レキヒコ戦史 秘密雑誌戦

@GP01

第1話

■ そのときレキヒコの指は震えていた。


マルヤマレキヒコの指は震えていた。


手にした辞令のコピーをもつ手がわずかながら震えていたのをノガミコウキチは見逃さなかった。

それは丸山出版の内部文書の写しであり、かつてレキヒコが専務を務めたものの諸般の事情から退職を余儀なくされた中堅版元の総務部が発した人事の内示であった。


丸山出版を離れたレキヒコは新しくデジタルワークスという版元を立ち上げていた。そこでは「雷撃」ブランドで雑誌や文庫を矢継ぎ早に刊行しており、かつてレキヒコが指揮をとった丸山出版が出している「マル戦」ブランドにぶつけるようにゲーム雑誌を刊行していた。


たとえば「マル戦スーパーファミコン」には「雷撃スーパーファミコン」、「マル戦PCエンジン」には「雷撃PCエンジン」、「マル戦メガドライブ」には「雷撃メガドライブ」といったように、そっくりな対抗誌が創刊されていた。

まるでクローンのような戦いの様子は読者を戸惑わせ、出版界の噂話を賑わせていた。


かつてみずからが陣頭指揮を取り、大手版元が見逃していた若者文化を取り上げた雑誌を次々と創刊してきた二代目経営者。アニメ、ゲーム、パソコン、マンガ、ジュニア小説と十代が熱心に読み耽る雑誌や書籍を作らせたら日本一の編集長、それがレキヒコだった。


独立してデジタルワークス社を作ったレキヒコは、かつてみずからが創刊した古巣、丸山出版の雑誌群や出版カテゴリにぶつけるようにクローンを作っていた。無論、丸山出版とのつながりは全くない。

独立騒動の後、一年が経っていたがレキヒコは一度たりて丸山出版に足を踏み入れてはいなかった。


そのレキヒコの手の中に、丸山出版が新しく創刊する雑誌の編集長任命の内示があった。

版元の総務部人事課が出した文書が出したもののコピーが、なぜかデジタルワークス社にファックスされたものの写しであった。


兄のフユキとの長年の確執、映画に莫大な予算を組み会社の経営を危うくしている兄にレキヒコは何度も警告を発したが、カリスマ経営者として出版界に名を馳せ何度も奇跡を起こしてきた兄は聞く耳を持たなかった。


創業者である父、丸山元気の経営訓には「映画と雑誌には手を出すな。文庫で十分」とあったが、フユキとレキヒコの兄弟は父の遺言をことごとく破って成功を収めてきていた。


そんな兄弟、まるでケインとアベルのようなふたりが後戻りの出来ない衝突をしたことが、デジタルワークス社と雷撃ブランドが生まれるきっかけとなった。



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