毒虫ゲンタ(その3)

 徐々じょじょせばまる〈噛みつき魔〉たちの包囲網、その中でゲンタに一番最初に迫って来たのは、毒虫兄弟が工場の外に放り出して見殺しにした、あのサラリーマンだった。

「ウゥラァァァッ!」

 叫びながら、ゲンタはノコギリ状の刃を持った長剣ロング・ソードを振った。

 別に剣術の心得があるわけじゃない。

 型もフォームもあったものじゃない。

 ただ力任せに、敵の頭部にをつけて横殴りに振っただけだ。

 にじり寄る〈噛みつき魔〉はけることもせず、剣はサラリーマンの左頬、ちょうど上顎と下顎の境目の高さに見事に食い込んだ。

 サラリーマンの頭部が『小首をかしげる』ような角度になった。

「死ねやぁ!」

 つか引き金トリガーを引く。

 バジジジジッ! という放電音と共に〈噛みつき魔〉の口の中に青白いスパークが飛び、サラリーマンは「ぶしゅるるるる」と意味不明の声を上げて黒い液体を口から垂らし、白目をいて仰向あおむけに倒れた。

 後ろに迫る気配を察し、男のほおから剣を抜いたそのままの勢いで振り返りながら逆側を剣でいだ。

 長剣は、二人組の不良男子高校生……だったバケモノ……の脇腹に、二人同時にギザギザの刃をたてた。

 引き金トリガーを引く。放電。高校生の体が青白い光に包まれ、二人同時に狂ったように体を痙攣させ、次の瞬間その場に折れた。

 かすかに肉と化学繊維が焦げたような匂いがただよって来て、鼻を刺激する。

(こ、こいつら

 足が遅い。のろのろ歩くしか能がない。けようともしないで馬鹿正直に寄ってくる。

 まるでアクション・ゲームの雑魚ザコキャラだ。

(イージーモードだ……楽勝じゃねぇか)

 俺は強い。俺の作った〈サンダーボルト・シャーク・デス・セーバー〉は圧倒的に強い。

 そう確信した瞬間、恐怖は何処どこかへ吹っ飛び、ゲンタの脳内は人体破壊と殺人の快楽で満たされた。

「いやぁほぉうっ!」

 叫びながら再度振り返り、斧でまきをわるように剣を振り上げ、振り下ろす。

 剣は、そこにいた女子高生の耳をぎ、制服を裂き、鎖骨をへし折って乳房の上まで入り込んだ。

 放電。

 青白い光。

 音。

 バケモノ化した少女が白目を剥いて後ろに倒れる。

 小学生、老婆、ハゲ親父、主婦、交通整理の警備員、建築労働者、ランニング・ウェアの女。

 迫り来る人間ども……いや、かつて人間だったバケモノども……にかたぱしからノコギリ状の刃を叩きつけて、高圧電流を食らわせる。

 バケモノどもは肉を裂かれ、骨を折られ、白目をいて、口からドス黒い液体を吹いて次々倒れていった。

 気がつくと、ゲンタを包囲していたバケモノどもはみな公園の土の上に転がっていた。

「はぁ、はぁ、ははは……ざまあ見ろ」

 息が上がっていた。無駄に体力を使ってしまっていた。

 しかし、興奮状態のゲンタに体力が消耗しているという実感は無かった。

 むしろ、異常な高揚感が体を包み、力が全身にみなぎるような錯覚を覚えた。

「お、俺、ひょっとして最強じゃね? クソ弱っちいバケモノが何人来ようが、この〈サンダーボルト・シャーク・デス・セーバー〉があれば瞬殺じゃねぇか……」

 精神がそう状態になって込み上げる笑いを抑えられない。

「クックックッ……みんなバケモノになっちまえよ。クソくだらねぇ両親も、クソくだらねぇ同級生だった奴らも、クソくだらねぇ教師どもも、クソくだらねぇコンビニの店員も、クソくだらねぇネットに書き込んでる連中も、警察も、消防も、日本人全員まとめて、アメリカも、ロシアも、ヨーロッパもインドも中国も、世界中のくだらねぇ人間ぜんぶ弱っちいバケモノになっちまえよ! 俺様が世界最強! 世界最高なんだよ! 大統領だろうが総理大臣だろうが、誰でも好きに殺せるんだよ! 何でも好きに出来るんだよ!」

 突然、そこでそう状態のエネルギーが切れた。

 我に返った。

「……て、なったら良いなぁ……なんて、そんな訳ないか」

 振り返ると、公園の入り口に再びバケモノどもが集まり始めていた。

 ぐうぅ、と腹が鳴った。

 それで、コンビニへ弁当を買いに行くという目的を思い出した。

「まあ、とりあえずコンビニ行こ。道々、楽勝チート殺人ゲームを楽しめれば良いや」

 公園内に入って来た男……宅配業者の制服を着た〈噛みつき魔〉……に向かって、「ライザンケン!、ランニング・シャイニング・ライトニング・アッタァァック」とアドリブで適当にデッチ上げた技の名を叫びながら、長剣ロング・ソードさきを突き出して走った。

 二股に分かれた切っ先を男の腹に刺す。トリガーを引く。

 突き破った男の胃袋の中でプラスとマイナスがスパークし、全身を駆け巡った電流が神経と脳を焼く。

「一丁あがりだ」

 ゲンタは倒れた宅配の男の体をまたいで公園の外に出た。

 もと来た道を戻る方へ、薄暗い住宅街を走る。

 とりあえずもう恐怖は無い。

 バケモノは、弱い。のろまで、馬鹿で、弱い。怖くない。

 五十がらみの主婦らしき女が迫って来た。

 右上から左下へ、女の顔に斜めに剣を走らせ、最後に喉のところに切っ先を引っ掛けてトリガー・スイッチを引いた。

 白目をいて、泡を吹いて、痙攣して、倒れる。

 次、坊主頭の中学生。

 次、郵便配達の女。

 次、ジャージ姿のじじい。

 次、次、次……

 バケモノを倒しながら暗い夜道を走り、気がついたらT字路に戻っていた。

 アパートの二階を見上げた。

(さっきのぞき見してた野郎……見てるかぁ?)

 部屋の明かりはいていたが、カーテンは閉まっていた。

 アパートの住人は、今もカーテンの隙間からコッソリと自分を見下ろしているのではないか……何となくゲンタはそう思った。

「そうだな……いくらって一人じゃ飽きる。観客が居りゃ張り合いが出るってもんだ……いっちょ、俺の華麗な殺戮殺人パフォーマンスを見せてやるよ」

 T字路の真ん中で立ち止まる。

 三方から三人ずつ、九人の〈噛みつき魔〉がゲンタに迫って来る。

「必・殺! サンダーボルト・シャーク・トーネード・ツイスター・だいしゃぃぃぃん!」

 叫びながら、剣を両手で持ってハンマー投げの要領で体ごとグルグル回った。

 回りながらトリガーを引く。

 回転する剣のギザギザに青白い電光が走る。

 恐れもせず近づいてくる〈噛みつき魔〉どもの首を切っ先が薙いで行く。

 次々に首を切られ、体を痙攣させ、バケモノが倒れていく。

 まさに一瞬、瞬殺だった。

 T字路の真ん中に立つゲンタの周りに、バケモノの体が九つ、円を描くように転がった。

 最後に、明かりのいた二階のアパートの部屋へ〈サンダーボルト・シャーク・デス・セーバー〉の切っ先を向け、デモンストレーションのつもりで何度かスイッチを入れたり切ったりした。そのたびに剣身に電光が走る。

(見てたか? アパートにこもってる臆病おくびょう野郎? スゲェだろ? スゲェよな? 俺様をたたえろよ)

 自己満足と自己陶酔に満たされながら剣を下ろし、トリガー・スイッチから指を離した。

 格好をつけて、肩で風を切りながら県道へ向かって歩いた。

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