訪れた夏休み
次の日、先生は学校に姿を見せなかった。
クラス全員が事情を知っている事を見越して、代理で来た副担任は教卓に教材を置き、一息も吐かぬまま不在となった木村先生の話をした。
事情を知っていたとはいえ、散り散りと聞こえる声は教室中を見渡さなくても明らかだった。
副担任が言うには『木村先生のお母様が昨夜、お亡くなりになりまして今日は来られません』と説明をしていた。
いきなりの報告にクラスの大半は目を丸くし、教室中が一体になった様にどよめいた。遠くの席に友達がいれば、顔色を窺うかがっている。
早朝には似つかわしくない慌ただしい朝となった。
後に知る事になる『今日は』と言ってはいたが、それは今日だけじゃなくて『これから先も』だった。
昨日の今日だ。
私達生徒は誰一人として、木村先生に挨拶はもちろん会うことも出来なかった。
あんなに苦しみ悩んでいた先生は、親の死に目に会えなかったって事になる。
『別れ』ってこんなにもあっさりとしていてで脆い、突然な事だけに心の準備もさせてくれない。
運命っていうのがあるのならば、人間の意思を無視して意地悪な話だ。
運命に翻弄するしかない人間を神様は掌で遊ばせているのだろうか。
運命なんて、軽く考えているから口に出来るもの。
運命なんて言ってる内は運命には入らないのかもしれない。
私は人一倍『大したことない』そう思えるものが少ない。
人前では作り笑い顔ができるのに、背を向けた途端に心の真ん中がずっしり重くなっているのを感じる。
他人事……。
そう思ってしまえば気持ちは楽なのに、顔も知らない先生の母親なのに我が身に起きた事の様に気持ちが滅入って来る。
本当嫌になる程の損な性格だったりする。
朝のH.Rの後、先生に二度と会えないのにいつもと変わらないクラスの会話。
『いちいちそんな人事で騒いでなんていられない』って言われているみたい。
色の変化のない日常が勝手にそう私に思わせる。
ぽっかりと空いた心の隙間に風が通ると、辿る様に寂しさが歩いてくる。
美弥は後ろの席でクラスの女子に話しかけられて、いつもの冷静な口調で話をしている。
誰もいないのを確認した後に、私は生徒手帳に挟んでいる二つ折りになってるある物を取り出す。
そう制服のポケットの中……。
『それ』は密かに持ち歩いているんだ。
◇ ◇ ◇
『今度の先生はどんな人だろう』
木村先生が居なくなってから五日間も続いている。
私よりも外側の生徒が期待に胸を膨らませていた。
まだ五日しか経っていないのに、周りは新しい先生の話で持ちきりなのに違和感を覚える。
生徒思いの素敵な先生がなかったかの様に教室からそして、私達の中からも存在を消してしまった。
でも、そんなクラスのドキドキに待ったを掛ける様に恒例の夏休みに突入する。
終業式の一週間前から、色んな友達の勧誘だなんだである程度が埋まってしまっていた。
悲しいのか嬉しいのか。
しかも今年は今までにない程の猛暑らしい。
玄関を一つ開けるのにも気合が必要なこの季節、夏の虫もバテてしまってるんじゃないだろうか。
要らぬ心配を他所に、更に暑さを倍増させる蝉の声が異常に煩うるさい。
暑いは暑いけど去年は我慢できない程の暑さじゃなかった。
はっきり言って私は、暑さは我慢できる体質である。
そんなこの、このこの私が!!
我慢できずに人目を気にせず脱いでしまいたい!! という欲求が頭を駆け巡る毎日だ。
うっとうしい位に鳴り止まない蝉と、生物図鑑で調べれば分かるだろうその他大勢の夏にしか聴けないカーニバル。
暑さで把握が出来ない程の喚き声を聞いてると理性も何もなくなってしまう。
『その他大勢』それは適当に言ってる訳じゃなく、蝉以外の声が暑さで雑音にしか聞こえない。
そんな日は大体一通のメール、もしくは待ち切れないのか間髪入れずに電話が入る。
『チャミ――っ!! 暑すぎる。プール行こう!』
普通だったら海だろう。この日の為に作った彼氏を連れて海水浴とかさ。
…… …………ふぅ。
まぁ、それが出来ない。
いわゆる世の中の負け組が私に一報くれるのは分かっている。
だかしかし、私もその一部にされてるのが正直言って気に食わない。
私は敢えて、あ・え・て!! 彼氏を作らないのだ!!
『智亜美は当たり前』的な参加者の一名になってる一方的なメールにさらに苛立つ。
でも、なんだかんだでこんな日々が楽しい。
涼みに行こうとマイク片手に大熱唱するカラオケに、やる気なんてさらさらない軽装で図書館に入り雑談をする。
課題をやっているかどうかはこの際、別にしておこう。
ちなみに小心者、ならぬ効率の良い私はちゃっかり課題も遊んでいる合間をぬって終わらせている。
スマホを床に置くとフッとカレンダーを見上げる。
カレンダーに違和感を覚えた私は立ち上がり、八月なのに七月のままのカレンダーを無造作に破る。
七月の絵柄は海水浴。捲めくった八月は花火の絵柄がコミカルに描かれていた。
そういえば。
花火大会に一緒に行こうって千佳が夏休み前に言ってたな。
普通、休みに入ると一日が早いと言うけど、私は夏休みの一ヶ月半は早いと思った事がない。
早いと思えないなんて私はどれ程学校が好きなんだろう。
学校は友達と会うための場所である。小学校低学年の時、担任の先生が言っていた。そして明日もお友達に会う為に元気に登校しましょうと。
それが一般で言われているものであれば私は困らない。
いつも友達には恵まれてるし、自慢じゃないが目が覚めてスマホを見れば何件か着信がある。
下らないメールだけど、寂しいって感じたことがない。
『友達が沢山で羨ましい』とか『毎日楽しそうだね』って私を見て大半の人が言うけど、それは皆が出来ることだと思う。
『好印象を与える私』というのを作り上げればいい。
人間は動物では難しい事を簡単にやってのける。
だから世の中、善と悪っていうのがある。現に私は得意だしね。
ベットの上を動けば暑いと思いながらも、悪戦苦闘しつつ器用に身体を揺らして内輪を手に取る。
「はぁ……暑い」
涼しさが無駄にならない様に必死に仰がず、風が来る来ないか位にあおぐ。
安息を欲しがって必死に扇いで汗を掻くなんて馬鹿だし。
結果、あまり風が来ない役立たずな内輪を投げると、私はベットから飛び起きた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます