ってなんか相性良くない?しかも名前に色が入ってるのも一緒だし。なんか運命感じちゃうなー」

───感じないわよ。あんたのこじ付けでしょうが!

鳴瀬は次々とやってくる人ごみに目を凝らしながら、心の中で毒づく。

自分に向けられた言葉ではないため作業には集中できているが、歯の浮くようなセリフは嫌でも耳に入ってきた。

「ねぇねぇ、せっかくだから写真撮っていい?はい、チーズ」

──ちょっと、自分のカメラで撮りなさいよ!!

鳴瀬は部のカメラを取り出す黒木に、声をかけようとするも留まった。

今日の目的である男の姿を見つけたからである。

「それでさ、さっきから気になってたんだけどお姉さんみたいな綺麗な人を待たせるなんてどんな男?」

親しみやすく、人懐っこい笑顔で男が尋ねる。初対面でも好印象を与えるその笑顔に話しかけられた女性の警戒心は一気に緩んだ。

「だから彼氏なんかじゃないってばー。友達。ちょっと遅れるみたい。」

「ふーん。でもまぁ、君みたいにかわいい子と出会るなんて俺ってホントに運がいいな。そのナチュラル感がツボ。いい香り。」

「え、そう?いつもはもっとちゃんとしてるんだよ。今日はちょっと手抜きしちゃったんだけど。」黒木の言葉に自分の身なりを顧みた女性は、恥ずかし気に少し目を伏せ答えた。紺色のスキニージーンズに、グレーのチュニック。ラフな格好ではあるが、綺麗に手入れされた爪や、無造作ながらもゆるく巻かれた髪の毛は、普段から女性らしい気遣いがなされていること表していた。ローズの香水もより一層それを肯定した。

「全然かわいいじゃん。じゃぁ、いつはもっと可愛いってことー。」

笑い合う2人に苛立ちつつ、鳴瀬は視線の先に男の姿を見る。綺麗な女性が腕を絡め並んでいる。2人は入場ゲートを潜ると、館内の奥の暗闇へ姿を消しそうになった。

「ちょっと!もう行くわよ!」鳴瀬は勢いよく横に置かれた黒木の腕を掴んだ。

「えー、ちょっと待ってくださいよー」

先ほどまで話していた女性はあっけにとられているが、黒木は「またね」と呑気に挨拶を告げている。

マイペースな黒木の声には耳を貸さず、目の前の男女の後を追う。「恋人」という設定を忘れ、犯人を連行する刑事のごとく黒木を引っ張りながら足早に入場ゲートを抜けた。

───ったく、何しに来たのか分かってるのこいつ。

ああもう!なんだってこんな奴と組まないといけないのよ!!

内心悪態をつきながら、鳴瀬は先週の部室でのやり取りを思い出していた。


鳴瀬 鈴。高校2年生で、「お悩み、問題解決部」、通称「解決部」に所属している。この同好会は、生徒の抱える悩みや問題の相談相手となり、場合によって解決を図るために設立された。学校生活をより良くするための相談は、通常生徒会がその役割を担っているが、問題として取り扱うまでもないと生徒会が判断した案件について同好会に回ってくる。

生徒会所属の同好会ではないが、生徒会とのつながりは濃かった。

特に生徒会役員である3年の花江優香と仲良くなった鳴瀬は、面倒見がよく才色兼備な彼女を慕っていた。

そんな彼女からの彼氏に対する浮気の相談がきかっけだった。

「彼、他にも彼女がいそうなの。そんな風には見えないんだけど、少し気になるのよねぇ。」

聞けば、バイト先で知り合った大学生の彼氏と最近上手くいっておらず、電話やメールのやり取りも少ないという。更に大学のゼミやサークルで忙しく中々会えていないと言う。

「彼の事信じたいんだけど、不安なままじゃ良くないし…。いざ聞こうとするといつもはぐらかされちゃって。」

優しく、頼りになる先輩が苦悩してる姿に、鳴瀬を痛めた。。

─こんなに素敵な先輩を不安にさせるなんて許せない!!

「先輩、何のために私たちがいるんですか!任せてください!!」

先頭を切って、今回の浮気調査に乗り出したのである。

花江から、日曜日に池袋のサンシャインシティで行われるイベントにサークル仲間と参加するという話を聞き出し、張り込む事にした。

おそらく別の女性と会う雰囲気のようだった。サンシャインという情報だけでは特定できなかったが、黒木の提案で、水族館と特定した。


鳴瀬は部員に日曜日の予定を尋ねた。

「ごめん、その日は予定入れちゃってるんだよー。」

「あ、テニス部の練習試合入ってます。あれ、兼部いいんですよね?」

「日曜まで、学校の人間と会いたくないです。」

「朝からですか、寝てますね。」


など、都合がつかない者もいれば面白味のない調査にやる気のない者もおり、部員たちは全員首を縦に振らなかった。1人を除いては。

「水族館ですか?大丈夫です。楽しみですね。」

敢えて同行の依頼を避けたにもかかわらず、黒木が楽しそうに池袋までの交通案内を調べていた。

─いや、あんたには聞いてないわ!!

「む、無理しなくて大丈夫よ。私一人でも・・・」

「あ、良かったですね。カップルで行くと割引されるみたいですよ。」

「いやっ、だから私は別に1人でも…」

「10時開演ですけど、どこで待ち合わせます?」

「いや、だから、」

「じゃぁ、10時に現地集合にしましょうか。」

「だから、、、」

「水族館に女1人でってのはどうなんですかね。」

「・・・っ。」余程の水族館マニアですかね~。

ニヤニヤと憐れみを込めた表情で見つめられ、鳴瀬は言葉を飲み込んだ。確かに、それは周りの目から見ても浮くだろう。なるべく人目に付く行動は避けたい。

「それに、2人でいたほうが記念写真を装っての撮影もしやすいですし。」

最もな意見に、返す言葉が見つからず鳴瀬は黒木の同行を阻止を諦めた。ため息を漏らす。

──白クマいるといいな


そして冒頭に戻る。

「先輩、歩くの速いです。パンプスなんて慣れてないんだから、気を付けないと脱げますよ。」

ギクリ

黒木に図星を突かれ、癪に障ったが速度を落とす。視線は先輩を苦しめる男の顔をとらえて離さない。

───ふん、やっぱり浮気じゃない。あんな奴に先輩が悩まされているなんて信じられない。

薄暗い中、肩を組み水槽の前で親密そうに笑い合う男女。男の年齢は20代前半で、立ち振る舞いに大人の余裕と知的さを感じさせ、わらかいい雰囲気を纏っている。

水槽の

「へー。花江先輩の彼氏、写真よりは実物のほうが良いっすね。まぁ、俺のほうが格好良いけど。」

鳴瀬の耳に届いていた言葉は、黒木の独り言として処理した。

「ほら、さっさと写真撮って帰るわよっ。」

「そんなに殺気立った目で睨んでたら気づかれちゃいますよ。」

黒木は鳴瀬の腰に手を回す。

「恋人らしく。ね。」

耳元で「鈴」とささやかれ、馴れ馴れしい嫌悪と、驚きと気恥ずかしさで思わず声を出しそうになった。しかし、出されたカメラに本来の目的を思い出し恋人役を続行した。

自撮りを装い、背後にいる親密な2人の様子を撮影する。

「はい、チーズ。どう?初めての彼氏と初めての水族館なんて、きっと忘れられない日になるんじゃない?」

「忘れたくても忘れられないわ。」

──だから、なんで初めてだって分かるのよ。相変わらず、恐ろしいわね。ほんと癪に障る。

鳴瀬の返答を肯定と捉えたらしく黒木は得意げに笑う。黒木の勘の鋭さは、部員たちの中でも有名で特に問題解決を謳う部の活動には重宝されている。そのうえ、立ち回りも上手く、相談者から話を聞き出す能力も長けていた。その一方で、正義感に欠け、女性関係、自意識過剰なども度々目に付いた。彼は鳴瀬の苦手とするタイプであった。そのため今回の調査の同行相手の候補としては対象外、むしろ願い下げの相手だった。

「2人の会話を聞きたいから、もっと近くに行きましょ。」


無事に証拠写真を撮り終え、後日先輩に結果を報告した。分かれたほうが良いと助言したが、彼を信じる。という先輩は、その後浮気相手と3人で会い話を付けたという。よりを戻し先輩の表情にも平穏がもたらされた。


しかし、それも長くは続かなかった。

「鈴ちゃ~ん・・・浮気かどうかわからないけど、彼に気になるメールが来るのよー」

鳴瀬は驚いた様子で花江の話を聞いた。

「昨日は彼と会って、レストランで食事をしていたの。彼が席を外したとき、ちょうどメールが来てね、その内容が妙なのよ。」

花江の話によると、送り主の名は「蓮見」という名で、「信じてるから。この前のことちゃんとしてね。」という内容だったという。

それまでも、「蓮見」という人物から「また会おうね。」「この前は楽しかった。」というメールが来ていたという。不審に思い彼氏に聞くも、ただのサークル仲間だと言われた。

「でも、浮気相手とは完全に終わらせたんですよね。」

鳴瀬は新たな浮気という考えには半信半疑だった。

「新しく浮気するにも、花江先輩が交友関係も把握して目を光らせてたじゃないですか。流石に・・・」

発覚後、花江は彼氏に対する友好関係管理(主に女性)徹底した。そのため、あれから2週間足らずで新たに浮気をしている可能性は無いのでは。というのが鳴瀬の考えだった。

「でも、途中で帰っちゃったり・・・かと思えば女物の香水つけてた来たり。怪しすぎるの!」

「はぁ~。せめて、この蓮見っていうのがどんな人か分かればなぁ。」

鳴瀬が頭を抱えていると、カメラを片手に黒木が苦笑いで机に腰掛けた。

「あの人達まだ続けてるんだ。花江先輩、早く振ったほうが良いですよ。先輩の綺麗な名前に傷がつきます。それにほら、良い男がここにいるじゃないですか。」

「はぁ?何言ってんのあんた、いい加減なこと言って。自分を押し売りしたいだけでしょうが。」

「蓮見 華。同志大学2年。同じサークルの工藤大樹と1年前から交際。彼氏の度重なる浮気に手を焼いている。先日も浮気を確認するため、水族館を訪れる。」

「え?何言って・・・」

言い終えると、カメラの画面を2人の前に差し出した。

「この人が蓮見さんです。」


液晶パネルに映す人物を見てから、鳴瀬は目線を宙に移しそう遠くない記憶を呼びおこした。

「あ。」

再度画面を見る。

ゆるく巻かれた髪にグレーのチュニック。

笑顔で映る黒木と綺麗な女性。

「この人・・・」

そこには、先日水族館で黒木が声をかけた人女性が映っていた。

「先輩、浮気男は治らないんですから。バッサり終わらせちゃいましょう。」


花江が、彼氏である工藤大樹に問い詰めたところ、黒木の言う通り、工藤は「蓮見 華」と付き合っていると認めたという。交際は1年前からで、花江との交際は2か月ほど前からであっため、つまり、花江が浮気相手だったのだ。ショックを隠せない花江に変わり鳴瀬が部室に響き渡る怒号で花江の携帯電話から工藤に別れを告げ、着信拒否及び、アドレス削除をしたことで事態に終止符を打った。


「本当にありがとう。浮気の件もほかの人には伏せてくれて。」

「これをネタに黒木に脅されるようなことがあったらすぐに言ってくださいね。」

花江を気遣い、今回の件の詳細を他の部員には述べなかった。しかし、一番信用ならない男に真相を知られていることに鳴瀬は不安を抱いていた。

「黒木君はそんなことしないわよ。」

鳴瀬から少し上に目線をずらし、花江は笑いかけた。

すぐ後ろに気配を感じたが、反応するも間に合わず鳴瀬は息をのんだ。

「ほんと、信用無いですね。俺」

耳元で低音が響く。

「意地が悪くなきゃ、さっさと蓮見さんのこと教えなさいよっ。高見の見物のつもり?あーヤダヤダ。」

「浮気癖って治るものなのか興味があったので。」

黒木は水族館で声をかけてから、相手の女性が工藤の彼女だと気づいていたようだった。

「彼女は髪の毛や、爪など細かいところにも気を遣っている割には、あの日は地味な服でした。彼氏じゃないにしろ誰かと一緒に出掛けるならもう少しお洒落な服装にしていると思います。ワザと目立たないようにしてるみたいでした。それから彼氏の話にのろけより、愚痴や不満を漏らしていました。加えて名前も大体見当が付きましたし。」

さも簡単な解答用紙を読み上げるかのように黒木はスラスラと、結論に至るまでを述べた。

「あんた、最初から気づいて彼女に声をかけたの?」

こんなに頭を回していたのか。自分はあのやり取りをすぐ傍で聞いていたにも関わらず、全く気が付かなかった。嫌悪感さえ抱いてしまった。

鳴瀬は認めたくなかったが、黒木に歓心しそうになり思わず尋ねた。なんでもお見通しなのかと。

「まさか。綺麗なおねーさんには体が反応しちゃうんです。あ、もちろん花江先輩もですよ。」と、花江に微笑みかける。

「あそ。」

──そうよね、偶然よね。やっぱり黒木は黒木か。

歓心しかけた気持ちが一気に消えた。

しかし工藤が過去に浮気した女性の容姿を見れば、実は面食いの美人ぞろいで、黒木のセンサーもそれとリンクしていたことが分かる。したがって全くの偶然だったとは言い切れないのであった。

「ふふふ。お礼といってはなんだけど、このチケット良かったら使って。私にはもう必要ないしね。あまりいい思い出もないし。」

花江が鞄から水族館のチケットを2枚差し出す。別れた工藤と行く予定だったのだろうか。

「いえ、そんなお礼なんて」

「わーありがとうございます。」

鳴瀬の言葉ににかぶせて黒木が言った。

「先輩、いつ行きます?」

「え、私はいいわよ。他の人連れて・・・」

「じゃあ今週の日曜日。10時に待ち合わせしましょう。」

──またこいつは・・・

「えと、その日は予定が・・・・というか、ずっと予定がっ。」

「この水族館には白クマいますよ。」

「!!」

白クマの写真が載ったチケットをヒラヒラと揺らし、しろくま~しろくま~と楽しそうに口ずさむ黒瀬。苦虫を噛み潰したような顔で鳴瀬が低く呟く。

「・・・10時に現地集合。」

黒瀬からチケットを一枚奪い

「ただし」

キッっと、背後の黒木を見上げ睨む。

「女性に声かけた瞬間に他人だからね。声を掛けられてもアウト。わたしは水族館を存分に楽しみたいから話し終わるのを待つなんてできないわ。」

黒木はモテる。放っておいても言い寄ってくる女性がいることは先日行動を共にして知ったことだ。鳴瀬より先に到着していた黒木を遠くから観察していると、1、2分おきに女性から声を掛けられていた。

「なに言ってんですかー。安心してください、鳴瀬先輩以外見えてません。」

ふっと笑う黒木の気配を背中に感じた。

───まずい

「だから」

黒木と向き合おうと、体勢を変えようとしたが遅かった。

ポン。と肩に手を置かれ再び耳元に息がかかる。

「今回は他の男じゃなくて、ちゃんと俺だけ見て。」

「・・・っ」

咄嗟に耳を押さえ後ろを振り向く。一歩後ずさり黒木から距離をとった。

───こいつ、耳弱いの気づいてるな!

水族館は今週の日曜日である。こんな調子で日曜は大丈夫かと今から不安を感じ始める鳴瀬だった。



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