一般業務

「さて、君。私たち魔法師の一般業務について説明しよう」


 チナミに突っかかるユティーをスクナがいさめ、チナミに謝ること12回。ようやっと終わった昼食にほっと息をついたのはどちらだったか。ユティーじゃないことだけは確かだった。

 昼休み中に来た別の部署の者がホワイトボードを持っていき、すっかり広くなったように感じたところで、スクナのデスクの前に分厚い本を左手に持ちながら立ち、チナミは言った。


「はい! 班長」


 ちなみに、ユティーはさすがに怒ったスクナが強制退場させた。

  スクナにとって優しい上司に暴言を重ねるなんてありえないことである。強制的にミサンガの中に戻らせたときに、ユティーの金色の瞳がわずかに揺れていたような気がするのは気のせいだと思いたい。じゃないとスクナの胃が罪悪感できりきりと痛んでしまうから。

 元気よく返事をしたものの、そっと胃のあたりを抑えるスクナに、チナミはその精緻な造りの顔で苦笑した。


「まあ、気負うことはない。……これだ」


 どん、とスクナの前に置かれたのはチナミが左手に持っていた分厚い本だった。

 スクナはぱちくり、と目を瞬かせるとチナミが置いた本とチナミの顔を数度見比べる。

 これが仕事とはどういうことなのか。頭の上にはてなをうかべながら首を傾げるスクナに、チナミは言い放った。


「本を読め、知識を溜めろ。過去の謎を解け、発想力を鍛えろ。といったところか」

「ほ、本を読んで、問題を解けばいいんですか?」

「それが身になるように、な」

「は、はい!」


 本当にそれだけでいいのかと上目に尋ねるスクナに、ちくりとチナミは釘を刺す。刺された本人は釘だとすら思ってもいなさそうだったが。

 班室の本全部読んでもいいんですかとはしゃぎ目を輝かせるスクナ。この子はなかなか大物だなと半笑いで、もちろんだともとチナミは大きく頷いた。


「もちろん、ここの本に飽きたら下のロビーから借りてきても構わないし、図書室にもあとで案内しよう」

「図書室があるんですか!?」

「この世界の本をたいていは網羅したものが、な」

「すごいですね!」


 きらきらと目を輝かせ、興奮に頬を赤く染めるスクナに、そうだろうとチナミは自分が集めたわけでもないのに自慢げに頷いてみせる。後輩の前でいい格好をしたかったのだろう。むんっと平らな胸を張る様子は外見相応に幼く見えた。

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