第7話『立花未来』

 立花未来。

 茶髪のショートヘアが印象的な可愛らしい女の子だ。母方の叔母の娘であり、俺の従妹に当たる。事故で家族を失ってから約3年間、彼女とは一つ屋根の下で過ごした。住み始めた頃と比べると大人っぽくなったなぁ。高校の制服のおかげかな。

 未来と住み始めたとき、彼女にも恐れを抱いてしまっていた。3年ほど一緒に過ごしたから今はまともに話せるけれど。


「未来は1年3組だったんだね」

「うん。まさかここで会えるなんて。驚いたけれど嬉しいよ。お母さんから、真守君がどこかの家で使用人になったって聞いたけれど、九条さんのところだったんだね」

「……俺、ちゃんと九条由衣お嬢様のSPになったって言ったんだけどな」


 叔母さん、天然なところがあるからなぁ。このくらいの聞き間違いならまだいい方だ。その部分が未来には遺伝していないようで良かったと思う。

 未来はもじもじしながら、上目遣いで俺のことを見てくる。


「ねえ、真守君」

「うん?」

「九条さんのSPになったってことは、これからも毎日……真守君と学校で会えるの?」

「もちろん会えるよ」


 ただし、ここにいても精神的に大丈夫そうなら。

 普段から爽やかで明るい笑顔を見せる未来だけれど、今の未来は一段と煌びやかな笑顔になっている。


「そうなんだ、嬉しいな。これから毎日、真守君の顔が見られると思うと」

「1ヶ月くら前までは一緒に過ごしたじゃないか」

「一緒に過ごしたからこそ、だよ」


 そう言うと、未来はほんのりと頬を染めた。俺とここで思わぬ再会をしたことに興奮しているのかな。


「……彼女が、昨日言っていた真守の従妹なのかしら?」

「そうですよ、お嬢様」

「さすがに従妹だとまともに話せるのね」

「まあ、最初の頃は全然ダメでしたけど、3年間住みましたからね」

「へ、へえ……」


 なぜか、お嬢様は浮かない表情をしていた。


「あの、九条さん」

「何かしら?」

「リムジンで登校しているところは何度も見たことあるけれど、SPを連れてきたのは今日が初めてだよね。何かあったの?」

「そ、そうね……」


 未来がそう訊いてしまうのも当然か。

 しかし、理由が理由だけに話していいものなのか。Cherryが宝月学院の関係者である可能性がある以上、本当のことは話さない方が良さそうだ。万が一、Cherryの耳に入ったら何か仕掛けてくるかもしれないし。


「……私も財閥の娘だし、SPの1人くらい普段からつけておこうかなと思って」

「そういうもの……なんだ」


 そうは言うけど、未来は納得していないように見えた。俺以外にSPらしき人も見かけないし、そもそも、どうして俺がお嬢様のSPになったんだと思っているのかもしれない。


「でも、良かったね。九条さんのSPになれて。いきなり本屋さんを解雇させられちゃって大変だったでしょ」

「突然のことだったから訳が分からなかったよ。今考えると、その日で止めさせるのは違法だし。面接のときは採用担当の人に言われたけれど、就職したら1人の社会人として扱ってくれていたし」


 研修中で厳しかったけれど、16歳だからといって特に差別されるようなこともなかった。だからこそ、女店長から解雇を通知されたときは驚きしかなかったのだ。しかも、高校に行くべきだという理由で。押し通されたと言ってもいいくらいだ。


「まるで、誰かが裏で俺が辞めるよう手を回したように思えたよ」

「そうだよね。真守君、ちゃんと店員さんとして働いていたもんね」

「あれ、お店に来てくれていたんだ。一度も会った記憶がないんだけど」

「あ、当たり前でしょ。仕事の邪魔はしたくないもん。ただ、真守君の働く姿が見たかっただけで。ほら、真守君って女の子を相手にすると酷く緊張しちゃうじゃない。何かあったら助けに行こうとは思ったけれど」

「……そういうことか」


 そういえば、女性のお客さんも多かったなぁ。俺と近い年齢の女性からは色目を使われて恐かった。


「それでも、真守君は結構頑張っているように見えたよ。それなのに、突然解雇しちゃうなんて、酷いよね。どうして辞めさせられちゃったの?」

「高校に行くべきだ……で押し通されたよ」

「この時期にそれはないよ」


 未来は頬を膨らませる。

 就職をして家を出るって言ったとき、未来はとても嫌がっていたのに。そんな彼女が俺の解雇についてこんな反応をしてくれるのは、俺が社会人として働くことを受け入れてくれた証拠なんだろうな。


「そろそろ朝礼の時間ね。とりあえず、真守は教室の後ろに立ってて」

「分かりました」

「このクラスには財閥の子息が何人かいるの。もしかしたら、その人達の中の誰かがCherryという可能性もあるわ」


 お嬢様は俺の耳元でそう囁いた。

 耐震強度偽装の件も考えられそうだけれど、建設業界や財閥間での対立……みたいなものがあるのかな。一般家庭で育った俺には縁のないことだけど。


「よろしくね、真守。頼りにしているよ」


 お嬢様がそう言ったとき、スピーカーからチャイムが流れる。

 お嬢様に言われたとおり、教室の後ろへと行こうとしたときだった。


「ひさしぶりね、長瀬君」


 その声が聞こえた瞬間、全身に悪寒が走った。必死に体の震えを押さえる。

 まさかと思い。俺は声の主の方に恐る恐る顔を向けてみる。


「……どうも」


 そこにいたのは青髪のポニーテールの女の子。彼女は薄ら笑いをしながら、俺のことを舐め回すように見ている。


 どうして、彼女がここにいるんだ。


 お嬢様のSPを全うしなければならないのに、よりによって彼女がお嬢様のクラスメイトだなんて。これは何かの宿命なのだろうか。

 俺は彼女から逃げるようにして、教室の後ろまで行く。

 やがて、クラス担任がやってきて朝礼が行われ、1時間目の授業が始まる。その間、体の震えが止まることは一度もなかった。

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