真っ黒少女と六つの約束

早見千尋

プロローグ

敗者に降る雨

 あたりが白く見えるほどの雨が降っていた。雨は先ほどまでの戦いで砕けた地面を容赦なく叩く。

 地面を砕いた、二人も。


 一人の少女はうつ伏せに倒れていた。長い黒髪が地面に広がっているせいで、表情は伺えない。

 少女の黒というには少し明るい深い蒼の軍服は泥にまみれ、長い手袋とブーツに包まれた細い手足は全く動く気配がない。背中は大きく斬られ、そこからとめどなく血が流れている。


 完全なる、敗者の姿。


 起き上がりたいのに、力が入らない。そんな自分のふがいなさに怒る少女を、一人の人間が見下ろしていた。


 黒いフードを目深に被ったその人物は、男女の区別が付かない。その人物は、自らがつけた傷から流れる紅く鮮やかな血が、水溜りを赤く紅く染め続けるのをじっと見続けていた。


 少女に息があることは知っていた。そして、今止めを刺せば確実に殺せるであろうことも。

 しかし、その人物は何をするわけでもなく、ただじっと見つめていた。


 相当な時間が経ったとき、投げ出されていた少女の手がピクリと動いた。フードの人物は驚いたようにピクリと反応し、緩慢な動作で顔を上げた少女とフードの下で目が合った。


「……どう、してッ……」


 うめき声ともとれる少女の声。続いて両手を使って起き上がろうとするが、すぐに右肩を押さえて倒れた。次は右に負担をかけないようにしながら、ゆっくりと起き上がる。不快な感触がする口の中の泥を吐き出す。


 フードの人物は思い出したように一歩、後ずさる。そしてそのあと背中を向けて走り去った。

  少女は顔を上げて、いまだ失われていない戦意をこめた黒の瞳で、フードの人物が消えた先を睨みつけていた。しばらくして、そこに誰もいないことを認めた少女は悔しさに唇をかみ締めた。


 少女はまたうつむいて、雨に濡れた黒髪が顔を隠す。

 まるで、泥に汚れた自分の顔を隠すように。


「……どうして………」


 少女はそう呟きながら、拳に力をこめた。強い意志をこめた高い声は、悔しさに満ちていた。

 ジャリ、と握り締めた土砂が音を立てる。


 少女はその拳を高く上げて、

「―――……ッ!」

 水溜りを、容赦なく叩いた。


 叩かれた水溜りは高い音を立てて、泥と共にしぶきとして舞い散り、

 雨の中へ、消える。

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