ジェットコースター

 アデルに乗ってひとっ飛び。


 高度故の寒さと恐怖に震える身体を抑えて、スクナは武道場の前。たくさんの警備隊の制服を着た隊員たちに囲まれながら、スクナはその紅い巨体から降りた。

 本日も絶好調にジェットコースター仕様で慣れてきたとはいえ、泣きそうだったスクナ。ご機嫌なビスクドールと憔悴してよれよれの少年に、囲んでいた隊員たちは同情の眼を送った。なぜなら、あの弾丸ジェットコースターを見たからである。

 落ちる方もたまらないが、落ちてこられる方たまらない。チナミのアデルだと隊長が気づくまで、第2の遊子かと警戒態勢が敷かれたほどだった。


「魔法師殿!」

「おや、隊長殿。先日は世話になったね」

「いえ、いつもこちらこそ」

「ふむ。ところで遊子は……武道場の中かね?」

「はい、中に閉じ込めるだけで精一杯でして。怪我人の方はあちらに集めております」

「よくやってくれた。遊子は私の部下が、怪我人には私が向かおう」


 武道館。白い石と木目の美しい木でできた建物。高いところには窓があり、木でできた扉。一見変わった形の民家にも似ていて、まだまだ出来たばかりなのか新しい印象を受けた。

 その武道場の横には白い玉砂利の敷かれた白い小道があって、普段は美しい小道であるそこは遊子が通ったのか木は折られ、石は砕かれていた。

 駆け寄ってきた隊長に、チナミは問いかけ答えを聞くとスクナの背を力強く叩いた。ここ1週間ですっかり慣れてしまった役割分担に、スクナは大きく頷いた。


 武道場の周りを囲んでいた隊員たちから心配げな視線を自然と集めながら、スクナは横開きの大きな木目のある扉を静かに開ける。すると中は石畳の玄関で框で区切り、そこで靴が脱げるようになっていた。が、何があるかわからないため申し訳なくなりつつも靴のまま框に上がる。もう1つあった、中へと通じる扉をそろーっと開くと。

 叩き壊されたであろう鏡に、へこみ抜けた木目の目立つ床、蛍光灯のガラス片が散らばり、神棚は地へと落ち、床の間に飾ってあっただろう武具もばらばらになっていた。惨々たる武道場の中に、それはいた。


 スクナの太腿の軽く2倍はありそうな太い胴体、頭だけは丸く先端は尖っていて、するするしゅるしゅると音を立ててはとぐろを巻く。炎のような舌をちろちろと吐き出す、黒い蛇だった。高いところにある窓から入る太陽子にも輝かない黒い鱗が、なめらかに全身を覆っている。何よりこちらを、スクナを見つめる瞳孔の細い、金色の瞳。

 ふっとスクナは生暖かく笑いながら、ぱたんと扉を閉めた。


 ええー。


 そんな声が聞こえそうなほどスクナの行動に目を丸くする警備隊の隊員たち。チナミはあっちゃーとでもいうように頭を抱えていた。自分が後押しした人間が遊子を見て、現実逃避しだしたら抱えたくもなるだろう。

 閉じた扉を背にしてしゃがみ込み、ばっくんばっくんと高鳴る胸を押さえながらスクナは叫んだ。心なしか気持ち悪くなってきた。


「ユティー」

「……どうした、スクナ」


 相変わらず「ユ」の時点で発光するミサンガ、現れるユティー。待機は今回も万全であったらしい。さすがだ。

 あわてたというかぐったりしている様子のスクナに、今までのことをミサンガの中から見ていたユティーは呆れた冷たいまなざしで、スクナを睥睨した。

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