美的センス
「自分、ネクタイ結べなくて。ユティーにやってもらったんですよ」
「そ……うか。あれはまあ、なかなかに難しいからな」
「はい。ユティー、ぱぱっと出来ちゃうから見せてもらっても覚えられなくて」
「まあ、自分で結べた方が便利だがね。というか、その。片手で結べるものなのかね?」
「支えるのだけは自分がやってたんです。……やっぱり自分でできた方がいいですよね。……よし、ユティー!」
「呼んだかスクナ」
ユティーにやってもらったと言うあたりで顔を少しひきつらせたチナミが、さりげなく言うと。スクナは一瞬思案する顔をつくり、決意を固める声を上げて、長らく自分の唯一無二であった謎の名前を呼んだ。
と、間髪を入れず返事が返ってきた。スクナの右手首を飾っているボロボロのミサンガはまるでスクナが呼ぶのを待ち構えるように「ユ」と発音した時には輝いていた。どういうことかわかるだろう。つまり話が出た時点で待機済み。
呼ばれるのが当然といったユティーの考えだ。
「ネクタイの締めかた、もう1回教えてほしくて……。入学式の時には覚えられなかったから」
「構わない。が、あるのか」
「あ……」
「以前宴会で使ったものでよければ私が持っているが……貸そうか?」
「お願いします!」
これ幸いとばかりに、チナミが出した助け船に飛び乗ったスクナ。ごそごそとデスクをあさり始めたチナミ。デスクが揺れ、その上の本の塔が揺れ。百合の卓上時計がいつ雪崩に巻き込まれるかとひやひやしたスクナだった。確か初日にも同じような心配をしていた気がする。
「お、あったあった。これだ」
「ありがとうございま……す……」
スクナの語尾がだんだんと小さくなっていく。当然だろう。チナミがデスクから出したのは紫と黄色のストライプにラメの散った悪趣味なネクタイだったのだから。
いや、むしろ宴会でどういう風に使ったのか非常に気になるところではあるが。チナミがぎこちなく歩いて、スクナのデスクまで来るとそれを差し出す。
差し出されたそれを受け取りながら、思わずスクナは遠い目となった。おとなしくそれを見守っていたユティーもしかめっ面である。彼の美的センスには反するらしい。
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