しちてんばっと!

二兎追二獲男

春、無職、自宅にて。

 職のない世界に舞い降りた I am neet.

 生まれてから22年間。俺、田中 一たなか はじめはずっとそれなりにやってきた。

 親の期待を裏切らないよう最低限の努力で生きてきた。同時に、全く期待もされてこなかった。浪人せずに行ける偏差値の大学へ入学し、留年しないよう最低限の単位をギリギリの低空飛行で取得し、つい一週間ほど前に大学を卒業した。

 特に大きな苦労もせず、のうのうと目の前に与えられた道筋を享受して歩んできた22年だと思う。なんとか躓かずにそれなりにやってきたけれども、自発的に動かなかったツケが回ってきたのだろう。遂に、それも盛大にすっ転んでしまったのだった。


                  ⚪︎  


 桜が舞い、春が訪れる。4月1日、世間では新入生だの新学期だの新社会人だのと浮かれと緊張がない交ぜになった空気を醸し出している。

 午後12時07分。俺はリビングで昼のワイドショーを眺めていた。テレビには、大手企業の入社式の様子が映し出されており、新入社員たちがインタビューを受けていた。

 企業から、社会から歓迎の眼差しを向けられ、これからの抱負を聞かれた彼らは「新社会人として社会の役に立てるよう頑張りたいと思います!」とはにかみ、張り切って受け答えをしている。こんな優秀な彼らの両親や親族は鼻高々に違いない。

 俺はといえば、就職活動に失敗し爪弾きにされ、社会というレールから脱線してしまった無能で役立たずの既卒生だ。

昨日までは辛うじて学生としての扱いを受けていたのだが、本日、4月1日から紛れもない自宅警備員、いわゆるニートとなった。新入ニート、爆誕!

 「ああ、こんな世の中滅んでしまえばいいのに」

 キラキラと眩しい彼らを見て、つい呪詛を吐いてしまった。

 「そんな事言ってる暇があるんならさっさとハロワいきなよ」

 心を抉る会心の一撃。しかも不意打ち。

 「お、お前まだ家にいたのかよ! 大学はどうした!」

 「そのままそっくりその言葉返すわ! このバカ兄貴!」

 俺の心を抉る口撃を仕掛けてくるのは妹のまいである。本日から大学の新学期が始まり、留年もなく無事に大学二年生へと進級していた。

 「くっ…俺はなぁ、社会からいらないと言われた人間なんだよぉ、ちくしょう…」

 「はいはい、泣き言を言ってる暇があったら着替えてハロワに行こうね〜」

 にこぉっ、というオノマトペが聞こえてきそうなくらいにわざとらしい笑顔を、視線を向けてくる。くそっ、ただでさえ肩身がせまいのに耐えられるわけないだろ!

 舞の視線攻撃に負け、ソファーから重い腰をあげる。

 「わかった。わかったよ。行くよ、ハロワ」

 「うん、頑張ってね!」

 先ほどの笑顔とは違い、心の底から俺のことを応援してくれている表情。

 ああ、この笑顔を裏切らないように頑張らないといけないな。

 「それじゃ、大学のガイダンスあるから行ってくるね。鍵、よろしく」

 「ああ、行ってらっしゃい」

 大学へ向かう舞を見送り、ダイニングテーブルへと向かう。

 「ま、腹が減っては戦はできぬとも言うし、まずは飯食って活力を満たしますか」


                  ⚪︎

 母親が作り置きしてくれたチャーハンを冷蔵庫から取り出し、電子レンジで温める。よく「チンして食べてね」との書き置きを見るが、もう死語だろう。ピーッという電子音が加熱完了を告げた。

 そう、最近の電子レンジはもう「チン」とは鳴らない。「チン」は淘汰され、「ピーッ」という電子音へと時代は移り変ったのである。だがしかし、未だに電子レンジでものを温めることを「チン」と言う。「チン」=「電子レンジで温める」の動詞なのである。2000年以降に生まれた子供たちは、電子レンジで温めることを「チン」と言うのか疑問に思っているに違いない。

 そんなくだらないことを考えながら、電子レンジの扉を開けて皿の端を掴み、ダイニングテーブルへと運びぶ。

 かけてあるサランラップを外すと、サランラップの内側に張り付いていた水滴が僅かにテーブルへ零ちる。零れた雫を袖で拭いてから、椅子へと腰掛け、目の前にあるチャーハンに手をあわせて。

 「いただきます」

 この家には今、俺以外に誰もいないけれども、仮に誰も聞いていないとしても、言う。

 このチャーハンを作ってくれた母、チャーハンの核とも言える米を育ててくれた米農家の方、脇役とは言え存在感のある豚肉を育ててくれた養豚場の方、他にもネギや調味料とこのチャーハン一つが出来上がるまでに関わった全てのものにありがとう。…と、ここまで細分化するとオーバー過ぎるため、その全てをひっくるめて一言に表したのが「いただきます」というすばらしい言葉なのだ。

 腹を満たすためにチャーハンを食らう。食べ慣れた味、これこそおふくろの味って奴だ。母が作るチャーハンと中華料理のチャーハンは別物であると誰かが言っていたが、まったくもってその通りだと思う。母親のチャーハンは油控えめでしっとりとしていてうまい。反対に中華料理のチャーハンは油大量でぎとぎととしているがうまい。この違いはなんなのだろう。

 「うーん、わからない」

 違いのわからない男、田中 一。


                  ⚪︎

  チャーハンを食い終えた後、シャワーを浴び、髪を乾かし服を着て、整髪料で適当に髪を整えてハロワへ向かう準備をする。

 ハロワへは、スーツではなく私服で行く。昨年度の就職活動中で「面接は私服でも可」という企業があったので私服で臨んだ結果、俺以外の人間は皆、スーツを着ていた事件があった。まんまと企業側のトラップに引っかかったのだ。結果は言うまでもないだろう。

 この一件から「私服でも可」と書いてある企業でも、スーツへ行くようになり、ハロワも「私服で可」であったためスーツで行ったところ、苦笑いされたのだった。この二つの何が違うのかと言えば、「私服”でも”可」と「私服”で”可」の違いである。なんともややこしい表現である。もっと直接的な表現をしてくれないと、俺のような愚か者が罠に引っかかりNNT街道へと突っ走っていってしまうだろう。いや、このような人種を振り分けるための知恵に違い無いのだ。なんという茶番だろう。この事を舞に話したところ、「そんなの当たり前じゃん、バカだなぁお兄ちゃんは」と返ってきた。なるほど、妹でも理解していた事を理解していなかった時点で既に、NNT街道への道を歩んでいたのだろう。

 就活への怨嗟を思い出しながら、リュックサックに履歴書、筆記用具、財布を入れる。

 「んじゃま、職探しの旅に出ますか」

 履いたスニーカーの靴紐をキュッと結び直し、気合を入れて、ドアを開け放つ。柔らかな日差しが俺の目を刺激した。

 「ぐあっ、まぶしっ!」

 急な直射日光を浴びたせいで目の奥が押し出されそうな感覚に襲われる。ただ単に日を浴びていなかっただけとか、ニートであるかどうかとかは関係ないはずである。

 視界を取り戻すために腕時計を見ると、時刻は午後14時40分を指していた。昼過ぎとはとても言えない時間だ。

 幸い、ニートの俺にはまだ時間があり余っている。ハロワまでゆっくりと向かえばいい。

 「あっ、いけね。鍵忘れてた」

 

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