昼の市
脱いで長テーブルに置いておいたローブを羽織る。
小首をかしげる小鳥や歌う天使、可憐な薔薇の花や蔦の彫りこまれた重厚な木の扉を。先立ってスクナは開けた。
空気のめぐらない図書館にいたためか、どこか新鮮に感じる外の空気を胸いっぱいに吸い込んでスクナは口から吐き出した。後ろではそんなスクナを見てチナミはわずかに笑っていたが。
白い石の柱をくぐり、階段を降りて灰色の石畳に舗装された道に出る。
「今日半日で、どのくらい階段昇り降りしたんでしょうか、自分」
「あー……お疲れ」
半目になって階段を振り返る呟くスクナの背を慰めるようにチナミは軽く叩いた。
道に出た途端に様々なにおいがスクナを襲う。
それらはすべて、不規則に並んだ色とりどりのテントから立ち込めるものだった。
スパイシーな香り高い香辛料を使い焼いた肉を挟んだコッペパンや緑が目に鮮やかな野菜で作られたサンドウィッチ、ツナやコーンのたっぷりのったサラダクレープという軽食。
それから真っ赤に熟れたトマトやごろごろとしたジャガイモ、パリッとはったレタスを木箱に詰めて売っているテント、ござの上で売られているフォークやスプーンと言った食器類。
先が見えないほどの人ごみの中、昼食の時間だからか、大半が飲食に関係するもので、香りで誘惑してくるそれらに、スクナは目を輝かせた。
「すごいですね、チナミ班長!」
「休日には劣るが、昼食の時間もなかなかのものだろう」
「休日はこれ以上なんですか!?」
「ああ、もっとにぎわうぞ」
「すごいですねえ」
魔法師としてヒイラギに出てくるまで、人口30人の過疎化したほぼ村と言ってもいいところに住んでいたスクナにとって、こんなに人がいると言うだけで夢のような出来事だった。
頬を赤らめ、もう『すごい』という言葉しか出てこないスクナ。
すっかり感じ入ったようにため息を漏らすスクナにチナミが苦笑する。休日に買い物に来ると言っていたのに、これ以上の賑わいを見たらどうなってしまうのか。
興奮で気絶しそうだなと若干失礼なことを考えてチナミは横に首を振る。どう考えてもユティーが介抱するとは考えられない。
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