WILD COLOR‐異界転生見聞録‐

introduction‐始りの兆し‐


 ――お前は世界に対し不満を抱いたことはあるか?



 そのような問掛けをされたとしよう。

 それに対する俺の返答は……残念ながらyesと答えざるを得ない。



 ――いや、そう答えるのは別に俺に限った話ではないのかもしれない。



 人間とはよくも悪くも慣れる生き物だ――幾ら幸福な人間でも、同じ幸福がいつまでも続けばそれはもはや日常。


 どんな生活を送っている人間も、今という現状に全く不満を抱かない奴なんていはしないだろう。


 だが、まあ――そうはいってみたところで、俺はそれなりに自分の生活に満足していたと思う。


 俺の生まれ育った家は飛び抜けて裕福でも、貧乏でもなく普通の一般家庭だった。

 いや―― 一人の兄と一人の妹がいて、兄と自分が現役の大学生でありながら妹も大学に進学することが決まっている位だったから、実は平均より少しばかり裕福な方に属していたのかな?



 そして兄と妹に挟まれて育ってきた俺は、自分で言うのもなんだが自己主張の少ない子供だったと思う。



 それでも兄弟仲はそれなりに良かったし、両親にも殆ど嫌悪感を抱くことなく今までの生活を送ってきた。

 兄妹以外と大きな喧嘩なんて今まで一度もしたことはなく、だからこそ喧嘩で思いっきり人を殴ったことももちろんなかった。



 代わり映えしない毎日に呆れることもあったけど、それでも世界には面白いことも沢山あって、だからこそ俺は代わり映えしないようでいて、少しずつ変化していく普遍的な日常ってやつにそれなりに満足していた――いたんだけどなぁ――



 一体誰が予想しただろう、そんな普遍的な日々がまさか突然に終わってしまうなんて――



 一体誰が予想しただろう、代わり映えしないと思っていた日々に一瞬だけ紛れ込んだ突飛すぎる出来事なんて――



 ――少なくとも俺自身は、こうなることなんてこれっぽっちも予想してなど居なかった。



 俺が”あちらの世界”で一番最後に覚えている光景は――轟音とともに俺に向かってくる鉄パイプの雨だった。



 原因は工事用資材を運んでいた大型トラック交通事故。



 まぁ、どういう経緯でその事故が起こったのかは詳しく知らないが、その日は朝から雨が降っていて、道はかなり荒れていたような気がする。

 状況を予想するに、何かの拍子でハンドルを取られたトラックが横転し、偶然近くを歩行していた俺が巻き込まれたと――そんな感じなのだろう。



 実際その事故で俺自身がどうなったかはよくわからない。

 現状、俺という人間の意識が普遍的に存在し、普段と変わらぬ思考が出来ている状況だというにもかかわらず、その事故後俺自身がどうなってしまったのか――残念ながら、今の俺には知る術はない。



 自分自身のことだというのに、自分のことがよくわからないなんて、なんともおかしな話であるような気がするが――でもまぁ、世の中に真に自分自身の事を理解している人間は実はほんのひとにぎり程度しかいないのではないかと、そんなふうにも思う。



 というか、実際自分の事を理解するというのはかなり難解なことなのではないだろうか?

 そもそも自分自身の評価というのは、相対的に他人が評価するものであって、つまり自分自身を知るということは、他人の視点で自分自身を判断する必要があるわけだ。

 それこそ俯瞰でもするかのように――



 今まで生きてきた二十年にも満たない人生、いろいろな事を経験してきたつもりではあるけれど、流石に其処までの悟りを持ち得るまでには至っていないし、其処まで達観した人間であったつもりもない。



 断言してしまおう――俺はなんの変哲もないただの人間だ。



 だからこそ、訳の分からん状況にいきなり投げ出されるなんてことになって、ちょっとくらい現実逃避をおこなったとしても、別段変ではないと思う――というかそう思いたい。




 …………




 ………………




 ……………………




 …………………………でもまあ、それでもいい加減、現実と向き合わなければならないだろう。



 俺は思考に集中するため――否、現実から逃避するために閉じていた両目をゆっくりと開き、改めてあたりを見渡してみた。



 はじめに飛び込んできたのは見慣れぬ天井――ちなみに”見慣れない”というのは場所的な要素と構造的な要素の二つがある……はりの見える天井なんて初めて見たかもしれない。



 頑張って横をむいてみる――白い布地を身にまとった黒髪銀眼の女の人がそこに居て俺を見ている。

 見慣れぬ眼の色のせいで年の功の判断を曖昧にさせるが、かなり若い印象を受けた。

 絶世の美女とはいかないが、小顔で愛嬌のある彼女はとても優しそうな人だった。

 髪はやや乱れ額にうっすらと汗を浮かべた様子から、ひどく疲れて居そうな印象を覚えるも、俺を見るその顔にはうっすらと微笑みを浮かべている。

 まるで嬉しい気持ち抑えきれず、思わず顔に出てしまっているかのような表情――その様はまさに愛おしいモノを見るそれだ。



 そんな彼女の表情に困惑しながら、それでも情報収集のため頑張って顔を反対に向けてみる。



 そこには精悍な顔つきの男性が一人。

 赤茶けた髪の毛を短く刈り上げ、黒眼で左の目尻のやや下の方に目立つ古傷を付けた人。

 日に焼けた小麦色の肌に、直線的な頬のライン、整った濃い顔のつくり。

 やけに荒く息を乱しているその人は、恐らくこの場にいそいで駆けつけたのだろう。

 ぱっと見無口そうな人ではあったけれど、それでも先程の女の人と同じように何処か嬉しそうな雰囲気を醸し出しながら俺を見ていた。




 そして、そんな二人の人物に見られている俺はというと――




 ……――あらまぁ、これまた小さなお手手だこと




 伸ばした手のひらの小ささに密かに驚かされ、そこから一つの事実を知らされた。




 ――拝啓、親愛なる我が両親、そして兄と妹……状況はまだ完全に飲み込めたわけではないけれど、どうやら俺は赤ん坊に生まれ変わってしまったみたいです。

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