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― SS-515「ひりゅう」―

《水中に2本目の魚雷あり!》西野が言った。《後方から、別の65です。方位は265》

「水雷長」沖田が言った。「1番発射管にもう一度、デコイを装填」

《1本目の魚雷は破壊しました》相原が報告した。

「魚雷装填に、あとどのくらい時間がかかる?」山中が聞いた。

 柘植は兵装表示モニタにさっと眼を通した。思案するような素振りを見せた後、口を開いた。

「あと1分です」

「水雷長」沖田が命じる。「デコイをトラフの底に向けて発射する。この艦のエンジン音を出すよう設定」

「デコイにエンジン音を入力」柘植が戦術支援用モニタを見ながら言った。「発射管室からデコイの準備完了とのことです」

「操舵」沖田が言った。「取舵いっぱい、針路090」

「取舵いっぱい、針路090」志満が答える。

 沖田は機械制御盤についている徳山に言った。

「機関室、デコイを発射後、エンジンを停止」

 山中が確認を取るような口調で言った。

「エンジンを停止、ですか?」

「惰性で大陸棚の崖に艦体を下ろす」沖田は答える。


 ―「長征14」―

「4番から発射された魚雷は目標をパッシヴ・ロックしています」楊が言った。

《深度600、相手が面舵に転舵してます》

「ついに戦う気になったか?」陸は言った。「副長、発射管の状況は?」

「5番には、タイプ65が装填済みです」

「5番発射管、奴を目標に設定しろ。雷速を最高にして発射」

「魚雷発射、準備よし」

「発射」陸は言った。

《発令所、ソナー。目標が今度は取舵に旋回してます!》

「ふん、逃げても無駄だ。向こうの艦長は気が狂ったようだな、もう終わったも同然だ」


― SS-515「ひりゅう」―

 エンジンを切った「ひりゅう」は緩やかに沈降していた。沖田は音響測深儀のモニタを見た。水深730メートル前後のところに、縦横数百メートルほどのほぼ円形の平地が表示されている。

「副長、ここの海底の状態は?」

 海底の地形把握は本来、航海長の仕事だが、潜水艦では副長が航海長を兼任する。電子海図を確認した山中が「硬い砂です」と答える。

「分かった」沖田はうなづいた。「操舵、海底に着地する」

「艦を海底に着地させます」

 本条はほとんど何も感じなかった。わずかに3度の前傾姿勢を取った「ひりゅう」はゆっくりと海底に向かって降下し始めた。刹那、ズズンと艦底を突き上げるような振動があり、海底に着地した。

「少なくとも、これで海底に叩きつけられることは無い。砂地が衝撃を吸収してくれる」

 沖田が森島の方を向いた。

「船務長。これまでの状況から、M18を推測できるか?」

「口径の大きなタイプ65を使える艦は限られてきます。中国では商級原潜が該当しますが、これまで探知できなかった点に疑問を感じます」

 森島が意見を述べる。本条もその意見にうなづいた。

《魚雷、感あり!》ソナーが言った。《別の65がこちらへ向かってきます!》

「ソナー、接近する魚雷の状況は?」沖田が言った。

《1本目はデコイを追跡しています。パッシヴ・ロックしています。2本目はパッシヴ・サーチをしながら、我々の方へ向かってきます》

《いま、1本目の魚雷が本艦の左舷を通過します》相原が言った。《雷速は50ノット》

 発令所に甲高いすさまじい音が轟き、やがて消えた。ガス・タービンと二重反転プロペラの悲鳴だ。

「水雷長」沖田が言った。「デコイを準備。2本目の魚雷を目標に設定」

「2本目の魚雷を目標に設定、了解」柘植が復唱する。

「相手が魚雷を発射するペースを考えますと」山中が言った。「商型にしては、早すぎるように思えます」

「商型でも、独自に改良を加えた艦かもしれない。もしくは・・・」

 沖田が言った瞬間、遠くに爆発が響き、かすかな衝撃波が艦体を震わせた。

《発令所、ソナー。1本目の魚雷が爆発しました》

「もしくは、何です?」

「静粛性の性能を考慮すれば、ヴィクター級そのものかもしれない」

「あり得ません。第一、ロシアは退役した古い艦でも原潜を売りません」

「M18については、あらゆる可能性を想定して対処する必要がある。M18がヴィクター級であることも想定すべき可能性の一つだ」

 沖田はインターコムに声を吹き込む。

「機関室、ただちに全速前進。キャビテーションを出さないように。もっと深くまで潜る」

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