第32話 雨の後は、良い日になる




未曾有の豪雨がフランスを襲った。一週間降り続いた雨は、セーヌ川さえも反乱させた。ロワール渓谷では数千人規模の住民が避難をしていた。隣のドイツでも多くの避難者が出ているほどだった。そして、その雨はパリも襲った。


セーヌ川が氾濫し、5区や6区は家が水浸した。道路は数十センチほどの水で埋まり、多くの道が川となった。アメリは、そのうちの家の1つに住んでいた。幸い、彼女のアパートは2階だったから、部屋まで水が入ってこなかった。しかし、アパートの周りは川となり、どこにもいけない状態となった。避難したければできたけれど、アメリはマンションにこもることを選んだ。


幸い、冷蔵庫には食べ物が一週間分くらいはある。アメリは世界と孤立していた。彼女の部屋は孤島だ、アメリは考えた。無人島に遭難してサバイバルしているんだ、という想像をした。ある日、テレビも付けずインターネットもせず、携帯でピコピコなるFacebookの知らせも見ず、ずっとベッドで何かを考え続けた。降りしきる雨の音を聞きながらアメリは、色々なことを考えた。離れてくらす親のこと。冷蔵庫のハムの残り枚数のこと。別れた彼のこと。休み明けの大学の憂鬱。将来への不安。玄関においてはった鉢植えはどこに流されたのか。何より彼女が心配したのは、この雨が終わったら世界はどうなるのか、ということだった。きっと世界は日常に戻るだろう。しかし、この川が生んだ泥や汚れは誰かがきれいにしなくてはならない。それはアメリがする必要のあるものではなかったけれど、その労力を想像して、アメリはうんざりした。パリ中の道路を掃除しないといけない。その想像はアメリの気を重くさせ、そして、憂鬱にさせた。


アメリは未来のことを考えた。数年後、この雨の日のことを思い返すだろうか。思い返すだろう。きっと新しくできた恋人とも「この日、何をしていた」と話をすることがあるだろう。その時に、彼氏は「1人で家にいたよ」という人がいいな、と思った。友達たちと過ごした、という人よりも、1人で川を眺めていた、という人が良いな、とアメリは思った。


Après la pluie, le beau temps. - 雨の後は、良い日になる-


ということわざをつぶやいた。ふと昔の恋人に電話をしたくなった。もう1年以上は話をしていない。Instagramで写真を見るだけだ。つながらずに。彼は今、何をしているのだろうか。セーヌ川を1人で見ていて欲しいな、と思った。


雨は人を感傷的にさせる。雨の後が良い日になるのは、雨の時が悪い日だから、それが終わった平常時を「良い日」としているじゃないかな、とも思った。

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