第13話 ゼツエイの過去
沙耶を抱いてコンピューターの立ち並ぶ部屋に連れてきたゼツエイは彼女をその中心にあるベッドにそっと寝かせた。
パネルを操作すると眠ったままの少女を機械群が取り囲み、接続されていく。
「沙耶……」
何かを噛み締めるかのようにゼツエイは小さく呟く。少女は声をかえさない。ただ眠ったままだ。
「あの日を思い出すな」
彼女を見つめるゼツエイの目はどことなく優しい。
――そう、あれは今から二十年と少しばかり前、とある星の研究室でのことだった――
ごちゃごちゃといろいろな物で散らかった部屋で若かりし頃のゼツエイはそっと額の汗をぬぐって言った。
「よーし、出来たぞ」
実験台の上には金の長い髪をした小さな少女の姿。ガラスのように澄んだ瞳はただ天井を見上げている。
完成した沙耶。思ったより上手く出来た。これは我が生涯最高の傑作かもしれない。こんな可愛い小娘がその内に凄い力を隠し持っているとは誰も思わないだろうな。
「立ってみなさい、沙耶」
最初の命令を出す。彫像のように動かないかのように見えた少女の姿をした人形は言われた通りに立ち上がった。
台の上でただ黙って立ったままの少女を見上げ、ゼツエイは続いて簡単な命令を出す。
「腕を上げてみなさい、沙耶」
言われた通りに腕をあげていく。動作は良好……と思った時だった。
上げきられた拍子に手の平からエネルギー弾が発射された。天井に大きく穴が空き、幾層もの天井の向こうに夜空が見えた。
ゼツエイは軽く空を見上げてから視線を元の少女に戻した。少女は悪びれる様子もなくただ黙って手を上げて立っている。
無駄な動作を示さないのはまあ人形だから当然であろう。ともあれエネルギーの制御がまだ不十分だったようだ。ゼツエイは軽くうなずき考える。
「ふむ、M87製合金で作った天井をぶち抜くとは、軽く撃ったにしては上出来だな。だが、不用意に攻撃されては危険だ。安全装置には改良の余地があるな。うむ」
再び沙耶を寝かせて調整作業に取り掛かる。
ゼツエイは宇宙で活動する武器商人をしていた。
当時この宇宙の近辺では、ガルノス統一帝国とネオソサエティ神聖連盟の幾度となる戦いが繰り広げられていた。多くの星を巻き込んだ星間戦争である。
それは多くの人民にとってははたはた迷惑なことだっただろうが、ゼツエイ達武器商人にとっては絶好の稼ぎ時という物であった。
次々と必要とされる兵器達。当時ゼツエイは帝国を相手に商売していた。
自分にとってはどっちの味方でもいい。ガルノスの皇帝もネオソサエティのクルルとかいう頭首も自分にとっては無関係だ。自分の兵器をより高く評価し効率的に使ってくれる方が望ましい。それだけのことだ。
宇宙船に乗って宇宙へ飛び立つ。
ゼツエイは沙耶を連れて帝国の領土へと向かうことにする。きっと沙耶も高く評価されるだろう。主力兵器として採用されれば自分の名も上がる。宇宙一の武器商人として名を馳せるのは自分の夢だ。
宇宙船で椅子に座り、その夢を描いていたところで事態は起こった。唐突に警報が告げられる。
「な、なんだ!?」
慌てて椅子から立ち上がる。パネルを操作しモニターに宇宙の外の様子を映し出すと、いつの間にか船のすぐ前方に巨大なブラックホールがその口を開けていた。
「な、なんだ!? 何故こんな物がこんな所にあるのだ!?」
今のこの宙域にこんな物があるはずがない。あったとしてもこれほど接近されるまで機器が反応しないはずはない。
考えられることはただ一つ。このブラックホールは今ここに空いたのだ。おそらく人為的に。
だが、今の時代にこれほどの威力を持つブラックホールを作れる者がいるはずがない。もしいるとしたら……
「破滅の使者ミザリオル……いや」
宇宙の三大脅威の一人、ミザリオルは銀河を揺るがせるほどの超重力を操ると言われている。だが、そのような存在はガルノスとネオソサエティの戦争を恐れ忌み嫌った民衆がより強い力を望んで生み出した幻想の怪物に過ぎないはずだ。
もし実在するとしたらずっと前からこの戦争に出てこないはずがない。力を持つ者が力を望まれている場所に出てこないはずが無いからだ。
それはゼツエイ達武器商人の間で限りの共通した価値観というものだったが、当時彼はそれが絶対的な物であると信じていた。
とにかく振り切れないなら破壊して通るまでのことだ。
「くらえ!!」
手元のパネルを手早く操作し、戦艦の主砲を発射する。自分が実行命令を送り込めば後は全てロボットが処理していく。超高エネルギーのビーム砲がブラックホールへ向けて飛んでいく。
だが、それは虚無の大穴に空しく掻き砕かれ吸い込まれるのみだった。何度やっても結果は同じだった。
「何故だ、何故私の兵器が通用せんのだ!」
揺れる船内。重力場が強まっている。ブラックホールはぐんぐん近づいてくる。大丈夫だ。私の兵器はあんな物に負けはしない。
込み上げる緊張を押し殺し発射装置を何度も押す。だが結果は変わらない。しまいにゼツエイはパネルを強く叩き、椅子から立ち上がった。
「馬鹿な! 私の兵器は無敵だ! あの程度の重力の渦を消し飛ばせないはずはない!」
「博士」
そこへ沙耶が声をかけてきた。簡単な自律プログラムを組んだその人形はある程度の自由意志を持って行動することが出来るようになっていた。
それは主に主人である自分の役に立つために。
「沙耶、お前がやってくれるか」
最新にして最高なる兵器。その力は絶大だろう。発表の場に売り込む前に使用することにためらいはあったが、贅沢も言っていられない。人形は抑揚のない声で答える。
「はい、博士」
「よし、行け!」
命令を下すと沙耶はすぐに船の外へと出て行った。あの人形は宇宙でも活動できるように造ってある。でなければ星間戦争は戦えない。
モニター画面の向こうで沙耶はちらっと振り返って立ち止まる。何かを迷っているように。ゼツエイは気にもせずに声をかける。
「お前なら出来る。虚無を導くと言われるあいつを虚無の世界に消し去ってやれ」
沙耶はうなずく。
「はい、博士。どうかお元気で」
寂しそうに、それでも明るく振舞うように沙耶は微笑む。なんだ今のは。
「待て、沙耶!」
命令するが沙耶は飛び去っていき、暗黒のブラックホールの中で数度の明滅を繰り返した後、それとともに消えていった。
いったいあれはなんだったのか。
戦争の苛烈する今の時代に他人を気遣う物好きはそういない。ゼツエイには分からなかった。その反応の意味するものが。
「沙耶! 戻ってこい、沙耶!」
我知らず必死に叫ぶが、沙耶は戻ってこなかった。
それから数ヶ月。
不思議とやる気がおきなかった。自分が武器を造ろうと造らざると戦争は続く。噂は耳に入ってくる。
ガルノスは巨大兵器アルテオンを建造、ネオソサエティの前線基地を叩くべく向かうが、ネオソサエティの新鋭戦闘機ギガミューレイはたった一機でそれを退けたという。戦いは終わりへ近づいている。
設計図を投げ出し、気分転換に街をうろつく。このままでは駄目だ。沙耶を探しに行こう。
なんとなくそう思い立ち宇宙港へ向かう。そこで出会った顔見知りの男が教えてくれる。
「最近、この辺りの宙域で黒いでかい奴が暴れているらしいから気をつけな」
「黒いでかい奴? アルテオンのことか?」
ガルノスのその兵器も大きいと聞いている。だが、男は首を横に振った。
「いーや、違うね。宇宙をうろついてる黒い影のような奴さ。奴に近づくととんでもない風に巻き込まれるぜ。運よく逃げてきた者の話ではその中心には凄い化け物が潜んでいるとか」
「奴こそ宇宙の三大脅威の一人、破滅の使者ミザリオルだ」
気が付けば自然とその言葉が口をついて出ていた。あの日出会ったブラックホールを思い出して。それを聞いて男は心底驚いたようだった。
だが、彼も心の中ではそれを思い、宇宙広く活動していたゼツエイの言葉に説得力も感じたのだろう。
「まさか、宇宙の三大脅威なんてただの伝説だろう。もし、そんな奴がこんな近くにいるとしたら。ひええ!」
男は泡をくったように逃げだした。ゼツエイはただ遠い目で見送る。
宇宙の三大脅威――破滅の使者ミザリオル、電界の女王イルヴァーナ、混沌の星獣カオスギャラクシアン――そう、そのような奴らはまぎれもなく伝説にすぎないはずだ。ゼツエイとて信じているわけではない。
だが、宇宙は広い。何があるかは知れた物ではないのだ。
そう、ちょうどあの日。予期せぬ虚無の大穴と出会い、沙耶を失い、今の自分があるように。
ゼツエイは商売をしながら沙耶を探すとともに三大脅威についての情報も集めた。
ベルゼエグゼスや飛鳥とはその旅の途中で知り会った。前々から噂には聞いていたが、実際に会ってみると、なるほどかなりの力を持った実力者であることが伺える。
自分の造った強力な兵器もより優秀な使い手が扱ってこそその真価を発揮できるというものだ。いずれ三大脅威と戦う時のためにもぜひ手を組んでおきたい。
それから間もなく、沙耶を見つけた。その話を持ってきた客にたっぷりとサービスし、ゼツエイは地球と呼ばれるその星へ向かった。
沙耶は見つかった。三大脅威についてはまだはっきりとは分からない。やはりそのような存在は伝説に過ぎないのだろうか。
だが、沙耶と接触しようとすれば奴も動くかもしれない。そう予感する。ミザリオルは必ず倒す。私の自慢の兵器で。伝説と呼ばれる存在を倒すのだ。それでこそ私の兵器は宇宙最強の物として証明されるだろう。沙耶も、私も、認められるのだ。
「沙耶、お前は私の最高傑作」
飛鳥との戦いは沙耶に新たなる可能性をもたらすだろう。その経験をもって沙耶をより強く改造し、ミザリオルを、そして宇宙の三大脅威を倒すのだ。
それはゼツエイの喜びであり、沙耶の喜びでもあるはずだ。
ゼツエイはいつになく強い感情にコンピューターを操作していた。
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