葉月の純情

@buru-doragonn

第1話 奈落

葉月は、その日いつもの警戒をすっかり忘れていた。

母恵子がいない時の、男の行動に。

葉月は中学生になってから、一段と少女らしい色気を発していることに気がつかなかった。

ちょっと大人びた肢体。

長い手足とバランスの良い小さな顔。

最近では通学中に痴漢に会うことも多くなったし、かばんの中にラブレターが入れられている事も多くなっている。

蒸し暑い夏の午後。

シャワーを浴びて、すっきりした気持ちでリビングに出たところを後ろから襲われた。

いつもなら、そいつのことを忘れて無防備にならないように気をつけていたのだが。

とっさの出来事に、何もできなかった。

そして、何も出来なかったことが悔しかった。

そのことが、大きく葉月を変えた。


母は葉月が生まれていくらもしないうちに、男に捨てられた。

もの心付くまで、なぜおうちにパパがいないのか不思議だった。

しかし、子供心にそのことを母に聞いてはいけないと思っていた。

母恵子が一人子供を育てるために苦労しているのが分かるから、迷惑をかけないよう気を使う子供だった。

夜働く母は、朝起きれない。

葉月は自分で起きて、母のためにコーヒーのスイッチを入れる。

パンをトースターで焼いて、牛乳で朝食を摂って学校に行く。

小学生の頃から母を手伝い料理も覚えた。

休みの日にはカレーやハンバーグ等を作って一緒に食べた。

朝、母と知らない男が一緒に寝ているのが不思議だったが、気にかけないようにしていた。

自分に害がなければ問題ない・・と割り切れる子供になっていたのだ。

母は優しくて、ちょっと天然で、葉月と二人の時は本当に良い母親だったと思う。

でも、間に知らない男が入ると知らない女の顔をする。

それが唯一母恵子の嫌いな一面だった。


どうも母が駆け落ちして、家を勘当されたらしいと気が付いたのは小学校の高学年。

いつも家には知らない男が出入りするのはそのため。

付き合いの長い時もあれば至極短い時もある。

どうも、母恵子は男がいないと駄目なタイプらしい。

騙されやすいのだとも思う。

葉月は、母を嫌いではないが好きにもなれない。

母のようになりたくない。

幼い頃から思っていた。

暴力は振るわないが、男を止める事もできない。

男のタイプはいろいろだったが、母を本当に愛しているとは思えなかった。

中には、普段は優しいのに酒を飲むと暴力を振るうというか・・

気に入らないと手を出す・・という男もいる。

母のお金を持って逃げる・・という男もいた。

それでも、葉月が小さなうちは葉月に対して悪さをするようなやつはいなかった。

が、最近は気が付くと怖い目で葉月を下から嘗め回すような視線を感じる。

早くうちを出たいと思っていた。

身の危険を感じていても母には言えない。


葉月は小さな頃から、家にいるのが嫌で児童館や図書館で本を読むのが好きだった。

学校に行ってからは、図書館で勉強した。

学年では常にトップをとっていた。

がり勉と言われようと気にしない。

世の中は、勉強ができないと渡れないと知ったからだ。

誰も助けてはくれない。

自分の頭と行動のみが、自分を助ける。

中学生になってますます思っていた矢先にトラブルに巻き込まれたのだ。


男は自分の思いを達成すれば、次からは平然と襲ってくるに違いない。

しかもどう考えたらそう言う答えがでるのか・・

「合意のうえだから」

「おまえも楽しんだんだろ」

何を言っているのか、理解不能だ。

低脳面に、吐き気がこようと言うのにだ!

自分のした事に、正当性を考えて押し付けてくる。

しかし、バカに議論を言っても、キレられるだけ。

暴力がひどくなっても困る。

ここは黙ってこらえる。

男は、あまりの抗議のなさにどう感じたのか・・

その場はそそくさと立ち去った。


母恵子には悪いが次の計画を実行する事にした。

もう少し後にできれば・・と思っていたが猶予がなくなった。

家を出よう。





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