第12話 悪役のデザイン・後編
前回の予告どおり、ステレオタイプのキャラクターを魔王に据えてみます。
ここではサンプルとして、いわゆる清楚系美少女を使ってみます。組み合わせたパーツは「ロングでストレートの黒髪」「上品な白いドレス」「優雅な物腰」「丁寧な言葉遣い」などです。
【サンプル1】
-----------------------------
腰まで届くストレートの黒髪。どこか物憂げな黒い瞳。少女の口元には微笑が浮かんでいるが、形の良い眉はわずかに八の字を描いていた。
「……とても残念です」
落ち着いた、涼やかな声が俺の耳を心地よく撫でる。
彼女は静かにティーカップを口にやった。落ち着いて香りを味わう所作は優雅そのものだ。
身にまとう純白のドレスには華美な装飾が一切なく、彼女の楚々とした雰囲気をむしろ強調していた。衣擦れの音ひとつ立たないところを見ると、柔らかく上質な生地を使っているのだろう。
素直に綺麗だと思う。何時間眺めていても飽きそうにない。
深窓の令嬢という言葉は、彼女のためにあるようにさえ思えた。
いったい、この少女のどこが魔王なんだ? 何かの冗談としか思えない。
-----------------------------
実にステレオタイプなお嬢さんです。どこがどう魔王なのか、語り手にも読者にもさっぱり分かりません。
なにしろ彼女は「記号の集合体」で、中身が空っぽですから、魔王らしい言動をする理由が何もありません。
しかしここで諦めるのは早計。彼女にパーツよりも深い要素を一つ、与えます。
【サンプル2】
-----------------------------
少女はティーカップを置き、わずかに揺れる水面を見つめていた。
やがて静かに唇が開く。
「……やはり、滅ぼす以外にありません」
「え?」
「
「な――」
俺は口を開けたまま固まった。
滅ぼす? 根絶する? 一人や二人じゃなく、種族のレベルで言っているのか?
少女が顔を上げ、俺を見る。
柔らかで、温かさすら感じられるまなざし。
「異界からのお客様。あなたのお力を、貸していただけませんか」
ぞくり、と背筋が震えた。
身体の奥から甘い痺れが広がる。
穏やかな光をたたえた瞳。
柔らかなカーブを描く唇。
いたずらな風のように耳をくすぐる声。
もっと見ていたい。もっと声を聞きたい。
どう見ても年下の少女に、俺は圧倒され――魅了されている。
「……俺に、何をしろって……」
どうにか言葉を返す。
彼女は微笑みながら答えた。
「兵をお貸しします。マルダーの民を地上から消してください。彼らには、父を奪った報いを与えなくては」
-----------------------------
今度はいかがでしょう。
少女を構成するパーツは変わらないのに、サンプル1にはなかった迫力が加わったのではないでしょうか。
追加したものは「父(先代魔王)の仇を討つ」という「動機」です。少女がその動機に沿って動き始めた途端、微笑みや丁寧な口調など清楚系のパーツが、彼女の魔性を引き立てるフレーバーに変化します。
明確な動機や強く欲するものがなければ、キャラクターは自然に動いてくれません。パーツは行動パターンやセリフに影響を与えますが、それだけではキャラクターの存在理由や原動力になりにくいのです。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます