ぶち殺マンス

冬春夏秋(とはるなつき)

3:釘抜きと切り裂きジャック

第1話/1


/2 事後。



  どうせ瑣末事さまつごとなのだからこの際の実証はどうでも良いのだが。


 数えて十二の階段は、ある日ある時ある瞬間。


 数えて十三の怪談になるという。



 こつんこつんと倦怠にリズム感悪く響く足音は自分のもの。


 はやくはやくいそいできてよとささやくこえはしたのもの。



 八段目まで下った辺りから取り留めの無い事が頭に浮かんでは消えていく。


 それはつい最近見なくなった友人の顔だったりした。


 それはさっき飲み干した缶汁粉しるこの底につまった粒餡つぶあんの気持ち悪さだったりした。


 それはこの街が必死に社会性を獲得しようとする町興し商品の名前であったりもした。ここで十段目。


 そんな無理をした名産品よりも、全国レベルの知名度を誇るモノがあったりもした。


 十一段目。階段の終わりには扉があって、その先に見知った程度で、けして仲がよろしいなどとは思いたくない相手が待っている。あと一段、あるいは二段と数歩。



 全国レベルどころか世界規模の生産量を誇ってしまうこの街の『』。まぁ水戸で言えば納豆とか、愛知で言えばういろうとか京都で言えば生八橋とか、そういうモノである。


 こつんと十二段目。


 はやくこいこのこんじょうなし。この苦情数え飽きた。



 次の一歩の時に今朝のニュースが頭をぎって消えた。


『凶器はバールのような物』


 これはどうなのだろう。思うにこつんバールに似たモノはそう無いのではないのだろうかやっときたじゃあ何故『バール』と断定しないのだろうかこつんまぁ恐らくは殴り殺された場合の凶器の硬さとか金属の反はやくはやく応とかで身近な物がバールとしてこつんいや待てだったら金属バットの方が遥かに知名度というか思い浮かべ易いのではないはーやーくー!のか。そもそもバールと言わガチャリれて理解できない奴は意外と多い気がするのだが――


 と、薄暗がりにカビの生えたドアを開けた時、思わず顔を顰めてしまった。



「遅ぉい! ……って、なぁに? その顔」


 八つ当たりというのはその個人の精神衛生上必要なものだと思う。言うなればストレスの不法投棄。でも捨てなければ色々と良くない事があるわけだ。


「お前の声が五月蝿くて階段を数える最後でわからなくなった」


 本当の事を白状すればバールのような物について考えていたからである。


「この前『そんなのは瑣末事だろ』って言ってなかったっけ」


「それはそれだ。実証に費やした労力が無駄に終わるのは気に食わない」


 部屋に入ってすぐにある電気のスイッチを押すと、ばちばちとまぁB級のサイコ映画みたいな点滅の後、部屋が明るくなった。つーかコイツ、真っ暗な部屋でテレビも点けずに待機してたのかよおっかねえ。


 からからと近づく。そういえばあのニュースの走りは何だったろう。


「それで、収穫とかあったの?」


 急かした本人はいやにのんびりとベッドから起き上がり、そして降りた。手にあるナイフが生々しい。


「別に。いつも通りさ」


 からからと近づいて、止まる。せっかくだから寝起きの顔でも見てやれ。寝癖がアニメキャラみたいに跳ねていて滑稽だった。



「なぁに。わたしの顔に何かついてる? そ、れ、と、も?」


 ニュースの走りを思い出す。


“通算四人目の犠牲者は、八人の女性を――”


 欠伸を噛み殺して女がナイフを振り上げる。


「キミに釘付け☆ってヤツかしらーね?」


 からん。







 どちゃ。



「――うん?ああ。見蕩みとれてた。それだそれ。ソウソウ、キミニクギヅケ」


 ベッド脇に開封していない紙パックの紅茶があったので飲むことにする。



「……どっちかって言うと。『キミをハリツケ☆』じゃないかしらーね? ねぇ。わたしのなんだけど」



 打ち返されたナイフで右手を壁に縫い付けられてもソイツは別の事に怒っている。


「良いじゃないか別に。飲まないんだろう、どうせ」


 肩を竦めたところで引っ張り込まれた。


 なんて暴力的な膝枕。



「あのねぇ、」俺はそのゴスペル発音が気に食わない。


「苗字で呼べよ。秋山でいいだろ」なんかこう、日常くさくて。


「わたしは苗字より名前の方が気に入ってるので」


「うるさいレズ女。頭どけろ髪が半端に触ってきてうざいんだよ」


 む。とあからさまに機嫌を損ねた様子。


「レズって言うな。元々隠語じゃないかばか。キリエばか」


 らちが明かない。というか右手から流れてきた血が腕、腋、鎖骨と通ってしたたってきているのだが。アレがこちらまで浸透するといっそう気分が悪くなりそうだ。というか今日の服は白いから染みになると厄介という話。



「あーあー解った。解ったから起きるぞ


「…………」


 さらにしかめっ面。なんだこいつ。


「……風呂入りたいんだよ。起きてもいいでしょうか」


 返事は待たずに起き上がる。百合りりいは不満そうに声を上げていた。



 からん。



 服を脱いで風呂場に向かう。百合りりいが抗議の声を上げた。


「ちょーキリエー。コレ抜いてけーばかー」



 嫌だよオマエ風呂場突入して来るじゃねぇか。


 しかもナイフ持って。



 そういえば茄子が安かったので買ったんだった。麻婆茄子にしよう、とか特売品の事を思い出しながらシャワーを浴びていると、特売品→特産物、の流れでニュースキャスターがこの街を揶揄やゆしたネーミングを思い出す。






 『。今月四人目の被害者は、八名の女性を殺した連続殺人犯、と――』



「――ジャック多いな現代。そもそも娼婦狙いでもないし切り裂いても無かったんだが……」



 凶器はバールのような物。



 考えはそこに帰結する。切り裂きジャックとかワリと頻繁ひんぱんに出没しちゃう現代に、バールが通じるヤツと通じないヤツの割合はどれくらいなんでしょうか。


 思いつつ髪を拭いてると此方こちらをどうやら壁越しに入浴中ずっと見ていたらしい百合と目が合う。なんて執念だ。そのうち透視でもできるようになるんじゃないかと不安になった。


 そしたら俺の私生活が文字通り丸裸にされてしまう。たまったもんじゃねえです。


「ああ、夕飯は麻婆茄子だから」


「辛いの嫌いって何度言えば解るんですかばか。キリエばか」


「……嫌なら食うなよ。どうして俺がお前の嗜好に気を遣わなきゃならんのだ」


「うー……ううー……辛いの、嫌い」


「…………」


 そんなわけで甘口にする必要があるらしい。


 ままならねえです。


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