第17話『ティル・ナ・ノーグ』

 轟音が収まり、先行して外に出た隼人は千々になった肉片に気付き、相手は仲間ごと爆破したのだと理解して動揺した。

『―――! 応答して、ストライカー! 隼人君!』

「ッ! こちらストライカー。無事だったか、シューター」

『何とかね……。そっちの被害は?』

「退避が間に合った。誰も怪我してない。だが……」

『上空から見る限り、空港への道はがれきを乗り越えるしかないね』

 リーヤの声を聴きながら空中で旋回するヘリドローンを見上げた隼人は道路を塞ぐがれきの山に視線を向ける。

 がれきの山の中にはところどころビルの原型が残っており、人一人分の大きさがある為、通れなくもないが今にも崩れそうなそこを通るにはかなりの勇気が必要だった。

「リーヤ、レンカ達生身の連中をヘリに乗せろ。お前ら共々、空港で合流させる。俺と浩太郎、咲耶はこのままがれきを通過して空港に向かう」

『了解。ナツキちゃん、ヘリを降下させてくれるかな』

「おい、地上班集合だ!」

 そう言って人差し指を立てて回した隼人は降下してくるヘリドローンを見上げつつ、全員を集合させると先程の指示を出す。

 空気の読めないレンカが一瞬ぐずったが、楓とカナが無理やり乗せてヘリドローンは上空へと発進し隼人達は崩れたビルの残骸へ移動する。

 隼人を先頭に高さのある入り口を飛び降り、周囲を探った彼らは時折鳴り響く地響きに驚きつつ空港を示すマーカーの方へ向かう。

「今にも崩れそうだな……」

「あはは、心臓に悪いねぇ。早い所行こうか」

「ああ。そう言う事だから咲耶、移動速度上げるぞ」

 そう言って走った隼人と浩太郎は横たわる柱を足場に跳躍すると優に3mはある壁の一角を掴んで体を持ち上げ、出入り口である壁を乗り越えて着地する。

 高さの取れるがれきに上がった二人は遠くに見えてきた簡易空港をポイントし、ズームで周辺を探ると背中にXM90を背負った咲耶が肩で息を吐きながら着地する。

「あなた達、何であんなに早く登れるのよ……!」

 そう言って睨んできた咲耶に揃って苦笑した隼人達はライフルを構えた彼女をバックアップに置き、簡易空港を目指して走り出す。

 上がっていたがれきから飛び降りた二人は障害物であるがれきをパルクールの要領で乗り越え、そう言った技能が無い咲耶はがれきを避けて走る。

「ちょっ、ちょっと待ちなさい!」

 隼人達に遅れて空港に辿り着いた咲耶はXM90を構えながら合流すると旋回するヘリドローンを見上げる。

「咲耶、ヘリに乗ってる連中を連れて来よう。浩太郎は別で先行させ、空港内の索敵を行ってもらう」

「了解よ。二手に分かれるのね? で、着陸地点はどこ?」

「ここから100m地点の機庫群の中心。フレアで誘導する」

 軽く打ち合わせをした隼人と咲耶は光学迷彩を展開した浩太郎と別れ、ヘリの着陸地点として設定した機庫群の確保に向かう。

 到着し、隼人の後ろで周辺に銃口を巡らせた咲耶は腰のラッチからフレアグレネードを取り出した彼の背中を守る様にしゃがんで周囲を探知する。

「フレア投下」

 そう言って離れた位置にフレアを投げた隼人は良く目立つ光と煙をカメラでの誘導に使ったドローンが降下してくるのを待つと咲耶の太ももを叩いてヘリの方へ移動する。

 地面からわずかに浮いた状態で降下してきたヘリから武器を携えたレンカ達が軽やかな足取りで下りる傍を過ぎた隼人は片足で搭乗員の下ろしが終わって飛び立とうとしていたヘリを押さえつけた。

「うわっ!? ちょっと、何なのさ?!」

「飛ぶのは待ってくれ。武、こっちに来い。お前とシールドとマシンガンが必要だ」

「だからってこんな事されるとひっくり返って墜落するよ!」

 激怒するリーヤに謝りながら武をヘリから降ろした隼人はヘリから足を離して離陸させ、発光し続けるフレアグレネードを踏み砕いて消すと浩太郎へ偵察結果を聞く為の通信を飛ばす。

「こちらストライカー。ファントム、中の様子はどうだ?」

『こちらファントム。中は静かだよ。不気味なくらいにね。まるで誰もいない』

「分かった。そのまま、中で待機しててくれ。ストライカー、アウト」

 そう言って通信を切った隼人は閉じた通信ウィンドウと入れ替わりに展開したスレイのコミュウィンドウに眉を顰め、邪魔にならない程度の大きさに変更して話しかけた。

「何の用だ、スレイ」

 そう問いかけた隼人は、ウィンドウに映らないスレイをちらと見るとレンカ達の方に移動する。

『空港に行くのを止めなさい。行けば、私は消えてしまう』

「消える? どうしてだ」

『ダインスレイヴの本体にいられるのは一つの意志だけ。分化し、増幅した意思は同化した時、本体以外の意志は消える』

「なるほどな。お前の言ってた事情はそれか。どうして言わない」

『ま、どうでもいい事だしねぇ。私はあなたがどうなるのかが楽しみなだけだし。それに……』

 妙な物言いに引っかかるものを覚えた隼人は笑いながらウィンドウを消したスレイに舌打ちし、装備の確認を終えたレンカ達と合流して空港の入り口に移動した。

「ストライカーよりファントム。敵の姿は見えるか?」

見えないネガティブ。目視で見る限りじゃ見えない。移動した方が良いかい?』

「いや、無理に動くな。そのままで良い。」

 大きな施設のスライドドアに手を掛けた隼人はレンカ達の先頭で待機している武とアイコンタクトを取り、ゆっくり開けて侵入させる。

 瞬間、三階建ての吹き抜け全周囲からマズルフラッシュが迸り、三方からライフル弾が隼人達に浴びせられる。

「隠れろ! 急げ!」

 そう言って受付のカウンターに全員を隠れさせた隼人は、カウンターから銃だけを出した咲耶と武が周囲の敵目がけて応射する。

 四方八方に散る弾丸が錯綜し、近接組の女子を庇った隼人は背中にライフル弾を受けながらその場で踏ん張り、通信機を起動する。

「やれ、浩太郎!」

 そう叫んだ隼人に応じ、光学迷彩を解除した浩太郎は目の前で銃撃している男を蹴落とすとその隣にいた仲間の首にワイヤードブレードを打ち込んで殺害した。

 そのまま死体を引き寄せて盾にした浩太郎は、それで銃撃を防ぐと太もものホルスターから引き抜いたヴェクターをFCS任せに発砲する。

 男達を穿つ中、高エネルギー反応に気付いた浩太郎は三階から飛び降りて魔力で構成されたビームの薙ぎ払いを回避した。

 そのままローリングで衝撃を吸収した浩太郎はブーストダッシュでがれきから逃れ、隼人達と合流した。

「何だ、今のは!?」

「分からない。だけど、あのビームは見覚えのある色をしてた」

「クソッ、ダインスレイヴか……!」

 そう言ってカウンターから覗こうとした隼人は目の前に着弾した弾丸に反射的に顔を引っ込め、耳のある辺りに手を当てる通信起動動作をして吹き抜けの天井を見上げる。

「リーヤ、そこから俺達の正面が見えるか?!」

『ダメだ、隠れて見えない。って、うわっ!』

「どうしたリーヤ?! リーヤ!」

 そう言って上を見上げた隼人の目の前でワインレッドのビームが天井を突き破り、遅れて墜落してきたヘリドローンが無残な姿で地面に叩き付けられる。

 激しい金属音の後に火を噴いたそれは隼人達の目の前で爆発、千々になった破片が四方八方にまき散らされ、回転するローターが手裏剣の様に飛んできて隼人達の傍らをずたずたに引き裂く。

「クソッ、リーヤ! ナツキ!」

『大丈夫、何とか逃げられた……。一瞬だけど、軽軍神を纏った誰かがこっちにビームを撃ってるのが見えた。多分、それがターゲットだと思う』

「分かった。今どこにいる?」

『空中さ、ナツキちゃんと最低限の物を抱えてゆっくり降りてる所。降下予測地点は……君達の真上だね』

 天井を見上げた隼人はナツキを抱えていたリーヤが着地したのを確認、未だ張られている弾幕に触れない様に軽く手を上げて合図する。

 コンパクトな合図を見下ろしたリーヤが応じてライフルを構え、それを見た隼人は通話を続ける。

『一応ここからターゲットを狙えるけど……どうすればいい?』

「俺が良いと言うまで撃つな。お前のライフルじゃ軽軍神のバリアは抜けにくい」

『言われなくても。僕はスナイパー。むざむざ敵に姿を晒す真似はしないさ』

 そう言って苦笑の声色を放つリーヤにそうだな、と返した隼人は膠着状態の現状に舌打ちした。

(銃撃さえ何とかなれば……!)

 そう思い、歯を噛んでいた隼人は不意に止んだ銃撃に驚き、恐る恐るカウンターから顔を出して周囲を探ると暗闇に立つ深紅のファルカに気付いた。

「待っていたよ、五十嵐隼人君」

 拡声器に通したような声が、ファルカから聞こえる。動かした深紅の剣からワインレッドのオーラが立ち上がり、隼人を嗤う様に揺らめいた。

「随分と野暮な出迎えだな」

「すまないね、君の仲間が邪魔だったからさ。ま、最も防がれてしまったがね」

「当然だ、お前如きに手を出させはしない」

 そう言って立ち上がり、カウンターの前に立ちはだかった隼人は後ろで警戒している咲耶達を一度見るとパイルバンカーのスライドを引いた。

「ほう、随分な自信だ。だが、その虚勢がいつまで続くかな……!」

 そう言って長剣を突き出したファルカに目を見開いた隼人は左半身のスラスターでサイドステップし、直後に走ったビームを回避すると流れ弾に当たったカウンターが爆散する。

 瞬間歯を噛み、無事でいる事を祈りつつ走り出した隼人は右腕のパイルバンカーを起動。スラスター全開で距離を詰めると、バリアにバンカーを突き出した。

「撃ち抜け!」

 叫ぶと同時に炸裂したバンカーがバリアを撃ち抜き、そのまま右拳を叩き付けようとした隼人は深紅色の長剣に防がれる。

 拳を焼かれて三歩分後退った隼人は左手にサーベルを引き抜いて長剣を叩き落とそうとするがまるで独り手に動いているかの様な動きで長剣とサーベルとが斬り結び、激しいスパークを散らすそれを挟んで睨み合う。

「やはり素晴らしい……素晴らしいぞ君の実力は!」

 そう言ってサーベルを弾いた男との距離を詰めた隼人は男の左拳と掌底で真っ向から打ち合い、激しい衝撃波を周囲に巻き散らす。

 そのまま拳を握り締めて潰した隼人は痛みを感じていないのか平然と笑っている男に戦慄し、そのまま胴体に蹴りを入れた。

「ハハハ! どうしたのかね? 拳を潰したところでこの私が動けなくなるとでも?」

 そう言いながら縦に剣を振るった男から離れようとした隼人は左胸部に一撃を食らい、激しい衝撃と共に吹き飛ばされた。

 焼けているカウンターを薙ぎ倒した隼人は驚き、カバーに入った武達を他所に悪態を吐きつつ左胸の溶断痕をなじって立ち上がる。

「大丈夫? 隼人」

「あ、ああ……。それよりも、気をつけろ。ダインスレイヴの刃は溶断能力を持ってる。触れると焼かれるぞ」

 レーザーを撃ちながら支えに入るレンカにそう言った隼人は、突然走った頭痛に膝を突くと歪んだ視界の中でスレイのコミュウィンドウが開いたのを見た。

『あーあ、魔力を注入されちゃったわねぇ』

 そう言って笑うスレイを睨みながら狂気に対する拒絶反応で咳き込んだ隼人は携行していたケースからこぼれたアンプルを手に取って首に当てたが、頑強な装甲が針を阻み、細いそれはあっさりと折れてしまった。

 激しくなる侵食に出力制御もままならず、アンプルを握り砕いた隼人は心配になって振り返った全員に殺意を抱かない様に目を逸らした。

「レンカちゃん、光魔法を隼人君に当ててあげて。それで幾分か緩和するはずだから」

「りょ、了解。アイツは、どうするの?」

「ファルカなら、こっちに任せなさい。あなたは隼人君の治療に専念するの。それで、昨日言ったことを伝えてあげて」

 そう言ってシールドを男に向けつつ、XM90のマガジンを交換した咲耶は心配そうなレンカに鉄仮面を向けながらサムズアップを送ってスラスターを吹かし、武達と共に前に出る。

 隼人と共に残されたレンカは苦しむ彼の背中に弱出力の光魔法を当てる。すると、苦しみ悶える彼がのけぞって暴走しかけているのか灰色の眼光が赤く点滅する。

 その眼がレンカを捉え、震えながら伸ばされた手が弱々しい力で五指を開く。助けてくれとも、殺したいともその相反するどちらとも取れるその手をレンカは迷わずに取った。

「ちゃんと、助けてあげる。それでアンタの過去も何もかもを、受け止める。アンタは、私の全てだから。都合よく、付き合ったりしないから。不器用でも、全部……。アンタが持ってる全てと向き合う。だから……」

「レン、カ……」

「私と……恋人になりなさいよ。それで、結婚して」

 そう言って握る手に力を込めたレンカは呆けているのか動かない隼人をじっと見つめる。その直後、背後から爆発音が聞こえ、吹き飛んできた武達が一度バウンドし、床を転がる。

「はっはっは、どうかねゴミ虫の諸君。私のインパクトボムの威力は」

「ッ……!」

「流石に、鎧を着ていれば直撃を受けても動けるか。だが鎧その物はもう限界のようだねぇ」

 そう言って笑う男の目前、装甲とフレームを砕かれ、垂れ下がった右腕を押さえて膝を突く咲耶の体からボロボロになった装甲がシステム側からの強制排除で剥がれていく。

 損傷したフレームを纏いながら喀血した咲耶を抱えた浩太郎が、ファルカの顔面にヴェクターを連射して撤退しようとするがそれを阻む様に周囲の敵が射撃を放つ。

「さあ、ここで潰れろ! 虫けら共!」

 銃撃を防ぎつつも身動きの取れない浩太郎に叫び、高笑いをする男の笑い声を阻む様に激震が走り、地面に大きな亀裂が入る。

 全ての動きが止まり、その視線が向いた亀裂の先には肩で息をする隼人と、彼の隣で背負っていた薙刀を展開して構えるレンカの姿があった。

「お前ら如きに俺の仲間を、潰させはしねぇ……」

「威勢がいいのは結構だ、五十嵐君。私はそこも含めて好意を抱いているのだからね。だが……君は少々無謀が過ぎるな」

「無謀かどうかはお前が確かめろ。少なくとも俺はそう思ってはいない。切札はいくつもある。だろ、レンカ」

 そう言ってレンカの方を見た隼人は、頷きを返した彼女の頭に手を置いて一歩前に出る。

「やるぞ、スレイ」

『はいはい、さっき登録された術式で良いのよね?』

「ああ、最大出力でぶっ放す」

 そう言って腕を交差させた隼人は掌に仕込まれていた砲口に魔力を集中させると、脳に術式の発動イメージを浮かべる。

(掌に力を移す様に、そして、留め、圧縮し……)

 力が最大になったのを感覚で感じ取った隼人は鎧の中の目を開き、ライフル弾を浴びせてくる雑魚が放ってくる殺気に向けて貯め込んだ力を薙ぎ払った。

「放て! 『セイクリッド・グレイブ』!」

 最大出力で放たれた光が二階を丸ごと薙ぎ払い、内部コンピューター冷却の為にラジエーターを解放したラテラから凄まじい熱量と白煙が吐き出される。

 赤熱化した内部機構がとげとげしい機体のデザインと相まって、まるで燃え盛る地獄の使者を思わせていた。

「あ、悪魔かよ……」

 ダメージが抜けきらずとも意識ははっきりしている武が、薙ぎ払われた二階と隼人を交互に見てそう呟く。

 聞こえていたらしく振り返った隼人に気まずくなった武はサムズアップを返してきた彼にほっと胸を撫で下ろす。

 そんな彼を見て苦笑していた隼人は不気味に笑う男にレンカと共に歩み寄りながら冷却と魔力吸引を済ませた装甲を閉じて走り出す。

「行くぞ、レンカ!」

 そう言って男に殴りかかった隼人は復活しているバリアに拳を流されるがその勢いで踵蹴りをバリアに打ち込むと跳躍したレンカが同じ場所に飛び蹴りを打ち込む。

 同時、レンカの踵からランチャーが撃発し、術式火薬の勢いがバリアに僅かなほころびを生むが威力が足りず、すぐに修復されてしまう。

「抜けさせはせんよ!」

 レンカを狙って弧を描いた魔力を放った男に体勢を立て直していた隼人は舌打ちをしながらブーストダッシュで駆けつけ、生身の彼女を庇う。

 密度の濃いワインレッドカラーの魔力の塊目がけてサーベルをぶつけた隼人はサーベルを犠牲にしながら塊を弾き逸らすとエミッタ―が焼けている柄を傍らに投げ捨てて殴りかかる。

 気合と共に突き出した右ストレート、バリアとぶつかったそれが火花を散らして拳の装甲に干渉するがそれこそ隼人の狙い通りだった。

「バンカー!」

 隼人の叫びと同時、起動したバンカーのチャンバーから高エネルギー状態に入った魔力の高速吸引を示す白煙が吐き出される。

「ぶち抜けッ!」

 激しいノックバックを腕に放ちながら撃発したバンカーが接触したバリアに凄まじい衝撃力を与え、一点に集中したそれがエネルギーの外殻を撃ち抜く。

 反動を受け流すべくマウントレイルごと後方に流れたバンカーのチャンバーが開き、白煙が吐き出されて冷却を開始する。

「今だ、リーヤ!」

 そう叫んだ隼人が体を捻ると屋上の一角がチカ、と光ったのを見てファルカからローリングで離れるとそれを見て体を捻った相手の左腕が肩から対物弾にぶち抜かれた。

『くっ、外れた!』

「いや、問題ない!」

 胴を狙っていたらしいリーヤの悪態に笑いながら返した隼人は傷口から血液を流すファルカを見る。肩から腕を吹き飛ばされたファルカの出血量はかなりあり、普通ならショック死していてもおかしくない。

 だが、男は腕を無くしてもなお平然と迫り、手にした長剣を振り下ろす。それを回避した隼人は白煙を上げるパイルバンカーのコンディションを見ると意識の外にあった長剣を回避した。

「くそっ、どうして動ける!?」

 そう言ってバックステップした隼人はもう吊り下げる物が無い腰のラックをパージすると修復されつつあるバリアに舌打ちし、弾かれた対物弾が彼の傍らを掠める。

 散った破片が装甲に当たって乾いた金属音を放つ中、ファルカを見ていた隼人は業を煮やしたレンカがくるくると回した薙刀の先端から光学レーザーを放ったのに驚き、その場を飛び退く。

 バリアに当たったレーザーが弾かれ、薙刀の排莢口から空になったリムタイプのカートリッジが次々に排出されて乾いた音を発する。

「効かないわねぇ……!」

 そう言って薙刀のカートリッジ装填口を開いたレンカは不意に立ち上った莫大量の魔力に顔を上げ、クツクツと笑うファルカを警戒しつつ装填口にリムを挿入する。

 装填が終わるとハンドガード型のスライドを押し出し、装填口を閉じた彼女は不意に長剣を薙ぎ払い、斬撃を飛ばしてきたファルカに目を見開いてその場を飛び退き、回避する。

「どうやら、この命は短い様だねぇ……。さてと、少し本気を出そうか」

 そう言って剣から立ち上った魔力がファルカにまとわりつき、目を赤く染めた男は隼人に目を向けると先程とは全く異なる速度で動き、彼の目の前に現れるとその剣を振り下ろす。

 目を見開き、動揺しながら左のバンカーで剣を受け止めようとした隼人は嫌な予感を感じてバンカーをパージ、そのまま後ろに下がるが切断されたバンカー諸共浅く腕の装甲が切り裂かれる。

「ッ! このッ!」

 悪態を吐きつつ、右のバンカーを突き出した隼人は残像を残して後退したファルカに攻撃を空振らせ、剣から放たれたビームに吹き飛ばされた。

 叩き付けられた衝撃で声も出せず、咳き込んだ隼人の傍に駆け寄ったレンカは目の前に現れたファルカの脇へ薙刀を振るう。

 が、ファルカは剣で受け止めて薙刀を溶断すると既に柄を手放していた彼女の空中回し蹴りをバリアで受け止める。

「無駄だ、生身の攻撃でこのバリアが抜けるとでも!」

「だったら、この攻撃はどうなのよ!」

 バリアの中の顔を驚愕に変えた男は、空中で回し蹴りの体勢を維持したまま叫ぶレンカの右足に光が集中していくのを見た。

「『セイクリッド・スピア』! ぶち抜けッ!」

 フル出力で光を放ったレンカはバリアを砕いて男の顔面に切れ味の鈍いブレードの蹴りを食らわせようとしたがそれよりも早く剣の腹で殴られ、壁に叩き付けられた。

 殴られた頬が軽く焼け、うめき声を上げたレンカは目の前に迫るファルカに目を閉じて顔を背けた。

「死ね、クソ猫!」

 そう言って剣を振り上げた男は不意に揺れた視界に間抜けな声を上げ、痛みを感じる右脇腹を見下ろすと大振りのククリナイフを肋骨を避けて心臓に突き込んでいた浩太郎の姿があった。

 動揺する男を他所に、冷えた目を向けた浩太郎は上下に動かして傷口を広げた刃を引き抜くと返す刃を回避して柄を弾く。

 そして、腰からトマホークを引き抜いた彼は傷口から血を流す男の背中、ファルカの動力部に分厚い刃を叩き付けると力の源を失った鎧が尻すぼみな停止音を流してその場に膝を突いた。

「馬鹿な……。こんな、この、俺が……」

 膝を突いた機体を見回してそう呟いた男は荒く息を吐きながら歩み寄ってきた隼人に搭乗口の装甲を破壊され、そのまま外に引きずり出された。

「最期に言い残す事はあるか」

 そう言って男を見下ろした隼人は発作を起こした様にのけ反った男に後退り、狂った笑い声を上げて動かなくなった彼に生体スキャンを掛けて死亡を確認する。

「浩太郎、ターゲット死亡。証拠写真を撮っておいてくれ」

「了解。撤収準備もやっておくよ。まあ、装備の回収だけだけどさ」

「迎えの手配も頼んでおいてくれ。今回のこれは無断出撃だから期待できんがな」

 息を荒げながらそう言い、笑った隼人に光学センサーのマスクを向けた浩太郎は腰が抜けているレンカの回収に向かった彼の背中を見ながらセンサーで死んだ男の写真を撮影する。

 撮影完了を確認した浩太郎は通信バンドを基地向けに切り替えようとして慌てたリーヤの声を聴いた。

『隼人君! 後ろだ!』

 慌てたリーヤの声に腰からヴェクターを引き抜いた浩太郎は隼人の背後に迫る人影にその銃口を向けた。

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