対峙の果てに見えた真実


 気が付けば、俺はゆっくりと膝とついていた。

 だらりと力なく卸した右手には、綺麗に刀身を無くしたハンティングナイフの柄が辛うじて引っかかっている。


 それを目にして、ナイフに対して、俺は心の中で密かに謝罪の言葉を述べる。

 このハンティングナイフは、決して高価な代物ではなかったし、銘すらついていないモノではあるけれど。

 それでも今回の様な、一撃の為の使い捨てなどと言うのは、絶対に製作者の想定外の使い方だったことだろう。


 故にこその謝罪――


 だが、『”紅緋べにひ”』を使用する為には、俺が入手できる獲物の中でこのナイフが一番適していたのだから仕方がない。


 そもそも俺専用の武器ハンティングナイフを所持しているというのに、何故別にナイフを用意したのか。

 それは偏に、俺専用の武器ハンティングナイフでは『”紅緋べにひ”』の使用に耐えられないかもという懸念があったからに他ならなかった。


 俺のハンティングナイフの質が低いからと言う理由わけではない――それは単純に作られている材質の性能の為。


 俺のナイフの材質は、アダマント鉱石と呼ばれる頑丈な鉱石で出来ている。

 この鉱石は特異な性質がある――頑丈さの割に加工がしやすいのだ。

 

 その理由としては偏に鉱石の融点が低いことがあげられるだろう。


 唯の鉄よりは流石に加工し辛いのだが、それでも主に武具に用いられるウーツ鉱石やエアメタルと言った貴金属に比べると、扱いやすさのレベルは一段階下がるのだ。

 

 だが、鍛造の面では有効なその特性は、『”紅緋べにひ”』を使う事を前提にすると、途端に欠点に代わってしまう。

 流石に溶けるまではいかないのだろうけれど、刀身を真っ赤に煌めかせるほどの熱量を纏った際に、俺のナイフがいったいどれだけ硬度を失わずにいられるかが分からなかったのだ。


 そんな不安要素の有る試みを、せっかく鍛冶屋のテムジンさんから選別としてもらったナイフで試す事は流石にしたくなかったのだ。


 故に用意したのが、今回使用した銘の無いハンティングナイフなわけである。


 砕けてしまったこのナイフは、グラッセン鉱石と呼ばれる材料で作られているらしい。

 グラッセン鉱石はアダマント鉱石よりも遥に融点が高く、同時に非常に硬い金属だ。


 それだけ聞けば非常に優秀な金属のようにも聞こえるが、そんな訳は決してない。

 グラッセン鉱石は硬いが故に、脆い。

 とてもではないが、打ち合うことを前提とした武具に使用できる金属ではないのだ。


 今回用意したナイフとてそれは同じ――そもそもが獲物のとして、鋭さを追求して作られた物だった。

 だからこそ、『”紅緋べにひ”』の熱量に耐えられたものの、ただの一振りで見事に砕け散ってしまったという訳だ。


 ……本当ならば、『”紅炎切りプロミネンス・スラッシュ”』放ってなお、魔導土人形ゴーレムの魔石を叩き切ってなお健在である。テッドの剣と同じ素材のナイフが用意できれば一番よかったのだけれど、テッドに彼の持つ剣の情報を聞いて、用意するのは無理だと悟った。


 テッドの持つ剣の銘は『クラウ・ソラス』。


 カルブンクルス家に代々伝わる宝剣の一本で、かつて勇者に与えられた剣であり、不滅とされている貴金属”オレイカルコス”を使用して作られているらしい。

 それが本当ならば、テッドの剣は紛れもなく”魔剣”である。

 

 オレイカルコスを使用した武具など、下手をしたら金貨が百枚単位で必要になってしまう。

 

 否、駆け出しの冒険者に、そんな伝説級の武具を持たせられるのは、カルブンクルスの様な由緒ある家で無ければどだい無理な話なのだ。

 

 だが、同時にその話を聞いて納得する事もあった。


 ――俺は掌を覗きこみながら、そんな事を考える。

 

 ――無残に掌を眺めながらそんな事を考える。


 柄に断熱性に優れたコールドバッファローの皮を巻いていたのに、この有様。

 他でもない、『”紅緋べにひ”』が齎した副作用。


 刀身が煌めくほどに熱を帯びる必殺一太刀は、絶大な力を発揮してくれる傍ら、生半可な武具で使用すれば使用者にも牙をむく。


 唯の一瞬、唯の一振り、見様見真似の猿真似魔導でこれだ。


 と言うことは、テッドが本家本元の『”紅炎切りプロミネンス・スラッシュ”』を放って、何の余波も受けていないのは、彼が持つ魔剣『クラウ・ソラス』が原因なのだろう。


 かつての勇者によってカルブンクルス家に与えられた剣と魔導。


 恐らくあの剣『クラウ・ソラス』は『”紅炎切りプロミネンス・スラッシュ”』を使う事を前提として作られた剣なんだ。

 使用者に魔導の余波が伝わらない様になっている、専門の武具なのだろう。



 専用の剣を用意しなければ使うことが出来ない魔導――これでは他に伝わる訳が無い。



 不意に俺はその事実が可笑しくて、思わず喉の奥をクツクツと鳴らした。


 

「――おいおい、ボロボロなのにご機嫌だな、それとも気でも触れちまったか」



 不意に軽口をたたかれた。

 俺はかけられたその声に反応して顔を上げ、そしてまた笑った。



「ふふ、そういうテッドも僕とそんなに変わらないじゃないか」



 ――身にまとう防具は煤まみれで、体の至るところに傷を作っている。

 そんな相棒は、何時もと同じく燃える様に笑っていた。



「――お疲れ、何とかなって本当に良かったね」



「ああ――お前のお蔭で俺は冒険者を続けられる。こんな無茶な賭けに乗ってくれてサンキューな」



「提案したのは僕からだけどね、まぁ、君の我がままに付き合うのなんて慣れっこだし、これくらい許容できないと君の相棒なんてやってられないよ」



「――おいおいひでぇいい様だな」



 そういってテッドは、俺へと手を差し出してきた。

 その差し出された左手を、爛れていない左手で掴んで立ち上がる。

 恐らくこの相棒は、俺の右手が動かないことを分かっているのだろう。

 普段はいい加減な言動を見せるテッドは、実は案外、こういったことに関しては気が利く男だった。



「――さて、そろそろ終いにしようや、親父おやじ



 俺を立ち上がらせたテッドは、右手に持った魔剣『クラウ・ソラス』を鞘にしまいながら、眼前で立ちすくむカロルさんへと言う。

 カロルさんは、静かに頷きながら同じく剣を鞘へと仕舞う。




 ―― 一拍。






「――我が名はカロル・ルキウス・カルブンクルス、南方の火炎なり――我に勝利せしめた御身の名を伺いたい!!」






 不意にカロルさんが声を張り上げた。

 その大きな声に俺は思わず目を白黒させる。

 まるで形式的な物言いに、何が始まったのかと思った。



「……決闘が終わったら、ああやって名乗りを挙げるんだ。負けた方が先に名乗って、勝った奴が名乗り返す、ま、決まりみたいなもんだな」



「そ、そうなんだ……」



「取りあえず俺からやるから、お前も適当にやっておいてくれ、とりあえず名乗りだけでいいぞ」



 戸惑っているとテッドが小さく説明してくれた。

 流石は貴族と言ったところか、テッドは戸惑うこともなく、一歩だけ前へと進み出た。

 慌てながら、俺もテッドに倣って一歩前へ出た。






「――我が名はカムテッド・セラフィム・カルブンクルス!!」






「――わ、我が名はアルクス・ウェッジウッド!!」






「――これが御身に勝利せしめた者たちの名前なり、とく深くその身その心に刻み込め!!」






 テッドが高らかに宣言する。

 俺はと言うと、なんだか無性に転げ回りたい気分に駆られた。

 無論、そんなことはしなかったけれど、何故だが凄く気恥ずかしく思った。


 だが、そんな気分も長く続く事は無かった。

 それは目の前にいるカロルさんが、予想に反した表情を浮かべていたからだった。


 ――驚愕。


 目を見開いた彼の表情を表すには、そんな言葉がふさわしいのではないかと思った。


 だが、そんな表情もすぐに崩れてしまう――実に愉快そうに、カロルさんは破顔一笑。



「くっ、はは――”ウェッジウッド”だと、くははっ、どんな因果だ!! はーはっはっはっはっ!!」



 突然笑い出したカロルさんに呆気にとられる俺たち一同。

 いったい何がおかしいのかが分からず、俺たちは立ちすくむほかなかった。





――――――――――――――――――――――――――――――――――――





 俺たちは揃いも揃って、予め用意していた回復薬ポーションを服用する。

 それは傷ついた体を癒すための行為に他ならなかったけれど、ただそれだけで傷が完治するほど、この世界は都合よく出来てはいなかった。


 回復薬ポーションは確かに傷の治りを促進してくれる代物ではあるけれど、服用薬であるが故、即効性に欠けるという一面がある。

 故に、早く体を癒したい場合は、水の回復魔導ヒーリングを併用し、体の内面と外面から同時に治癒を施すのが効果的なのだった。


 ただ残念なことに、ロムスさんから話を聞けば、お抱えの治癒魔導士プリーストは現在出払っているとのこと。

 

 そういうわけで何時もの如く、水の回復魔導ヒーリングを習得している俺が、テッドの分も治療を施すことになった。



「防御魔導に攻撃魔導、果ては回復魔導まで使えるとは……アルクス、お前は年の割に随分と多芸だな」



「――そうでしょうか? 僕は二年ほど一人で冒険者稼業を行っていましたから、必要に駆られて覚えたのですけど」



「それが本当ならば、それで驚くべきことだがな――だが、そうなると『”紅炎切りプロミネンス・スラッシュ”』のことはどう説明する。あれは我が家の秘儀だぞ? 何故お前が使えるのだ?」



 俺の水の回復魔導ヒーリングを見ながら、そんな事を言うカロルさん。

 彼の目はこれでもかと言う位に真剣だった。


 まあ、自分の家の秘儀が容易く他所のガキに使われたのだから、こんな反応になるのも無理からぬことなのかもしれない。

 となれば、変に誤魔化すことはしない方が良いだろう。



「――テッドの冒険者としての初任務、そこで大きな魔石を持つ敵と相対しました。倒すにはその魔石を割るしかなく、そのためにテッドがその魔導を使いました。僕の『”紅緋べにひ”』はあくまでそれの模倣です」



「――では何かっ、お前は我が家の秘儀を見ただけで模倣したというのか?」



 同じ部屋に居合わせたテッドの兄のソールさんが、心底驚いたと言わんばかりの様子で聞き返してきた。



「因みに、我が家の『”紅炎切りプロミネンス・スラッシュ”』を、お前は何を想像して放っている」



「うーん、イメージしているのは太陽の煌めきですかね。まぁ漠然としたイメージですけど」



 正直漠然としたイメージと言うのは嘘だった。

 これについてはまともに話せることではないので、しょうがない。


 太陽の煌めき――それをイメージしたのは、魔導名から判断したからに他ならない。

 

 勇者ユートによって伝授されたという『”紅炎切りプロミネンス・スラッシュ”』、否それだけではない、テッドの剣である『”クラウ・ソラス”』、先ほどの戦いでカロルさんが使った『”フレイム・サーペント”』に『”グリッド・イラプション”』。


 その全てが、横文字ではあるが、で発音されてるモノだったからだ。


 だからこそ、『紅炎プロミネンス』という言葉が太陽に関わる言葉であることが容易に想像できたのだ。

 『紅炎プロミネンス』なんて言葉は太陽がどのような風になっているのか、それを知っていなければ出てこない言葉だろう。


 此処まで判断材料があればもう間違いない。


 勇者ユート――彼は恐らく日本人だったのだろう。


 俺と同じく第二の生を受けた物だったのか、そうじゃなかったのか、そこまでは流石に判断の出来ないことだけれど、出来れば会って話をしてみたかったと密かに思った。



「……まさしくそれは、我が家の秘儀を使う上では欠かせないイメージだ。全く凄まじい想像力だな、魔導名も聞いたことのない言葉であったし、その年で固有言語ユニークスペルまで操るとは……アルクス君、良ければフィアンマの護衛騎士になってくれないか?」



「ちょっとっ、お兄様!! いきなり何を言っているのですか!!」



 ソールさんが不意に発した言葉に、騒ぎ出す女性が一名。

 ソールさんはと言うと、笑って「冗談だよ」と言いながら、その女性を宥めた。




 ――閑話休題。




 さて、そんな問答がひと段落した後だっただろうか、他でもないカロルさんが不意に口を開いた。



「……しかし二年か、それではお前が冒険者になったのは十になって間もないころではないか」



 そうして彼は深く、そして大きな溜息を吐き出した。


 その溜息はどんな感情から吐き出された物か、俺には判断することが出来なかった。

 呆れからか、それとも憐みから、それとも他の何れかの感情からなのか……



「――器用な処は似ても似つかんな、お前はきっと母親似なのだろうよ」


 

 これは随分と意味深なことを言われた気がした。

 俺の”ウェッジウッド”の姓に反応したことと言い、今の物言い――まさかとは思うが、この人は……



「……もしかして、なんですが」



「賢しいお前の事だ。何を聞かれるかは想像できるがあえて聞こう、なんだ?」



「――もしかして、カロルさんは知っているのですか? ロニキス・”ウェッジウッド”を、僕の父さんの事を知っているのですか?」



 俺の口から出た人名――それを聞いてカロルさんは目を閉じて、天を仰ぐ。

 その動作に俺の疑惑は、確信に変わった――この人は俺の父さんを知っている。



「――お父様?」



「――親父おやじ? どうしたんだよ」



 そんなカロルさんの様子に、テッドと、テッドと同色の髪を持つ女性が同じ動作をしながら声をかける。

 女性の方はフィアンマさんと言う様で、如何やらテッドのお姉さんらしい。


 流石姉弟と言ったところか、言葉遣いは違えども、細かい動作はよく似ていた。



「――もう、十五年も前の話だ。当時俺は寝ても覚めても冒険者稼業に勤しむ向こう見ずな若造だった。ロニキスは、そんな俺を御してくれる友で、よき相棒だった」



 カロルさんの口から紡がれたのは、驚愕の一言だった。

 つまり、カロルさんとロニキス父さんは、今の俺とテッドと同じでコンビだったということだ。



「――そ、れは、凄い偶然ですね、よもやコンビだった冒険者の子供が、同じくコンビを組んでいるとは」



「だろう、ソール。全く持って笑っちまうよ。そんな事も、あるんだなぁ――」



 そういってカロルさんは、目を細めながら、俺を真っ直ぐと見つめ返してきた。

 否、見ているのは本当に俺の瞳だったのだろう。

 ロニキス父さん譲りの、この真っ黒な瞳だったのだろう。


 きっとこの人は、今この瞬間、この瞳を通して父さんの面影を見ているのだ。



「十五年前、俺の兄さんが死んだ――兄さんは戦場で名誉ある死を遂げたらしい。それについてとやかく言うつもりはないが、カルブンクルスの血筋を絶やすわけにはいかなかった。そんな訳で、なし崩しで俺が当主をやることになっちまったわけだが、――正直苦労したなんてもんじゃなかったぞ?」



 言いながらカロルさんは肩を竦めた。

 今こうして覇気さえ纏うカロルさん。

 そんな彼がしてきた苦労を、俺などが想像できることでは無いのかもしれない。

 


「当主になるためには礼儀作法、政治、勉学、その全てをほぼ一から学びなおす必要があったからな。当主になる必要も、つもりも無かったからそう言ったもんは全て御座なりにしてきたツケが回ってきたわけだ。――正直つらかったよ。だけど



 そう言ってカロルさんはもう一度俺の方へ顔を向けた。

 向けられた表情を見て、俺は何も言葉を発することが出来なかった。


 心なし、カロルさんは泣きそうな表情をしているような気がした。



「――お前の親父は頑固者で、大馬鹿野郎だった。あいつは、俺が冒険者を辞めると同時に一緒に辞めやがったんだ。「相棒が夢を追うことを辞めざるを得ないこの状況で、俺だけのうのうと冒険者で居続けることは出来ない」とか言ってな。――あいつが冒険者を辞めて都市グランセルの衛兵になったのはその時だ」



 ……なんというか父さんらしいとそんな風に思った。


 他人に厳しく、自分に対してはそれ以上に厳しい。

 実直で真面目な父さんだったら、そんな事を言うことは容易く想像できる事だった。



「蛙の子は蛙か、親が親なら、子も子だな、我が馬鹿息子の為に同じく冒険者の存続をかけるとは――断言しよう、お前はまさしくロニキスの息子だよ。そして馬鹿息子カムテッドも俺の息子だ。――なあ、アルクスよ、願わくばお前の親父が俺にしたように、馬鹿息子の事を御し、よき友でいてくれることを願うぞ」



 それはまさしく、子を想う父親の言葉だった。

 その言葉はまるで俺自身にも向けられているような、そんな錯覚さえ覚えてしまう。

 だからなのだろうか、全くに容姿の違うカロルさんに、ロニキス父さんの影を重ねてしまった。

 俺は重ねた影に、不意に涙を零しそうになる。 



「――はいっ」



 俺はその一言を何とかひねり出す。

 気の利いた言葉の一つでも発することが出来れば良かったのかもしれないけれど、生憎ロニキス父さんと同じく、俺はそう言ったことに向いてはいない。


 でも、それでもいいと、俺は心の中で密かに思うのだった。

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