少女が少女に恋する物語
嘘だが
第1話 文芸部を探せ
大島桜という少女を説明するのは簡単なようで案外、難しい。
人は概ね外見で判断するというが、彼女は特別可愛いわけでもなく、かといって器量が悪いということもない。
髪はさらさらとしているがやや癖っ毛で巻きがかかっており、能動的な印象を持たせるために小さい頃からボブカットを通している。
髪の色は目立たない程度に茶色に染めている。
背は明らかに小さい。
とはいえ、特別小柄ということもなく、これもまた彼女の特徴を語るほどのものでもない。
やや丸顔で髪型のせいもあってリスのような小動物系のように見られているが、おっとりとしているというよりはむしろぼーっとしていて、小動物というよりはコアラか何かみたいなゆったりとした動物の方が近いかもしれない。
体重に関してはスレンダーとはお世辞にも言えないが、年頃の少女らしく、ややむっちりとはしている。
胸こそは平均よりも大きいが、できる限り着痩せするように努めているため、男子の中に彼女が巨乳であることを知っている者はほとんどいない。
学力やスポーツでも特筆するようなことはない。
どちらかといえば運動神経は鈍い方で体育はあまり好んでいないが、かといって学力が上位に位置しているというわけでもない。
そういう数字的な面から見る限りでいえば彼女はどこにでもいる普通の少女と評価されるのであろうが、だからといって彼女をその辺のどこにでもいる少女を評価するのはやや早計だと言えるだろう。
つまりはどういうことか、入学した春に部活動を選ぶことは不思議というわけでもない。
帰宅部を選ぶことも妥当なことであるし、アルバイトに精を出して小遣いでは足りない女子としての憧れの必需品を買い漁ってもいい。
それぞれ個々人にとっての選択は尊重されるべきだが、彼女が選んだルートは到底、一般的な少女からは外れるものだった。
「文芸部? ふーん、そんな部活あったんだ」
中学の時からの親友である木下
文芸部という地味な部活は、体育館で開かれたオリエンテーションでも目立つことはなく、ほぼ全ての生徒に記憶されるようなことはなかっただろう。
地味とはいえ各部の部長が一風変わったアピールをすれば名前くらいは覚えられていたかもしれないが、そもそも肝心の文芸部はオリエンテーションに出てもおらず、向日葵が記憶していないのも当然だった。
「桜ってそんなに読書好きだったっけ?
あんまり本を読んでるの見たことなかったけど。
読書感想文だっていやいいやこなしてた記憶があるんだけど」
「文芸部って本も読むだろうけど、一応、お話を創作する部活だよ」
「ええっ? 桜が小説を書くの? そっちの方が驚きだよ。
そんな趣味があったなんて初耳だよ!」
目を丸くして驚く向日葵に、桜は頬を赤らめて左右を見回し、小声で反論した。
「小説なんて書いたこともないし、書きたいと思ったこともないよ」
「だよねぇ。あたしの知らないところで桜がこっそり自作の小説を作ってたとかいうんだったらショックだったよ。
って、じゃあなんで文芸部なんて入ろうっていうのさ」
「うーん、なんでだろ。なんとなく? 気になったとかじゃだめなのかな」
「ちょっと待って。
文芸部に入ったら自分で小説を書かなきゃいけないんだよね?
好きでも趣味でもないのに気になったっていうの?
ああわかった。幽霊部員で籍だけ入れておこうっていうわけ?
まぁ、そっちの方が桜らしいといえば桜らしいけど」
いつもの向日葵の早合点に、桜は苦笑しながら反論する。
「べ、別に書く書かないはどっちでもいいんじゃないかな。わたしでも詩くらいなら書けそうだし」
「ポエムぅ? 桜がポエムを書くっていうの?
あはは、そりゃ傑作だ。今度からポエマー桜って呼んでもいい?」
詩というのは自分でもできそうだという軽い気持ちでしかなかったのに、向日葵に酷く笑われて桜は頬をぷくーっと膨らませて腹を立てた。
そうすると本当にリスみたいに見えるが、桜は自分の癖ながらもできれば直したいことだった。
「ちょっと笑わないでよ。そんなにおかしいなら、がんばって向日葵がとっても恥ずかしいことしてる小説を書いて全校に発表しちゃうんだから」
「ごめん、ごめんって。別にそんなつもりじゃなかっただけだから。ただ、桜にはあんまり似合わないなーって」
「言ってることは同じだよ、向日葵」
「ああ、うん。でも、どうして文芸部なのかやっぱりわからないんだけど」
結局、堂々巡りにしかならないことに、桜はにっこり微笑んで頷く。
「うん、わたしもよくわからないんだよ。
オリエンテーションに文芸部は出てこなかったし、部活紹介のパンフレットにもほら、アピール文はたったこれだけだもん」
パンフレットの専有面積は部活の実績と部員数に比例して決まる。
一ページ丸々使えているのは大手の体育会系を中心に文化系でも吹奏楽部や演劇部などごく一部だ。
文芸部はというと、弱小部の例外に漏れず、他の多数の文化系部と一緒にわずかなスペースが取られているだけだった。
それも新入部員を集めるつもりがないのか、小さなスペースの中でもさらにほとんどが余白になっており、書いてあることはわずか三文字で「文芸部」と部の名前を小さく書いてあるだけで他は全くの空白の状態だった。
勧誘のコメントもなければ、どこで活動しているのかさえわからない。
「この部、ちゃんと活動実体あるの?」
「たぶん……。休部状態の部活は別のスペースになってるし、ほら、文芸部って手書きで書いてあるでしょ。先生の字っぽくもないし、誰か部長はいるんだよ」
「でもこんな嫌々募集してますって感じだと、桜みたいな一見さんはお断りなんじゃないの?」
「そっか。それは考えてなかった。でも、人数が増えれば部費も増えるわけだし、とりあえず幽霊部員でも欲しいものなんじゃないのかなぁ」
「そうかな。冷やかしはお断りなんじゃないの?
文芸部というくらいだし、純文学専門でレベルの低い書き手なんていても自分たちのレベルを下げるだけだとか思われてたり?」
向日葵も本気でそう考えているわけではなかったが、ただ桜をいじめるつもりで軽口を叩いた。
「ううっ、そうだったらどうにもならないなぁ。でも、ダメ元で行ってみるっていうのもアリだよね」
「まぁ、行くだけなら呪われたりしないだろうし、いいんじゃないの」
「呪われないよっ。てかさ、どこに行けばいいんだろう。この学校、部室棟は体育会系だけだよね。文芸部ってどこで活動してるんだろ」
「うーん、わかんない。まぁ、先生に聞けば教えてくれるんじゃないの。
でも、桜も本当に変わってるよね。こんなやる気のない不思議な部活に入りたいだなんて。やってることはただの文芸部だろうに」
「だから面白そうかな、って」
にっこりと微笑む桜に向日葵は呆れるようにため息を吐いた。
「ねぇ、そこでものは相談なんだけど、一緒に文芸部を探そうよ」
「ええっ? そんな変な部活の人とは会いたくないなぁ」
「ちょっとぉ、もしかしたらわたしもその変な部活に入るかもしれないんですけどぉ」
「ああ、だから類は友を呼ぶのか」
「向日葵ひどいっ!」
桜はポカポカと音がでるように向日葵を叩くと、彼女は痛がる振りをしながら笑って言った。
「痛いっ、アハハ、痛いってば。もう、しょうがないなぁ、部室までは一緒に行ってあげないけど、職員室までなら付き合うよ」
「本当? ありがとう。向日葵だいすきっ」
泣いた子が笑ったように桜は向日葵に抱きついて感謝を表した。
職員室にいるクラス担任に尋ねてみても文芸部のことは知らないようだった。そもそもそんな部活があるのかと逆に
先生の感想も向日葵とほとんど大差ないものだった。
「なんだこりゃ、本当にこんな部活あるのか?」
「ありますよ。ちゃんと文芸部って書いてあるじゃないですか。先生が知らなくても顧問の先生はいるはずでしょう? ちょっと手を煩ってもらって調べてくださいよ」
「ふーむ、大島は文学少女だったのか。こんな過疎ってそうな部に入りたがるとは……。あー、山上先生、文芸部って知ってます?」
担任が親しい教師にあれこれ尋ねてみても、文芸部の存在はすぐには明らかにならなかった。
誰に訊いても文芸部なんて初耳だという答えが返ってきて、さすがに桜も向日葵も不安になってきた頃、結局、生徒会担当の教師が生徒会室に行けばわかるんじゃないかというやや無責任な答えを返した。
「生徒会室って、三年生のいる階だよねぇ、ちょっと怖いなぁ」
「なに言ってるの。文芸部の部長だって三年生だったりするんじゃないの?
取って食われるわけじゃなし、その程度でビビってたら校舎の中なんて
それとも、三年生が怖いっていうなら、文芸部探すの諦めて帰る?」
「うぅっ、それは嫌」
「じゃあがんばろっ。あたしがついてるから大丈夫だよ。たとえ三年生がガン飛ばしてきても、あたしが睨み返してやるから」
「目を付けられたりするのは嫌だよぉ。
向日葵、くれぐれも騒ぎを起こさないでね」
向日葵に励まされ、桜はおどおどしながらも頷き生徒会室に向かう。
桜の心配をよそに、道中は何事もなく無事生徒会室にたどり着き、ドキドキしながら生徒会室に入ると、想像よりはずっと気さくな生徒会長がいた。
「文芸部? ああ、物好きもいるもんだねぇ。
部室は三階の角だよ。表札があるからすぐにわかると思うけど。
万が一誰もいなかったら図書室に行って委員の人に尋ねるといいよ」
教えられたとおり、文芸部の部室はすぐに見つかった。
方向音痴の桜はほっと胸をなで下ろし、向日葵は部室のドアの前で、
「じゃ、あたしはこの辺で。バイトがあるから中までは一緒につき合えないよ。図書室の場所はわかってるよね?」
と言って去っていった。
桜は「ありがとう」と手を振って彼女を見送った。
さて、と。
桜は深呼吸して気持ちを落ち着けてから文芸部のドアをノックした。
すぐに中から透き通ったアルトの声で「どうぞ」と返事があり、「失礼します」とできるだけ明るい声でドアノブに手をかけて部室に入っていった。
文芸部というだけあって部室の中は両壁面ともロッカーにぎっしりと本が並べられていた。
元々どこぞの準備室だったのだろう、狭めの部屋に大量の書棚のおかげでさらに圧迫感を感じる。
書棚の他に申し訳程度に残ったスペースに長机とイスがあり、声の主だった女性が読んでいた本を机に置いて意外そうな表情で桜を見つめていた。
「見ない顔だね。君は誰? 私に何の用?」
「えっと、その……」
桜が言わなければならないことは決まっていた。
先方から歓迎してくれるか、察してくれることも淡く期待しなかったわけではないが、ここまで素っ気ない対応が来るとは露にも思わず、桜は口ごもってしまった。
文芸部の主は黒髪ロングで大人っぽく、桜の目から見ても綺麗な人だった。
年上ということは当然だが、それでも一つか二つの差とはとても感じられないほどに。
「文芸部に……興味があって」
勇気を振り絞って言うものの、文芸部の主は少し困ったように苦笑した。
「まさか入部希望者が来るなんて予想外だったな。ううむ……。
いや、つまりはそういうことか。
悪いけど君、文芸部は私一人の部活で実質的に活動をしているとは言い難いのだよ。
執筆もしてないし、昔は定例だった文化祭での文集発表も近年はやってない。
君が文筆活動に興味があっても私にはアドバイスなんかできないし、予算も見ての通り雀の涙でね。
本格的な活動の足しにもならない。
執筆は一人でするものだし、別に部活がなければならないというものでもない。
本気でやりたいならこんな部活に入らない方が君のためにもなると思うがね」
謎の文芸部も蓋を開ければ、なんとも拍子抜けする理由だった。
ほぼ休部状態ゆえに新入部員を募集する気がなく、あのパンフレットもおそらく生徒会長が書くように促したのだろう。
ただ、活動する気がないのならどうしてこの女性がまだ文芸部に残っているのかという疑問は残るが。
「あのっ、そんなつもりじゃ……。小説とか書いたこともないし、友達には笑われるくらいで」
「じゃあどうして文芸部に?」
彼女は
「そうですよね。わたしにもよくわからなくて、ただ、フィーリングで面白そうだなって、それだけなんです」
説得力は皆無だっただろう。それでも文芸部の実態を知ってなお引き下がらないことに興味を覚えたのか、彼女は苦笑しつつも折れたようだった。
「どうしても入部したいというなら拒絶する権限は私にはないな。
だが、見ての通り文芸部といっても実質は読書部みたいなものでね。
部員も私一人しかいないものだから生徒会からは図書委員の雑用も兼ねることで辛うじて廃部を免れているところなんだ。
それでも構わないというのなら文芸部に入ってくれないか」
そう言って彼女は立ち上がり、棚から入部届けの紙を取り出して桜に手渡した。
「はい、よろこんで」
桜は笑顔で返事をし、まだ白紙の入部届けを受け取る。
さっそくボールペンを取り出して必要事項を記入していく。
「私は二年の
雰囲気から三年生だと思っていた桜は驚き、さらにもっと気難しそうな人だという印象でもあったから、二重に面食らってしまう。
「あのっ、一年C組の大島桜です。図々しいかもしれませんが、わたしも桜って呼んでほしいですっ」
手早く書いた入部届けを突き出し、頭を深く下げる。
「大島桜か。いい名前だね」
「葵睦月っていうのもすごく素敵だと思います」
「そうかな。名字なのか名前なのかわかりづらいってよく言われるんだけど」
「だからかっこいいんじゃないですか」
力説する桜に睦月は苦笑するものの、受け取った入部届けに記入漏れがないことを確認して机の上に置いた。
「桜、これからよろしく。
部活は毎日放課後にあるけど、休みたい時は勝手に休んで構わない。
図書委員の仕事は臨時でいつ入るかわからないけれど、用事があるときはすっぽかすこともできるから。
まぁ、一人いれば十分だから今まで通り私が対応する」
「いえ、ちゃんと毎日部活に来ますよ。図書委員の仕事だって睦月先輩の代わりにしっかりやりますから」
「そこまで力を入れなくてもいいんだがなぁ。
あと、ここでは先輩は抜きだ。睦月でいい。
名前で呼び合うのが文芸部の伝統だから」
「えぇっ、さすがに呼び捨てはちょっと恥ずかしいですよ」
「恥ずかしくてもだ。どうせすぐに慣れる」
「ううっ、努力します……、睦月……先輩」
照れて小声で先輩と付けてしまう桜だった。
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