答えは

 ぴくりと遊子ユスの身体が一瞬揺れる。やがてわなわなと全身が震えだすと、耐えきれなくなったかのように、金色の目をスクナに合わせた。


『あるところでは、四季が秋春夏冬の順になっている。しかも一週間は金曜日から始まる。さあ、そこはどこだ?』


 若い女性の声で遊子ユスは言った。いや、言ったと言っても口を動かしたわけではなく、初めの時のようにスクナの脳裏に直接流し込んでいるだけであったが。


 これが問詩といし。遊子に謎を問いかけるときの感覚なのかとスクナは少し感動していた。ユティーの時には問詩といしの存在自体知らなくて、それでもただの問いかけにユティーは答えてくれたから。

 

 いや、そんなことよりも。謎の意味を考えなければとスクナは首を横に振った。


(秋から始まる? ふつうは春からだし、しかも金曜日? あいうえお順? でもそうすると春が夏より前に来てるから違うか)


 無言のまま答えを待ち、スクナを見つめている金色の瞳と合わせる。完全にあきらめているのか、それとも帰れる希望にすがろうとしているのか。静かな瞳の感情は読めなくて、ユティーと同じ金色の瞳がきれいだと思った。


(カタカナなはずないし、だとしたら画数? でもそれだと冬が先に来るはず。というか、そもそもこれってそんなに難しい? 違う。単純に考えればいい。謎はいつもそうだから。まず、謎の定番は……英語? あ、英語か! 秋がA、春がSpring夏がSummer冬がW、金曜日がFで月曜がM火曜と木曜がTで土日がSから始まるから、これなら金曜日から一週間が始まる!)


 わずかに目を輝かせたスクナに遊子ユスが身を乗り出そうとして、拘束している剣たちに阻まれる。金色に輝く瞳は明確な期待に揺れていた。

 かぜがひらひらとスクナの髪で遊んで、目にかかるのを、スクナは軽く払う。


(アルファベット順? この順番に並んでるの……なんだ? っていうか髪が邪魔だな。風? そう、風で、倒れそうだと思ったんだ、デスクの本。本? そうだ、本。並んでる本。何だっけ、今日見たんだ。デスクで、何種類もあるんだって思って……そう、あれ、あれの名前は)


「え、英和辞典、のなか!」

『正解』


 柔らかな女性の声が聞こえた。それと同時に、押さえつけられていた遊子の身体からまばゆいばかりの光があふれ弾ける。

 視界を真っ白に染め上げるそれに、誰もが手で、袖で顔を覆う。ただ、スクナとユティーだけは。2人の目を焼かない光の中、黒いしがらみがゆっくりと光に解けて消えていくのをしっかりと見ていた。


 さっと花の甘い香りが鼻をかすめる。

 しがらみが解けた後、遊子ユスがいたところに両手足をついて座っていたのは、年若い女性だった。

 ふわふわとした肩までの亜麻色の髪、紅石の瞳、白い肌、薔薇色の唇、両耳には赤い石をはめ込んだ小さなピアスがきらりと太陽に光った。

 何より目を引いたのが、半透明の柔らかい2枚の羽。ベールのように流れるそれは、レンガ調の石畳の上に伸びて、日差しに七色に輝いていた。妖精だった。

 美しいその生き物は呆然と見入るスクナに微笑みかける。


『ありがとう、坊や。これで私、帰れるわ』


 その言葉を最後に。彼女は光の粒子となり、宙に解けて消えていった。

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