0の刻印【第一部・すべての始り】
山川 まよ
序・∞
∞
ぴちゃ、ぴちゃ、と音を立てて啜る音が薄暗い部屋に響く。
真ん中には黒く蠢めく2体の巨大な生き物。
シルエットからそれぞれの背中に棘のようなものが、大きく3つせり出しているのがうかがえる。
その間から、もがく様に一本の腕が飛び出した。
「……ぬ……し…………さまっ…………おゆ……しをっ……お……許し、をヲヲヲオオォっ!」
血に塗れたその腕の伸びた先には、1人の男が鎮座している。
彼は長い脚を組み、ゆらゆらと揺れる尾を弄びながら耽美な旋律に身を委ねているかのように目を閉じていたが、その言葉で不快気に眉を顰めた。
――――ブチッ!ボギッッ!
その鈍い音を最後に一つ口笛を吹くと、生き物たちは顔をあげ男の側へと移動し、従順にその腹を見せる。
満足そうに膨れたそこを愛しげに撫で、男は歩き出した。
堅そうな靴を履いているが、柔らかな絨毯の上では何の音も立たない。
「……やっぱり臭いな、失敗作は」
鼻の頭に皺を寄せ、足元にあった腕を軽く蹴飛ばす。
単体となっている腕はごろごろと転がっていき、それの持ち主であったモノにぶつかって動きを止めた。
「……ぁ……あ゛あ……お゛じひを……どう゛かっ……お゛ゆるし゛をっ……」
元は人型だったであろうそれは、もうほとんど原型を留めていない。
男は蔑むように笑い、もはや目がどこにあるかもわからないそれと目線を合わせるかのようにしゃがみ込んだ。
「肉塊に成り果てても、痛みと苦しみは残るように作ったんだ……
生きながら肉を食われ、骨を砕かれ、内臓を啜られる気分はどうだった?
非常に興味深いのだが……」
再び立ち上がり、無造作に肉塊を踏み潰す。
「あ゛ァっ!!」
「貴様にはもう飽きた」
そう呟き、パチンと指を鳴らした。
「お呼びでしょうか。主よ」
背後の暗がりで声が響く。
男は靴に張り付いた肉片を気にしつつ、それの主を顎で示した。
「片付けろ。臭くてたまらない」
「御意」
窓から射す光が男の顔を照らした。
彼は眩しげに目を細め、窓を開ける。
目の前に広がる景色を見て、その顔に薄皮のような微笑が張り付いた。
「今度はもう少し、丈夫なものにしないとな」
手を空に浮かんだ太陽にかざし、拭き取るように動かす。
辺りを照らしていた穏やかな光は姿を消し、代わりに毒々しい紫色がじわじわと侵食を始めていった。
「《希望の子》か……」
そう呟いた次の瞬間、男の姿はふっと消える。
部屋の中には、残された2匹の喉を鳴らす音がまるで余韻のように響いていた。
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