Foul Play ー笑顔の向こう側ー

恵深

日常

 これが私

 今朝は目覚ましの音よりも早く目が覚めた。

 割とすっきりとしていて目覚めがいい。

 ジャンプをする様に呼び跳ねて、勢い良く開けたカーテンの先から差し込む朝陽が瞳に染みた。


 すっきりとした表情で部屋から出ると誰が準備してくれたのか、規則正しく揃った真っ白な食器が出迎えてくれる。

 冷蔵庫から飲料水と卵を取り出すと、朝の景色を映す様な透き通ったお水を口に含み乾いた身体を潤していく。

 水の冷たさに驚く間もなく、卵を打ち付け真っ二つに割れた卵から出た黄身が双子だった。


 目玉焼きが出来終わるとトースターからは絶妙のタイミングで食パンがご挨拶をした。テーブルに着く前に出来たてを頬張ると『サクッ』と良い音がキッチンに響く。食後に飲むミルクが格別で、目覚めに程よい冷たさで喉の奥を通った。


 学校に行く時間までには支度を整え、席を立つ。

 靴の爪先をトントン鳴らすとスッポリと履けて、手に持つカバンはいつもより軽かった。




「おはよー!!」


 教室のドアを開けて挨拶をすると、いつもより沢山のクラスメートが振り返った。

 幸先好調!

 割りと良い感じ!

 何の事だろね。思わず鼻で笑ってしまう。

 メルヘン国から来たメルヘン王女じゃあるまいし、こんなどうでも良い事で喜んでる人がいるんだろうか……。


 天気が晴れだろうが雨だろうが、水が旨かろうがまずかろうがどうだっていい。

 そんな事で一喜一憂してる馬鹿は、きっと死んでも幸せだろう。

 

 途端、教室のドアが開く音がした。人一倍警戒を怠らない私は、現実から夢に戻るみたいにヒロイン面の私が顔を出す。

「おはよーっ!!」

 吐き捨てたい程の愚痴を振り払うとクラス全体が騒がしい中で、私は一段と大きな声を教室中に響き渡らせる。

 話の途中だった二人組の女子は、親しみ深い笑顔で私の姿を見て挨拶を返してくれた。


 仲が良い悪い関係なく、分け隔てなく無鉄砲で元気で明るいのが私のとりえだ。自分を褒め称えたい位に『してやったり』な印象を周りにくれてやっている。


「智亜美!」

 私を呼ぶ声が、窓際の後ろから二番目の椅子に腰を降ろすと聞こえる。


 チャイムが鳴ったから、当然私は先生が来る前にチャイムの指示通りにカバンを


置き、余裕綽々よゆうしゃくしゃくと腰を落ち着かせる……なんて、軟弱者優等生は私も踏まえ、このクラスには当然いない。


 先生がH.Rで扉を開けるまでのギリギリの時間を有意義に使い、昨日のテレビや会わない間に起きた出来事を話し始める。


 挨拶代わりに相手を足蹴りする生徒や、両手を広げて何の事やら今朝のビックニュースに抱き合う女子、眉間に皺を寄せながら内緒話をしたり、朝なのに熟睡している人もいる。


「智亜美、ちょっと聞いてる?」


 教室の扉を開けた瞬間に、まるで群がる虫の様に何人かの女子や男子がおはようと駆け寄る。そして二つの耳で数人の会話を聞き分け、一様に会話に参加する。

 そんな子は決まってクラスの中心的存在、いわゆる人気者なのだ。


「はぁ、聞いてないな……」


 分け隔たりのない生徒は、どの学校にもクラスに一人位は必ずいる。

 皆を寄せ付けるオーラを放っていて、嫌な顔一つしない明るく人気者っていう名役者だ。


「チャーーーーミィ!!」


 視界の外側から耳鳴りにも似た声に思わず眉間に皺が寄る。

 朝から迷惑としか思えない声は、私の名前を呼んでいた。

 声のした方へと振り返ると見覚えのある綺麗な黒髪、そして端正な顔立ちをしている女子が目に入る。


「ちょっと美弥、そんな大声を出さなくても聞こえてるよっ」


 俗にいう親友の名前を呼ぶと、美弥はどこか疲れ切っていて凛々しい顔立ちが引きつって見える。どうしたのと尋ねるには私を見て睨んでいる瞳が痛すぎて口に出来ずにいた。


「聞こえてるって、全然気が付かなかったじゃない」


 私が席に着いてから美弥は教室に入って来たのか、一つ後ろの席である声を荒げない冷静沈着な彼女には似つかわしくない声で私を呼んでいた。

 いわゆるクールビューティーな彼女はテンションはいつも一定で、表情にあまり出ない。

 そんな美弥が仁王立ちとはいかないが腰に手を当て、自分が怒っているという事を最大限に表現している。


「そうだった? ごめん」


 気持ちの篭っていない謝罪でこの場を凌ぐ事にする。


「何をいつも無駄に喚き騒いでる子が珍しくボーッとしてるのよ」


「無駄に……って」


「珍しく落ち込むことがあったの?」


 『怒』を表現していた仁王立ちは自然と解かれ、心配そうに私の顔を覗きこむ。美弥の最大の魅力と言っても過言ではないストレートの黒髪と、藍色の瞳が綺麗な顔立ちに相まって輝いて私の瞳に映る。

 それはそれとしても連続で使われた『珍しい』って言葉は、連呼して言われると馬鹿にされている様な気分にさせられる。


「まさかーー!! この私に限ってそんなことないって!」


 あら、声が想像以上に高く裏返ってしまった……言葉で誤魔化そうって感じに見えたかな。いや、断じて図星ではないんだけどね。


 素直に人間観察って言ったら微妙でしょう。

 間抜けな声に気付いてか、それともその前から私を発見していて、ただ集まってきただけか。


「おはよっ! チャミ!!」


 目の前に数人の女子が、それぞれの色気を付けて我こそはと目の前に現れる。


「おっはよっ!! いえーい!!」


 至近距離なのにも関わらず、ニコニコ笑顔で無駄に手を振りまくって挨拶と同時に軽くハイタッチをする。もちろん私も『いえーい』で応戦だ。


 他の生徒も次から次へと姿を現わしてはコミュニケーションの一つとして、私の頭やら肩やら叩いてくるのは分かるんだけど、優しくても叩かれてた押されと連続で攻撃されると。


「いたっ、いたた、痛い」


 知ってるか?! 痛いんだぞっ!!

 ドリブルされるバスケットボールの気持ちが分かり始めた頃、正体を暴くべく視線を向けた。


 何人もの女子の中で視界に入った活発の象徴ショートヘアー。

 絶対体力重視の子だ。ちょっと目付きは吊り上っていてキツネ目だけど、そこは彼女にチャームポイントだと思う。


 外見の事しか説明するとこがない。

 だって彼女の方は分からないけど、付き合いみたいな会話はあったと思うが私は全く興味がないし。なのに、まるで前から友達みたいに話をしてくる。



 トントン……。

 想いに耽っていた私は起こす様に、視界の外側から肩を叩かれる。

 『不意』というのもあるけど、人間は条件反射には逆らえない性質だ。

 叩かれた方向に顔を向けようと操られたかの様に振り向こうと……――――。


 その瞬間……まさにスローモーション。


「ひっかかったぁ!! おっはよ、チャミ!!」


 顔を向けた先には人差し指が待ち構え、見事に私の頬に直撃した。

 こんな古典的なことをする奴は誰だ!!


 さっきから耳は痛いし、頭も痛いし、頬も痛いし朝から踏んだり蹴ったりってどうなの!!?



 分け隔たりのない人は誰からも信頼され、情に厚い。


 それが本当にいると言うならば…………。

 それこそ嘘で出来た手作りで、人から線を引くことによって出来上がる綿密に築き上げた『己』という虚像だ。


 ――最高の自分を演出する最高のスタイル。

 己も傷つかない、誰も傷つけない。誰からも文句を言われない『笑顔』という極上の仮面。


 私は両手を振り上げて掌を机に叩き付けると、椅子が大きな音を立てて倒れたのにも関わらず、クラスの皆を見渡す。


 何事かと私を見つめる人だかりの中心で、眉間に皺をこれでもかって位に寄せていく。そして一気に皺も頬も緩ませアッカンベーをすると、周りに笑顔が満ちた。


 朝一番、私はクラスの皆と笑顔で会話していた。


 そう。この仮面は崩れる事はない。     

 だって皆が笑って喜んでくれる。


 私さえも幸せなれるとっておきの方法なんだから。

 これからもこの仮面は外れることはない。逃れられない鉄壁の仮面。



 これは……これが私なんだ。




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