第9話 美食

モーツアルトが流れると食事の時間だ。

同時にカプセルのマッサージ機能が稼働するから、栄養素が脳までしっかり行きわたる。


《彼ら》がやって来て、人類は労働から解放された。

飢餓や争いや病気からも解放された。

僕たち人類の脳が《彼ら》に認められたからだ。


さてと、今日は旧世代の残した数学の未解決問題でも解いてみようか。

適度に負荷を与えて脳を鍛えることは人類に課せられた使命でもある。

なにしろ人の価値は、脳の品質で決まるのだから。


しかし、突然の停電で周囲の環境映像が途切れてしまった。

コストカットの影響なのか、工場ではこうした不具合がしばしば発生する。

僕は薄暗い工場の中を見回した。


視界を埋め尽くすおびただしい数のカプセル。

カプセルの中には矮小な身体、栄養チューブ、そしてぶよぶよ肥大化したむき出しの脳……。

僕は余計なことを考えないよう目を閉じた。



僕の出荷日も近い。

ストレスで脳の味を損ねるわけにはいかないからね。

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