‐勇者の願い‐
『私を、元の場所に、帰して』
さっきから何度も何度も繰り返して口にしている言葉を、私は容赦なく目の前の少女にぶつけた。
私のその言葉に少女は、ふんわりとした黄色い髪の毛を揺らして身を竦ませる。
少女はプリムラと言う名前らしい、正確にはその名前の後に随分と長い言葉が続いていたが、それほど興味もなかったので少女の名前らしい”プリムラ”と言う単語と、名前の最後についていた”グランセリオン”という響きくらいしか覚えていない。
――いいえ、覚えていないのは、きっとその後に語られた事が――私がこの場所に
曰く――私が今いるこの場所は”イリオス”と言う名前の世界であり、私が元いた場所とは違う世界であるらしい。
曰く――この世界には周期的に魔王と呼ばれる存在が現れ、プリムラたちの国を侵略してくるらしい。
曰く――魔王と呼ばれる存在は強力な闇の魔法を操るため、討伐するには唯一その魔法の弱点である光の魔法を使える人が必要らしい。
曰く――光の魔法を操れる人物は”イリオス”には存在していない為、光の魔法を操れる人を別の世界から召喚して、魔王を倒して貰っているらしい。
曰く――私には光の魔法を使う力がある為、彼女たちの為に魔王を倒して欲しいとのことらしい。
――以上が事のあらましだった。
あまりにふざけたその内容に、空っぽだった私の心は、気が付けば怒りと言う感情で一杯になっていた。
聞けば私が呼び出された理由は、光の魔法が使えるとういう事だけ。
それだけの理由で、私は此処に呼ばれたのだ、そんな理不尽な理由で、こんな場所に呼ばれてしまったのだ。
なんで私が、見ず知らずの人の一方通行の懇願で命をかけなければならないのか。
この事実に怒らないで、いったい他のどんなことに怒ればいいっていうのっ
『……聞こえなかった? 私は、元の世界に、返してほしいって、言ってるの!』
私はついに怒りに任せて声を荒げた。
その強い物言いに、とうとう少女の澄んだ黄色の瞳に涙が溢れた。
「『ううっ、聞いていた話と違いますっ、勇者の方は皆優しい方だと聞き及んでいましたのに……』」
『っ!? ふざけないでよ!! 有無を言わせず無理やりこんなところに呼び出しておいてそれってっ、どこまで私を馬鹿にすれば気が済むの!? 勝手に私を巻き込んだのは貴方じゃない! 貴方じゃ埒が明かないわ、他にまともに話の出来る人はいないの!?』
部屋は相変わらず薄暗いが、幸い明かりはそこら中にあるため動くのに困る事は無い。
見れば少女を挟んだ向こう側に、観音開き調の大きな扉が見て取れた。
とりあえずはあの扉から外に出ようと思い、私は大股で歩き出す。
歩く際に足元の蝋燭を何本か蹴とばしてしまったが、気にも止めなかった。
それは、兎に角早くこの薄暗い部屋から出たいという願望からの行動。
僅かな時しか過ごしていないけれど、既に私にとってこの部屋の中にいる事は不快でしかなかった。
だからこそ、このマイナスを遥に振り切るほどの不快感を少しでも払拭するために、出口へと歩を進めた――歩を進めようとした。
「『お待ちになってください、は、話を聞いてくださいましっ、貴方様は巻き込まれたと仰いますが、それは違いますっ、この度の勇者召喚の儀には少なからず、貴方様の意も含まれているモノなのです』」
だが、そんな私は、少女の声に思わず歩を止める。
意に沿った? 一体彼女は何をいっているのか。
意に沿っているというのならば、これほどまで理不尽であるはずがない。
『貴方いきなり何を言って――』
三度私は少女に否定の言葉を投げかけようと口を開きかける。
だがその三回目は、少女の言葉で強引に上書きされた。
「『――貴方様はっ、この”イリオス”の呼ばれる直前、何かを強く願っていたのではありませんか!?』」
……――――
彼女の言った言葉を聞いて、私は全ての行動を止めていた。
出口を目指すことも、否定の言葉を投げかける事も、そして――思考も。
だけど、思考すら停止した私の口だけは、自然と動いた。
『――なんで、貴方が……それを?』
……――彼女の言う通り、確かに私には強く願ったことがあった。
「『勇者として呼ばれるお方は、皆何かしらの願いを持っていると聞き及んでおります。それこそご自身の命に代えても叶えたい願い事が――そしてその貴方様の世界で叶えられない願い事は、
この身を代償にしてでも叶って欲しいと願った事柄――それは他でもない
あの人ともう一度対面するとか、言葉をもう一度交し合うとか、そんな有り触れていて、だけどもう叶わない事が――叶う?
『――っ、それが本当なら一つだけ聞かせて? この世界なら、死んでしまった人を蘇らせることは、出来るの?』
無理難題を吹っかけていることは分かっていた――死んだ人を生き返らせるなんて、私たちの世界でも不可能なことだ。
それがいくら望まれたことであったとしても――きっといくら科学が発達しても不可能に違いない。
死者が生き返るなんて、本来あってはいけないことだった。
そんな願いを敢えて望む私は人の道から外れた、文字通り外道ってやつなのかもしれない。
だけど、それでも私は構わないと思った。
元の世界では叶わないその願いは、もしかしたらこの世界では叶うのかもしれない。
そんな希望があるというのならば、何でもいいと思った。
私の願望を聞いて、目の前の少女の瞳が動揺で揺れたことがアリアリと見て取れる。
だが、同時に私の無理難題を聞いてさえ、絶望の色に支配されていない瞳に、私も希望を見出さずにはいられなかった。
「『……申し訳ありませんが、私は確かなことは存じ上げません。死者の蘇生を可能とした魔導は古い伝承には確かにございますが、一般に出回ってはおりません故――』」
――ですがっ、と、少女は声を張った。
「『――それが貴方様の願いだというのならば、私共
目の前の少女は私に向かって頭を下げた。
未だに彼女のはっきりとした身分は知らないけれど、彼女の口ぶりから、きっとこの国にとってかなり重要な役どころにいる人なんだろうという事は、何となく解っているつもりだ。
そんな彼女が見ず知らずの私に――あれだけ暴言を投げかけた私に対してこれほどまでの低姿勢で願いを乞うて来ていた。
私の無茶な願いをかなえる事を手伝ってくれるとさえ言ってきていた。
――そんな姿を見て、私は思った。
「『――私たちの為に、御身のお力をお貸しくださいませ!!』」
少なくともこの少女は、信用しても、良いのかもしれない、なんて――
『――魔王の討伐なんて大それたこと、私にできるか分かんないよ? もし無理だったら、その時はごめんね』
私のその言葉に、少女は弾かれるような勢いで顔を上げた。
最初に浮かべていたのは驚愕の表情――だけどそんな表情は見る見るうちに変わっていった。
「『――っ、あ、ありがとう、ありがとうございます!!』」
――向けられた少女の笑顔は、何となくだけど、大地を優しく照らし出すお月様の様だと思った。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
――全く知らないこの
如何やら、このイリオスは地球と一日の長さが同じくらいらしい――まぁ、あくまで私の体感なのだけれど……
あの時――あの真っ暗な部屋に私が呼び出されたとき、如何やらこの世界では明け方位の時間帯だったようだ。
この凄く立派な石造りの王宮で、私の為にと割り当てられた部屋の窓から見える暗闇に飲まれた風景は、徐々に明るさを取り戻そうとしていた。
私は、重い瞼を必要最低限だけ開いて、何ともなしにその光景を眺めていた――
いいえ、手持無沙汰な私にはそれくらいしか出来ることが無かったと言った方がきっと正しい。
だから本来寝ているはずの明け方という時間帯は、今の私にはただ何もすることの出来ない時間帯に他ならなかった。
――そんな明け方の光景を見ながら、私は、あまりにも濃すぎた今日、ううん、もう昨日なのかな? ――昨日の事を思い出す。
……あの後プリムラに連れられて部屋を後にした私は、この国の王様と謁見したりだとか、プリムラから本格的に色々な話を聞いたりした。
彼女がこの国のお姫様であることだとか、彼女に与えられた役割の話だとか――そして私の役割だとか――
――彼女の小難しい話によれば、どうも今の私は不老の状態なのだという。
なんでも異界から私を召喚して、尚且つ私と言う存在を固定するために生じる副産物的な現象らしい。
老けないという事実は女としては嬉しい事だけれど、どうもそれは良い事ばかりでは無かった。
私は固定されている状態で生きている為、私に肉体的な成長は無いのだという。
つまり、いくら体を鍛えても身体能力は上がらないし、私の身に宿る光の魔導――この世界は魔法とは言わないらしい――も、洗礼されることはあっても、魔力量自体が増えるだとか、そんな風に成長することはないと言われた。
そして、最悪なことに、今の私の状態では魔王には逆立ちをしても敵わないのだそうだ。
……そんな状態で、私にどうしろっていうのかって、その時は思ったけど、どうもこの話には続きがあるらしい。
――なんでも、私の肉体は成長しないけれど、それでも後付けは可能で有るらしくて、この世界に住まう四人の妖精王から加護を受ける事で、私と言う存在の格上げが出来るらしい。
――火の妖精王からの加護で筋力が上がるし、地の妖精王の加護で耐久力が上がる。
水の妖精王から加護得れば反応速度が上がり、風の妖精王の加護で素早さが上がる。
そして、加護を得るたびに魔力量が増えるのだと言う。
つまり、私の勇者としての最初の役割は、世界の各地を回ってそうした妖精王たちの加護を貰ってくることなんだって。
――でもそれは逆を言えば、最初の一つの加護を貰うまでは、私は光の魔導が使えるだけのただの十八歳の女の子だってことだ。
戦闘の経験が無い事なんて言うまでもない――私にできるのはせいぜい口喧嘩くらいのモノなのに……
――とりあえず、勇者には代々武勇に優れた騎士が護衛についてくれるらしくて、その人物はなんでも近々この国で開催される武具大会ってやつで選定されるのが習わしなんだとか。
だがら、私の本格的な冒険はその武具大会とやらが終わった後になるらしい。
……その、いつ開催されるかも分からない武具大会とやらの後らしい。
逆を言えば、私はその大会が終わるまでは、この場所を離れられなかった。
「――っ!!」
その事実に、私は思わずギリリッと音がなるほど、歯を食いしばった。
窓の外に広がるこの世界には――
それが分かっているのに、この場所に居なければいけないという事が、酷く苦痛だった。
プリムラは私の為に情報を集めてくれると言ってくれたけど――
……――ああ、だめだ。 と、私は思った。
動くことが出来ないという事実を自覚してしまったらいてもたってもいられなかった。
――プリムラは言った、この国の南にある森の奥地に、
不意に窓の外を見た――方位は全く分からなかったけど、窓の外に広がる世界の右側に――城壁の向こう側に黒々した木々が生い茂っているのが見えた。
それ以外には件の森らしきものは見えない――となれば、必然あの場所がそうなのだろう。
変わって私は部屋の中を見回してみる。
目に映るのは立派な燭台と、天幕の付いた立派なベッド。
『――プリムラ、ごめんね』
私の呟きは誰の耳にも届くことはなかった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
――お城を無事に抜け出せたのは幸運以外の何物でもなかった。
一番厄介だったのは門の存在と、その前にいる門番の兵隊さんだったけれど、彼らは分かりやすく船を漕いでいて、これ幸いと音を殺して通り抜けた。
外敵からの侵入者を排除する役割の門番さんだけど、中から出てくる人に対してはその注意力も向きにくいのかもしれない。
そんなこんなで私は明け方の街を歩く。
――目覚めたばかりの街を歩くのは、なんというか、大凡現実感と言うものが無かった様に感じた。
日本ではまずお目にかかれないであろう、石造りの建物は――そもそも形式から異なっている。
見慣れない物で溢れる街を歩くというその行為――それが、私から現実感と言うものを奪っていたのだと思う。
――胡蝶の夢という言葉を不意に思い出す。
もしかしたら今歩いているこの場所は、其れなのかもしれないと、そんな風にさえ思った。
だけど、見知らぬ街を歩くのは存外大変で、お城から見たあの森を目指すのは少しだけ時間がかかった。
徐々に明るくなり、鮮明さを上げて行く街並みと、多くなってゆく人々――それらの存在が、胡蝶の夢であることを否定している様だった。
――道を歩けば、道行く人たちに私は奇異の視線を向けられた。
それは私の出で立ちが、彼らにとってしてみれば珍しかったからなのだろう。
――私は高校指定のブレザーを着ていた。
此処に呼ばれる直前が
私にとってしてみれば、二足歩行している大きい猫さんや、二メートル以上もある狼の様な人の方がよっぽど珍妙だと思うのだけれど……
だけど彼らは怪訝そうな目線を向けてくるだけで、私の行く手を阻むことはしてこなかった。
プリムラの話によるよ、昨日の早々に、
それでも人相までは出回っていない様で、この人たちはまだ、私の事を勇者と認識できていないのだ。
それが少しだけありがたかった。
もし、この人たちが私の事を認知していたらどうなっていた事か……
行く手を一時的に阻まれるだけならばまだいい――いや、良くはないけど、比較的いい方だ。
それよりも私が、城から抜け出しているという事が広まってしまうことの方が遥に不味かった。
――いいえ、もしかしたら、既に私が城を抜け出したことがばれてしまっているかもしれない。
そうなれば、珍しい出で立ちをしている私は、早々に彼らに見つかって城に連れ戻されてしまうことだろう。
そうなってしまう前に兎に角早く、この街を抜けてあの森に入らなければならない――そんな風に思っていた。
――歩く。
――歩く、歩く。
――とにかく歩く。
そうやって一生懸命歩いていた私は、とうとう、街の出入り口へとたどり着いた。
――大きな門、そしてその先には鬱蒼とした木々が茂り、均された道がその森の中へ消えて行く光景があった。
――私の、目指している場所だった。
歓喜する私は、急ぎ足で門を通り過ぎようとする――
だけど、そんな私の歩みは、門のそばに控える屈強な門番さんによって阻まれた。
――その門番さんから声が投げかけられる。
「『――嬢ちゃん、知ってると思うけんど、こっから先は身分証を提示してもらわねぇと通すことは出来ねぇよ?』」
それは奇しくも、街に赴き最初に投げかけられた言葉だった。
その言葉を脳内で反芻させる。
言葉はきちんと理解できたが、その内容を理解するまでは少しかかった。
そうして、その言葉の意味を完全に理解した時――私は途方に暮れる思いだった。
頭が回らないし――言葉が出てこない。
それでも悩んで、やっとの思いで声を喉から捻り出す。
『――そこを何とか、何とかなりませんか? わ、私はあの森に、行かなくちゃいけないんです。どうしてもっ』
「『――ん? お前さん何か言葉が変だぞ? どっかの訛りか? ――どうしてもって言われてもはいそうですかって通すわけにはいかねぇのよ。そんな適当なことしてたもんなら、こちとら喰いブチが無くなってまうからなぁ。わりぃが、一度戻って身分証を持ってきてくんねえかなぁ』」
――足から力が抜けて、私は思わずその場に膝をついていた。
……――身分証? そんなものある訳が無い――だって私は昨日初めて勇者としてこの世界に来たんだもの。
……――勇者? そうだ、私には勇者って肩書があるっ。ならそれを言えばこの人も通してくれるかも知れない。
そう思って私は再度立ち上がろうとした。
だけど、それも出来なかった――思い出してしまった。
どうして私は、
そんな私が自分を勇者だと言っても、信じてもらえる訳が無い。
――ただの小娘の妄言と思われるだけだ。
この身に宿るという光の魔導を使えればまだ信憑性はあるのだろうけど、使ったこともない力をいきなり使えるほど、私は器用な人間じゃない。
――強引に突破する事も考えたけれど、それは最も無理なことだろう。
妖精王の加護を受けていない今の私は、ただの小娘でしかない。
そんな私に起きている、この屈強な門番さんを突破することなど出来るはずもなかった。
――手詰まりだった。――無力だった。
そんな自分が情けなくて――私は目からはボロボロと、涙がこぼれ落ちた。
「『――おいおい。何も泣き出すこたぁねえだろう? そんなに大事な用だってのかい? 困ったなぁ――なぁ嬢ちゃん。お前さんの用は森に入らなくてもすむかい? それだったらオイラもギリギリ大目に見る位は出来るんだけんども――ほれ、あの坊主みてぇに』」
そういって門番さんはある一方を指さした。
私は涙を拭うこともせず――彼の指さす方向へと目を向ける。
――そこで、私は懐かしい姿を目にした気がした。
「『あの坊主は偶にああして此処で絵を描いてんのよ。森に入る訳でもねぇからあそこくらいまでならオイラも多大目にみてんだが――って、嬢ちゃんオイラの話ちゃんと聞いてんのかい?』」
――歳は恐らく私よりも下。
ここに来るまでにすれ違った中でもあんまり居なかった艶やかな黒髪。
少し猫背気味に地べたに座り、両ひざに乗せた板切れの上に紙を敷いて一生懸命に絵を描く少年。
見える顔には目にかかる傷が実に剣呑だったけど、傷の中にあるその黒い眼には優しい光が垣間見えた気がした。
彫りの深いその顔立ちは、あの人とはちょっと似ていなかったけれど――醸し出す雰囲気は、記憶に残るそのままだった。
『――すみません。門番さん、今の話なら、あの子がいるところまでなら、行っても構わないんですよね?』
「『おお!? なんだちゃんと聞いてたんか。ああ、それなら問題ねぇよ――それにしても嬢ちゃんあの坊主に何か用でもあんのか?』」
『ええ――もしかしたら、ですけど』
「『? なんだそりゃ』」
怪訝そうな門番さんの横を通り過ぎて、私は名も知らない少年へと近づく。
近づくにつれて、何故か胸が高鳴った――そんなはずはないと思いながらも、歩みを止められなかった。
少年の描くキャンバスを覗きこむと――そこには、とても見慣れた画風の絵があった。
芸術には疎いけれど、それでもその画だけは見れば分かる。
未だ夢中に絵を描き続けている少年に、私は声をかけた――
『――貴方の絵、凄く上手だね。まるで今にも飛び出してきそうだよ』
――ダメで元々、私は意を決してそんな言葉を少年へと投げかける。
私がいつも言っていた言葉を、そっくりそのままその少年へと投げかける。
『――いやいや、俺のはそこにある物をそのまま写しているだけだからねぇ。ただの写真の劣化品さ』
――少年から、ポンと帰ってきた言葉は、これまた御馴染みの言葉だった。
何の変換もなしに、日本語で帰ってきた言葉。
――それは私が、最も望んでいた返答。
少年もその言葉に思うところがあったのか、絵を描く手を止めて初めて私の方へと顔を向けた。
少しだけ眼を見開いた驚いた表情――そんなところはそのままだった
『……うそ、
殆ど確信した状態で、私はダメ押しの確認をする。
少しの沈黙――私の問いかけに少年は――否、
『――な、んで、いっちゃんが、ここに?』
いっちゃん、それは親しい人が呼ぶ私の愛称。
この世界では呼ばれるはずのないはずの、名前――
それを読んでくれるという事は最早確定だった。
――私は気が付けば彼の胸元へと飛び込んでいた。
涙と嗚咽が同時に零れるが、そんなことは全く気にならなかった。
大好きな人がこの場所にいる――目の前にいる。
これ以上に嬉しい事が他にあるだろうか?
私の願い事はこの世界ならば必ず叶うと、私を呼んだ少女は言っていた。
彼女に言った願い事とはちょっとだけ違う結果だったけど、私の願い事は確かに叶っていた。
――朔兄に会いたいというその願いは、こんなに呆気なく叶ってしまった。
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