火の七日間 ~菊川高校文化祭実行委員長・有沢ナナミの戦い~

寺野サウルス

プロローグ

 体育倉庫の屋根から見る学校は、私のよく知っているそれとは、違って見えるような気がする。

 

 東の空が白じんできた。もうすぐ夜明けだ。校舎の時計は五時十分を指していた。

 文化祭実行委員長をしているが、明け方の学校、私は体育倉庫の上で佇んでいる。

 何を訳の分からないことを言っているのか、と思われるかもしれないが、事実なのだから仕方が無い。

 私、有沢ナナミは県立・菊川高校の体育倉庫の上で、文字通りただ立ち尽くしている。

 暦の上では九月中旬なので、かなり寒いはずだ。しかし、さっきまで走りまわっていたせいで、一切寒さは感じない。背中に相当汗をかいている。

 日の出が近いからか、暗くてよく見えなかった周りの景色も、大分見えるようになっていた。

 今日、九月十三日は文化祭の初日。それも菊川高校創立八十周年となる、記念すべき年に開かれる文化祭だ。そして、私はその実行委員長だ。

 それが、何でこんな時間にこんな場所にいるのだろうか? 後、五時間後には記念式典が始まる。

 私の頬に一筋の汗が、つうと流れる。

 手で拭おうとしたが、泥だらけになった手の甲と、ボロボロになったジャージの裾が目に入り、止めた。

 愛用の眼鏡もホコリまみれだ。ハンカチでレンズを拭く。右のレンズが割れて半分だけになっているじゃあないの。お気に入りのヤツだったのに、くそっ。

 一晩中走り回っていたせいで、髪の毛はボサボサ、Tシャツも汗でぐっしょりだ。あぁ、一刻も早くシャワーを浴びたい。

 

 一体私は、何故こんな時間にこんな場所にいるのだろうか。

 ほんの一週間前までは、私は善良な一市民、一女子高生だった筈だ。それが何故一体、明け方の学校、文化祭の当日に何をしているのか。

 目の前にはグラウンド、向こうにグラウンドローラーが転がっている。左手には、私がいつも勉学に励んでいる校舎が屹立している。

 この二年間、嫌と言うほど見てきた風景の筈だが、いつもと違って見えるのは気のせいだろうか。それは私が、体育倉庫の屋根の上というちょっと一風変わったポジションから見ているからか。

 どーんという、まるで雷が落ちたかのような轟音。それと同時に、校舎前の地面が弾けた。

 まるで間欠泉が吹き出したかのようだ。体育倉庫の屋根が小さく揺れるのを感じた。思わず屋根のヘリに掴まる。それから一瞬遅れて、空から何かが降ってきた。それは耳障りな金属音をとともに地面に激突した。

 鉄棒だった。

 おそらくさっきの爆発の衝撃だろう。固い鉄棒が、まるで知恵の輪のように、ぐにゃぐにゃの状態で地面に転がっている。

 今度はグラウンドの中央付近が炸裂した。丁度サッカーのセンターサークルが描かれた場所だ。振動で思わず倒れそうになる。

 続けて、三度目、四度目の爆発。交互に炸裂するその様子を見ていると、まるで見えない巨人が、一歩一歩こちらに近づいてくるような錯覚を感じる。

 心臓がどきんと跳ね上がる。ごくりと唾を飲み込む。

 東の空は、さっきよりも白さを増してきた。夜明けはもう目と鼻の先だ。今日は文化祭の初日。そして私、有沢ナナミはその文化祭の実行委員長だ。

 私はこんな時間にこんな場所で、一体何をしているのか。

 私は少しずつ記憶の糸をたどり始めた……。

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