弁当屋

「いい匂いですね!」

「はは、どれもうまいぞ」


 八宝菜、かつ丼、カレー、からあげにハンバーグ。


 5種類の弁当がござの上に置かれた折り畳み式のテーブルに所狭しと並べられている。弁当の売り切れはなかったようで、ほっとスクナは胸をなでおろした。自分のせいでチナミが選べるものが少なくなってしまったら嫌だ。でも、いつもからあげ弁当しか食べてるところしか見たことないなあとスクナは思った。

 どれも食欲を誘ういい匂いで、5種類もの香りが混ざっているというのに不快な気分になることもなく、逆に食欲を刺激する香りとなることにスクナは弁当屋の本気を見た気がした。


「あら、チナミちゃん。いらっしゃい」

「……ちゃん?」

「なっ……店主!」


 どう見ても20代後半、弁当屋と染め抜かれた青いエプロンを身に着けた女性がスクナ達……いや、チナミに声をかけてきた。チナミよりも明らかに年下の女性にちゃん付けされていることにスクナは目を瞬かせた。

 そんなスクナの反応を見て、かぁぁとチナミの頬が赤くなる。

 

「なんだい、いつもはもっと猫撫で声のくせに。ははん、男連れだからって気取ってちゃいけないよ」


 あはははははと笑う店主にチナミは耳まで赤くなった。

 せっかくできた可愛い部下の前で格好をつけたかったのだろうが、台無しだった。もういっそあきらめたようにチナミはむすりと口を引き結んで、すねた顔を作る。

 幼い容姿だからだろうか、そういう仕草がチナミにはよく似合った。


「店主、私は不快だが」

「はいはい、ごめんね。からあげ1個おまけしておくから許してね」

「む、1個だけかね?」

「わかったわかった。6個入れとくからそっちのかわいい彼氏と一緒に食うんだよ」


 ぱちんと店主がスクナにウインクする。「彼氏」というワードに挙動不審になったスクナにとってはとても反応を返すどころの話じゃなかったが。


「彼……店主!」

「あはははは」


 顔を赤くしたまま食ってかかるチナミをさらりとかわし、なおかつ笑いながら反撃すらかまして見せる手腕にスクナは驚いていた。というか、チナミがここまで感情的になるのを初めてみた気がした。

 一瞬口をぽかんと開けたが、先ほど言われた「彼氏」という言葉に頬を染め照れ笑うスクナ。自分なんかにはチナミはもったいないと思うが、なんとなく気恥ずかしかった。彼もお年頃である。

 その後散々からかわれながらも無事、弁当を購入した2人は一緒にのれんをくぐる前に後ろを振り返って一礼したスクナに愛想よく店主は手を振った。


「痛っ……」

「どうしたのかね? 君」

「いえ、なんか急にミサンガが締まって……」

「ああ……。大丈夫そうだな。彼に後で私の代わりに謝っておいてくれ」

「彼……ユティーですか?」

「君が謝った方が、彼の機嫌もなおりやすいだろう」


 姿を現していなくても正確に嫉妬だけは示してくる謎に、チナミは遠い目になった。

 不思議そうな顔を感じたスクナだったが。

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