第13話『明日からのこと』

 午後6時。

 桜さんの車で九条家の正門前まで送ってもらい、俺は屋敷に戻る。


「ただいま帰りました」

「おかえり、真守」

「おかえりなさいませ、真守さん」


 玄関の扉を開けると、そこには未だに制服姿のお嬢様とくるみさんが待っていた。お嬢様はほっと胸を撫で下ろし、くるみさんは俺の顔を見るとにこっと笑顔を見せる。


「お嬢様、今も制服姿なんですね」

「由衣様、真守さんのことが心配でずっとここで待っていたんです」

「と、当然じゃない。私のSPが警察に言っていたんだから」


 お嬢様は頬を染め、視線をちらつかせる。


「それで? 警察での取り調べはどうだった?」

「3年前の事件で知り合った刑事さんが担当だったので、半分くらいはこの3年間の話をしましたね」


 女性恐怖症の話の流れで抱きしめられたりしたけど。きっと、桜さん以外の女性刑事だったら落ち着いて話せなかっただろうな。というか、あんなことは桜さん以外はしないか。


「そうだったのね。それで、今回の事件については?」

「俺を襲ってきた名栗さんは灰色のスーツの男から、俺の殺害を命じられたことを認めています。教室でお嬢様と話している俺の写真を所持していることから、おそらくCherryが灰色のスーツの男を介して名栗さんに命令したんだと考えています」

「なるほど。今日から真守というSPを同行させるようになったからね」

「ええ、取り調べでもそのような見解になりました。写真のデータを手渡しした可能性も考えられるので、来校者記録や校門に防犯カメラがあればその記録も調べるそうです」

「手渡しなら、何か怪しい映像があるかもしれないもんね」

「しかし、写真から考えると宝月学院の関係者がCherryではないでしょうか。もしそうであれば、来校者記録や防犯カメラのことを考えているのでは?」


 くるみさんは冷静な口調でそう言う。


「くるみの言う通りね。宝月学院の関係者が黒幕なら、そのことは考えているはず。おそらく、スマートフォンで写真を撮って、メールやSNSなどを使ってデータを送信したんじゃないかな」


 メールやSNSか。様々なやり方で、灰色のスーツの男が例の写真を手に入れる方法が考えられる。


「ねえ、真守」

「なんですか?」

「あなたがパトカーに乗る直前、凛が道路の向かい側でこっちを見ていたじゃない。あれってどういうことなんだろう。まさか、凛があなたを殺せと命令したCherryなのかな。屋敷に戻ってから、そのことが頭から離れなくて」

「そのこともその刑事さんに話しました。俺を殺すだけなら、3年前の事件が発端であると言えるかもしれません。しかし、指示したのがCherryであり、それが都築さんであるとはまだ断定はできません。ただ、俺達が気付いたことで逃げたというのは事実なので、今夜か遅くても明日に彼女から話を聞くと言っていました」

「……そう、なの」


 お嬢様は複雑な表情をして、少し俯いた。

 都築さんがCherryであるか否か。ただ、3年前のことを理由に俺を執事にさせようとしている彼女が、果たして俺を殺そうと考えるのだろうか。俺がお嬢様のSPであり続けると宣言したからそのことに腹が立って? その可能性も否めないけれど、今日の彼女の雰囲気だと、俺よりもお嬢様のことを殺せと命令する方が自然な気がする。


「今のお話を聞いていると、Cherryは由衣様を狙って例の手紙を出した可能性が高そうですね」

「そうですね。今日の事件で俺もそう考えました」

「もしかしたら、Cherryは次の手を打ってくるかもしれません。今日のようなことが再びあっては危険ですし、Cherryのことが収束するまで、宝月学院に登校することは控えた方がいいと思います」


 くるみさんの言うことが最善策だろう。

 今回の事件によって、警察にもCherryという存在が認識された。Cherryが俺の殺害を命令した黒幕である証拠が掴めたら、後は時間の問題だろう。警察の捜査でCherryの名乗る人物に辿り着けると考えている。

 しかし、お嬢様はくるみさんの意見に頷くことはしなかった。


「……大丈夫よ、私には真守がいるんだから」

「でも、実際に真守さんが襲われたではありませんか!」


 こんなにも怒った様子を見せるくるみさんを見るのは初めてだ。けれど、そんな彼女を前にしてもお嬢様は落ち着いていた。


「そうね。でも、それはお屋敷の目の前で起こったことよ」

「そうですが……」

「真守のおかげで学校では襲われていない。だから、今日みたいに……明日からも真守と一緒に学校で過ごすから。ただ、今日みたいなことが起こらないように、帰りもくるみのリムジンでってことでいい?」


 やんわりとした笑顔でお嬢様はくるみさんにそう言う。

 お嬢様の安全を第一に考えているからか少しの間、くるみさんは真剣な表情でお嬢様を見つめていた。


「……真守さん」

「は、はい!」


 いきなり、くるみさんが俺の名前を言うから驚いた。


「真守さんは由衣様の意見に賛成ですか? 由衣様を守る身であるあなたに判断を委ねたいのです。実際には真守さんが怪我をしたわけですし。リムジンで送り迎えをするなど私にできることを考えれば、由衣様の意見に賛成です。ですが、実際に由衣様を守るあなたが反対であれば、お屋敷からは出したくありません。ここにいるのが一番安全ですから」


 くるみさんは迷っているのか。お嬢様の気持ちやメイドとしてお嬢様のためにできることを考えれば賛成だけど、実際にお嬢様を守るのは俺なんだ。俺が賛同しなければ、外でお嬢様を守り切れないと考えているんだろう。

 今日のことを考えれば、宝月学院に通うのは危険だ。だけど、お嬢様の気持ちをできる限り尊重したい。

 それに、俺は九条由衣お嬢様を守るためにいるSPだ。怪我をしたからといって、彼女のことを守りたい気持ちはちっとも失っていない。

 だから、俺は――。


「明日からも宝月学院に同行してお嬢様のことを守ります。ただ、登下校はくるみさんが運転するリムジンに乗る形としましょう」


 これがお嬢様にとって一番いい形だろう。俺の考えを伝えると、くるみさんはいつもの優しい笑みを見せる。


「……分かりました。では、明日から下校するときもリムジンということで。真守さん、明日からも由衣様のことをよろしくお願いします」

「もちろんです。俺はお嬢様のSPですから」

「……ありがとう、真守、くるみ」


 お嬢様は口角を上げ、静かな声でそう呟いた。


「……そろそろ夕ご飯にしましょう。すぐに準備しますね」


 そう言うと、くるみさんはキッチンへと歩いて行くのであった。

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