ビスクドール

「君、何をやっているのかね?」

「ふぁ!?」


 低い壮年の男性のようなかすれた声がかかった。

 意識せずに振りかえると、そこには不審者かと疑わしげな瞳で胡乱気に見るビスクドールが立っていた。

 陶器じみた白磁の肌に、癖のない絹糸を思わせる金髪はツインテールにしていても床につかんばかりに長く、幾重ものレースで飾られている。頭にはティアラを模したヘッドドレス、碧石をはめ込んで見える瞳は深く澄んだ碧色。まつげは長く、瞬きをするだけで音がしそうなほどだった。まさに、落としたら割れてしまいそうな繊細な美貌。陶磁器人形ビスクドールの名にふさわしいほどに精緻だった。


 あまりの美貌に唖然とするよりも早く、そのビスクドールの肩から膝までをすっぽりと覆っているローブに目が行った。

 黒地に銀糸で緻密な術式が描かれたローブは魔法省の役人であることを示すもので。

 さらに、その胸元に金色に光る柊の葉が2枚交差しているピンブローチから垂れ下がる金色の鎖の数に驚く。

 1本は新人、2本は中堅、3本はベテランで4本になるとあらゆる特権を得られる立場、省長にも準じた扱いを受けるというそれが4本。

 胸元でしゃらりと時折音を立てて垂れ下がっていた。

 不審者と間違えられている! とあわててスクナは胸の前で両手をふる。


「えっと、あの。自分、今日から魔法省謎対策係に配属されることになった者なのですが……」

「ああ、聞いている。スクナ・イクルミ君だろう。うちの班に来る」

「え?」

「なんだね?」

「い、いえ」

「ふむ。ところで君、今日は午後から出勤のはずだったのでは?」


 予定表を確認したのかね? と少女から壮年の男の声で尋ねられて、さっきのは聞き間違いではなかったと確信する。

 一瞬ビスクドールに声を当てているのではないかと思ったが、やはり誰の気配もなく、影すら見当たらなかった。

 周囲を確認しつつも紙紐を挟んでいた手帳のページを開く。一回で開いたそこには、大きく15時から! と赤く丸が付けてあった。

 おそるおそる観葉植物の合間から見える古時計を見ると、8時50分。先ほど見た時からまだ5分しかたっていなかった。

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