第11話 桜の下

満開の桜。

その樹の下にモトジローは埋まっている。


いつから埋まっているのか、なぜ埋まっているのか、モトジローは知らない。

考えを巡らす脳髄はとおの昔に地蟲に喰われ失われているのだから。


だからモトジローは何も考えず眠り続ける。

だからモトジローは夢を見る。


夢の中のモトジローは彼の桜の下で上機嫌に酒を飲んでいた。

賑やかな夜だから、同僚との会話も少し大きな声になった。


その彼に彼の桜ははらりはらりと花弁を降らせるけれど、

土の下のモトジローのことなど彼が知るわけもない。


「ちょいと失礼、おっとっと」

慌て者の足がもつれて酒瓶を倒してしまった。

「ああもったいない」

ブルーシートからこぼれた酒は土に染み込んで、 桜の根を伝い、やがてほんの少しの酒精をモトジローまで届けた。


「キミ、どうかしたのかい」


同僚が驚いている。


「ああすみません、なんだか少し酔ったみたいで」


彼は照れ臭そうに涙を拭い、ゴルフの話題へと戻るのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る