己の評価と近況報告
彼と、テッドの冒険者の存続権利を賭けた決闘から、少しだけ時は流れる。
学園に通い魔導の知識を蓄えながら、
日々やるべきことは多いけれど、それでも何とか俺は毎日を過ごしていた。
学園に入学して何気に一番の懸念事項であった金銭の問題――冒険者としての活動時間減少に伴う、生活資金の確保の懸念については案外何とかなる物だったらしい。
それは勿論、俺に協力してくれる
一番の要因は何気に、
冒険者として、
単純に依頼を達成するまでの時間が短くなったし、
イリス母さんの事に加え、学園に在籍している事もあり、
流石に魔獣クラスの討伐は行っていないけれど、それでも討伐系の依頼と言うのは採取系の依頼よりも割が良い。
だからこそ、
――現状は確実に良い方向に向かっていた。
環境が改善されれば当然俺の負担が軽くなる。
そして負担が軽くなると言うことは、他の何かに手を伸ばすことが出来るということだ。
やらなければならないことではなく、やりたいことが出来るということだ。
正直、やりたいことは色々あるし、勿論その全てが上手く出来ている訳ではないけれど―― 一つだけ確実に言えることがある。
――拝啓”前世の両親アンド兄妹、俺は割と充実した日々を過ごしています。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
グレーヴァ・マルクス魔導学士園に入学して一巡の季節が過ぎ去り、後二月もすれば二巡目も終わろうかと言う時期だった。
喧騒で包まれる学園の廊下を俺は一人で歩いていた。
授業が終わり、木製の長廊下には俺と同じく二回生の生徒で溢れていて、その生徒の大半は俺と同じ方向へと移動している。
つまり正確には、俺は一人でこの長廊下を歩いている訳ではないのかもしれない。
ただし彼らとは連れだって歩いている訳でもないので、結局一人で歩いているのと変わりはしなかった。
人ごみに流される様にして廊下を歩く――そうしていると、長廊下は突当りへと行き着く訳なのだけれど、行き着いたその先では多くの生徒でごった返していた。
何時もならばこの突当りを今日の様に人でごった返すことなどほとんどありはしない。
つまり、人がごった返す今日と言う日は、例外的な日であると言うことの何よりの証明だった。
集まった生徒たちは一様に、一所に視線を向ける。
多くの視線が集中するその場所には大きな掲示板があり、そこには掲示板より一回りだけ小さい紙が張り出されていた。
――紙を見て喜ぶ者がいた。
――紙を見て嘆くものがいた。
――紙を見て表情を殆ど変えない者もいた。
――紙を見て大げさに膝から崩れ落ちる者もいた。
それを見た者の反応は十人十色で、語彙の貧困な俺ではその全てを言い表すことはとてもではないが出来そうにない。
まぁ、言い表す気など毛頭ないので、それは全く必要ない心配だった。
正直様々な感情の溢れるこの光景は、見ていて飽きることは無いのかもしれない。
だけど見続ける事に意味は無いし、そろそろ後ろも閊えてしまいそうなので、俺も彼らに倣いこの場に赴いた目的を果たすことにした。
俺の軟弱な心臓も、周囲に影響されるようにして大げさに暴れているのだから――
俺は暴れる鼓動に耐えながら、大きな紙の中から俺の名前を探す。
「――っ、あった」
俺の名前が書かれていた場所は、大きな紙の中の左上から二番目の位置。
よって、その位置を確認する事によって、一つの事実が浮き彫りになる。
それを確認して、俺は深く――そして大きな溜息を吐き出した。
「――二番か、よかったっ」
――吐き出したのは安堵の溜息。
如何やら今回も落ちずに済んだらしい。
――今日はマルクス学園に所属する二回生の成績公開日だった。
此処で一年間の成績の総括が為され、その結果によって今後の学園からの対応が変わってくる。
勿論殆どの生徒に関して言えば、気にすることはあまりない事柄だろう。
だが一部の生徒――俺の様に”白色”を貰っている生徒にとって、この成績公開と言う行事は非常に重大だった。
”白色”を貰えるのは貴族を除けば、各科毎に一名ずつ――学年で四人まで。
だからこそ今日公開される学年全体の成績順位が重要になってくる訳だ。
因みに俺の今回の順位は学年次席。
主席に名前を連ねる人は騎士科に所属しているので、とりあえず魔導科では俺がトップという事になる。
この結果はほぼ俺の望んでいたモノであり、そして同時に去年と同じモノだった。
「おーい、アルクス。お前どうだった?」
そうやって一人安堵していると、喧騒の中から名前を呼ばれた。
馴染みのある声に反応して声のした方を向いてみれば、思った通りの人物がそこにいた。
「僕の方は前と変わらずだったよ。一番の人も前と同じだったから現状維持だね」
「カハハっ、さっすがアルクスセンセだぜ、これで二年連続”白色”キープ確定だな、いやー、良かった良かった。俺も鼻が高いぜ」
「ありがと――それで、テッドの方はどうだったの?」
俺がテッドへと質問を返すと笑っていた彼の表情が、そのまま動かなくなった。
彼はその表情のまま明後日の方向を向く。
「――さて、腹減ったな。今日は何食う?」
「――うん、あからさまなはぐらかしをありがとう」
テッドのこの態度、如何やら彼の方は相当悪かったらしい。
結果は既に分かり切っているようなものだったけれど、俺は一応先ほどの紙の中からテッドの名前を探すことにした。
結果から言うと五列のうちの一番右の列、その中の真ん中くらいにテッドの名前は刻まれていた。
その結果に驚愕する俺。
「ちょっ、テッド?! 下から数えた方が早いよ!?」
「カハハ、モンダイネェヨ――サンカイセイニハナレルカラナ」
「……そんな片言で言われても、全然大丈夫そうに聞こえないからね」
抑揚なくしゃべるテッドに対して、俺は呆れながらに返答を返した。
俺は再び掲示板へと視線を戻す――マルクス学園は入学するのは非常に難しい学園ではあるのだが、進級すること自体は難しい事ではなかった。
故にどれほど成績が悪かろうと、テッドの言う通り問題なく三回生に進級することはできる。
――出来るのだが、他の何より重要で、もっとも大きな問題があった。
俺とテッド、その共通の知人の中に、この結果に不満を持つ者が間違いなくいるのだ。
「おいアルクス、いや、アルクス様――このことは黙ってくれっ!! お前が黙っていてさえくれれば万事上手く行くんだ。お前だって獅子の尻尾を喜んで踏みたくねぇだろ!?」
テッドもそのことを危惧しているのだろう。
我が相棒は必死な形相を浮かべながら、俺に口止めを懇願してきた。
如何やらテッドは
確かにテッドの言う通り、この場に張り出されている成績が生徒の家族に直接報告されることはない。
あったとしてもそれは、家族が成績の開示を学園側に要請した場合位のものだった。
前世の様に科学の発達していないこの
主な手段と言えば口伝か、紙媒体の手紙位のもの。
世界でも最大規模であるマルクス学園の生徒総数は約六百人――通信技術も印刷技術も用いず、全ての生徒の家族に成績を伝えるのは言わずもがな、大仕事。
例えマルクス学園と言えど、とてもではないが、それに割くだけのリソースは無いのだろう。
故に開示された成績を家族に伝える手段となれば、自ずと生徒からの口伝に限られるわけである。
そしてだからこそ、テッドも考えたのだろう――俺の口さえ封じてしまえば、あの人に成績が伝わる事は無い、と。
――だが、現実と言うものはいつだって非情なものだ。
情け容赦など有ったものではない――俺はテッドを挟んだ向こう側で、まるでモーゼの十戒の如く割れた人波と、その現象を起こした張本人の姿を見て心底そう思った。
「……えーっと、僕としては別に黙っていることは構わないけど――」
「――っホントか!! 流石アルクスっ、恩にきるぜ!!」
「――う、うん……だけど、ちょっとだけ遅かったかなぁ、なんて思ってみたりなんかして」
そんな彼女の登場に、当事者でない俺でさえも冷汗が背中を伝うのを自覚する。
「……これは一体どういうことか説明してくれますよね、テッド?」
――ピシリッ、と石像もかくやあらんとでも言う様に固まるテッド。
如何やら、彼女は疑似的な石化の魔導を使えるらしい。
気を抜けばテッドと同じように、俺も固まってしまいそうだった。
決して声を荒げている訳でもないのに、感じるのは途方もない
そんな圧力に俺は思わず膝をつきそうになった。
「――御機嫌ようアルクスさん。学年次席なんて凄いですね」
「あ、ありがとうございます。フィアンマ先輩っ」
勢いよく背を伸ばし、声を張って返答を返す。
思わず敬礼をしそうになったが、それは何とか踏みとどまることに成功した。
そんな俺の様子にクスリと微笑む彼女。
フィアンマ・ウル・カルブンクルス――テッドのお姉さんで二つ年上の先輩。
一族の証ともいえる灼熱の髪の毛、緩々と燃える篝火の様に包み込む雰囲気を持つ女性だ。
だが、篝火と言えど炎であることには変わりはない――普段は優しい彼女も怒る時はあるものだ。
そしてこれは世間一般でも良く言われることだが、彼女もまたそれに当てはまっていた。
……普段怒らない人ほど、怒らせると怖いのだ。
「それではテッド、貴方は何か申し開きはありますか?」
噴出した魔力に揺られ、逆立っているフィアンマ先輩の灼髪は、彼女の雰囲気と合わさってか――俺は思わず彼女の背後に
テッドが先ほど先輩の事を獅子に例えていたが、あの例えは強ち見当はずれなものではなかったのかもしれない。
「――いや、これは、なんて言うか……っ、そ、そうだ!! フィア
「――ええ、それは知ってます。私も応援に参加していましたから」
「だろ!! 実は二回生の試験があの大会とだだ被りしてたんだ。大会の方を優先しちまって、こんな結果になっちまったんだ。
テッドの言い訳はほぼ正しかった。
実は我が国グランセルには、二年に一度大規模な武芸大会が行われる。
――グランセル魔導武具大会。
伝統あるその大会は、年齢が規定に達していれば誰でも参加できる物であるため、国の内外問わず沢山の参加者が集う催しだった。
既定の年齢は十四歳――規定ギリギリではあったが参加は可能で、好奇心旺盛な我が相棒はその大会に喜び勇んで参加したのだ。
いくら規定を満たしているからと言って、流石に俺たちの様な半人前が参加したところで予選で敗退するのが関の山だと思い、俺は参加しなかったし、テッドの参加を止める事もしなかった。
だが、テッドは俺の予想を良い方に裏切り、なんと決勝のトーナメントへの参加を決めたのだ。
カロルさん譲りの大火力魔導と、幸運が重なった結果と言えるだろう。
大会の結果は一回戦で敗れてしまったのだが、それでもその結果は十四歳の子供にしたら大健闘と言えるものだった。
確かにこの結果は、十分言い訳になるのかもしれない。
……普通ならば。
だが、今回ばかりはタイミングが悪かったと言わざるを得ないだろう。
「――確かにその時のテッドの頑張りは見させて頂きました」
「だろっ!? だったら――」
「――ですが、貴方以上の結果を出した人が試験でもトップを取っています。だというのに貴方はこの体たらく。この現実に何かほかに申し開きはありますか?」
「いやいや、あんな化物となんて比べること自体が間違ってんだろ!?」
化物――テッドがそう評するのも無理からぬこと。
俺は張り出されている成績一覧の俺の名前の、その上に書かれている名前を今一度見直した。
学年次席である俺の上、つまりは学年主席の名前。
ステルラハルト・フォン・アルマース――マルクス学園の二回生、騎士科属し、今しがたテッドから化物呼ばわりされた者の名前だ。
だが、それも仕方のない事なのかもしれない。
何せこの人は規格外すぎるのだ。
まずはとんでもなく頭が良い、それはこの試験結果を見ても容易に分かる事だろう。
前世の二十年という半ば反則にも似た経験を持っている俺でも敵わないとなれば、真にステルラハルトさんは天才と呼ぶに相応しい人物なのだろう。
加えて武芸にも秀でている。
先ほどフィアンマ先輩が言ったテッド以上の結果を出した人物と言うのは、他でもなく彼の事だった。
彼はテッドと同じくグランセル武具大会に参加し、トーナメント方式である本戦の準々決勝までコマを進めていた。
膨大なる魔力と複数の上位属性を使いこなすその姿は正に圧巻と言えるものだった。
正直準々決勝で大会の優勝者と当たらなければ、彼の順位はもっと上になっていた事は間違いない。
非の打ち所がない人物と言うのは、まさにこの人の事だろう。
そんな人物と比べられるのは、流石に酷というものだ。
まぁ、テッドに関して言えば学園の勉学については、少し疎かにし過ぎであることは否めないのだけれど……
「――いいえ、間違ってなどいはしません!! お父様の真意を知りながらこの体たらく、最早言い訳しようもないでしょう?」
「っ………」
あまりの正論に、テッドはそれ以上何も言えなかった。
彼が何も言えない理由――それは俺も知っている。
そもそも冒険者を志すテッドが、何故マルクス学園に入学したのか――それはカロルさんからの言い付けであったからに他ならなかった。
当初のテッドはカロルさんの真意に気づく事もなくこの学園に通っていたのだろうが、今のテッドはそうではなかった。
それはあの決闘を経験したが故。
正確には決闘の後に語られた、カロルさんの経験談を聞いたが故。
カルブンクルス家の当主になるに辺り、冒険者であったカロルさんが苦労したという話を聞いたからだ。
現状テッドがカルブンクルス家の当主になる確率はかなり低い。
テッドには二人の兄がいて、その二人ともがお亡くなりにならない限り、その役割はテッドまで回ってくる事は無いだろう。
だが、その可能性が全くゼロという訳でもない。
故にカロルさんは、テッドをマルクス学園に通わせたのだ。
必要最低限でも学を身に着けさせるために、もし万が一に当主と言う役割がテッドまで回ってきた場合に、少しでもテッドの苦労が軽くない様に。
親心、此処に極まれりと言ったところだろうか。
「――はぁ、如何やら素直に私からの折檻を受けるつもりのようですわね、ならば黙ってついてきなさい」
「…………っ」
ガックリと頭を垂れながら、さめざめと涙を流すテッド。
哀愁漂うその後姿に、俺は思わず両手を合わせていた。
…………
「っと、忘れるところでしたわ、――アルクスさん」
「はっ、はい。なんでしょうか!?」
半ば不意打ち気味に、俺へと声をかけてくるフィアンマ先輩。
俺はそんな彼女の不意打ちに、殆ど条件反射にも似た反応で返事を返す。
「テッドへの用事が済んだ後なんですけど、貴方たちに折り入ってお願いがありますの。ですので、貴方も一緒についてきてくださると嬉しいのですけど」
「っは、はい!! 喜んでお供させていただきます!!」
「――フフ、ありがとうございます」
俺は気が付けばほぼノータイムでフィアンマ先輩に対して返答を返していた。
そんな俺に対して優雅に微笑み、お礼を言ってくるフィアンマ先輩。
と言うか、この状況で断れる奴がいるとすれば、そいつは余程の怖いもの知らずか、何も考えていないかのどちらかだろう。
そんな奴がいたら見てみたいものだと、俺は密かに思うのだった。
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