オデオン
瀬古冬樹
序章
薄暗い廊下に、少しゆっくりとした重たい足音と、追いつこうとしているのか少し早い足音が鳴り響く。
廊下の先はゆるやかに曲がっており、どこに続いているのかもはっきりとしない。明かりといえば石積みでできたくすんだ灰色の壁のずいぶん高いところにある、いくつも並んだ小さな正方形の窓からこぼれ落ちる陽の光だけ。
足音を鳴らしていたのは、一人の老人と一人の少女だった。少女は老人に遅れないように、けれど一定の間隔をあけてついていく。少女はうつむき、老人はしっかりと前を向いて、ゆっくりと進んでいく。少女の胸はこれから見るものへの期待にふくらみ、そして同時に言いようのない不安に襲われていた。
はるか遠い昔のこと。ここに一つの国があり、栄えていた頃のこと。
今では誰もその国のことを知るものはいないが、確かに存在し、人々が生活していたのだった。
その国は、最初こそは街と呼ぶにふさわしい小さな国だったが、移民を受け入れることで人口が増えていった。また外からの風習や文化も取り込んでいった。特に影響を受けた風習は『歌姫』と呼ばれる女性による儀式であった。一般に歌姫が歌を歌うことで、神に祈りを捧げ、神と対話すると言われていた。また同時に歌姫の持つ不思議な力が、歌によって効力を発するとも。
そして、歌姫が儀式を行うために音楽堂(オデオン)が建設された。
さらに何十年かの歳月が過ぎた。
歌姫の儀式は少しずつ変化し、歌姫自身も少しずつ変わっていった。国は十二人の長老たちが治めるほど大きくなっていた。
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