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― SS-515「ひりゅう」―

《発令所、ソナー》西野が報告した。《M17からキャビテーションが断続的に入ります》

 沖田は少し首を傾げた。この浅い海域でキャビテーションが出ているようなら、おそらく露頂。水上目標の捜索に集中して、潜水艦には注意していないようだ。

「1番、2番発射管、前扉開け」

 目標動作解析が不正確でも、射程内であれば、探知方位に誘導して命中させることは可能。敵は接近中だから、静かに待ち伏せするだけだ。

《発令所、発射管室》柘植が言った。《1番、2番発射管、発射始めよし》

 作図指揮官の位置についた本条は、沖田の横顔を見ながら思案していた。

 もし魚雷が命中前に探知された場合、敵にデコイを撃たれたり、回避されたりしたらどうするのか。敵も魚雷の到来方向に本艦がいることは察知できる。アクティヴ・ソナーで探知、または魚雷の到来方向に敵が魚雷を発射すれば、自動追尾ホーミングで本艦が捕捉される危険性もある。

 本条の懸念に気づいたかのように、沖田は口を開いた。

「撃沈はしない」

「どうするんですか?」本条は驚いて言った。

「行動不能にさせるのだ」

 沖田はひとしきり説明を始めた。

 まず敵艦の前方からアクティヴ設定にした魚雷を接近させる。敵はその魚雷を回避しようと動き出す。動き出した時のキャビテーションやエンジン音を2本目のパッシヴ設定した魚雷で敵艦の後方から捉える。そして、その2本目の魚雷で敵のスクリューを破壊して行動不能にさせる。本条は沖田の説明を半信半疑で聞いていた。

 このころには敵艦の動きはだいぶ把握できた。

《発令所、ソナー。的針140度、的速10ノット。距離は9000》

 沖田は魚雷発射を命じた。

「1番発射管、次に撃つ。低速、アクティヴに設定。用意、テーッ」

 右舷の発射管から、89式魚雷が電線を引いて走り出した。魚雷の状況は有線誘導により、「ひりゅう」に伝えられる。

《1番魚雷、正常に航走しています。目標までの推定距離約3000》

「アクティヴ探信、始め」沖田は言った。

 魚雷からアクティヴ捜索を始めたことを示す信号が返ってきた。すぐに魚雷が敵艦を探知して自動的に追尾モードに入った。

「1番管、誘導止め」

 誘導電線を放棄した後、1番発射管の前扉を閉鎖する。1番管の魚雷が探知した敵艦の位置を指揮装置ZYQ-51に入力する。これで、2番管の魚雷は正確に目標の位置に直行させることが出来る。

「2番発射管、次に撃つ。高速、パッシヴに設定。用意、テーッ」


― K-236―

 中国海軍のキロ級潜水艦K-236は右前方から向かって来る魚雷を探知した。敵の魚雷から発せられる探信音波が不意に近い距離で聞こえた。魚雷の頭部についている小型のソナーは高周波の音波を使用するため、容易に魚雷と判別できる。

 敵の魚雷はアクティヴ探信しながら急速に近づいてくる。周辺海域には、敵の水上艦艇も対潜哨戒中の航空機もいない。魚雷を撃ってきた敵はおそらく潜水艦。本艦の右斜め前方―南東にいるらしい。浅い深度で高速で航行していたため、水中に対する捜索を充分にしていなかったのが仇になった。艦長の劉・上校(一佐)は自らの失敗を恨んだ。

「デコイ発射用意、前進全速、取舵いっぱい、深さ700」

 劉は回避行動を命じた。魚雷の反対側に向かって深く潜航する。敵の魚雷がどれほどの水圧に耐えられるかは不明だが、対抗手段として圧壊を試す価値はある。魚雷がアクティヴで追尾している以上、自艦が発する航走雑音はもはや関係ない。

「デコイ発射」

 K-236はデコイを立て続けに発射しながら、北に30ノットで回避を始めた。


 ―「長征14」―

《ソナー、感あり!》

「何?」

《方位004に魚雷あり!魚雷は右から左へ進み、距離は大きくなっています!》

「魚雷のタイプは?」陸はすかさず尋ねた。

《アメリカのMk48に近いですが、断定できません》

「ほかに潜水艦のコンタクトは?音響や航跡乱流などはないか?」

《あの一過性の機械音の他には、ありません》

「別の潜水艦がこの海域にいる。おそらくは哨戒任務に来た日本の潜水艦だ」

「ええ。日本が保有している潜水艦は」楊が言った。「通常機関型とはいえ、音は非常に静かですし、スクリューは航跡を残さないように設計されてるはずです」

「分かってる。さっきの音は、奴らが魚雷発射管に装填した音だ。ソナー、敵が魚雷を発射した位置が分かるか?」

《魚雷の方位と雷速から推測しますと、発射位置は今の我々から6500の距離です》

「敵がその位置にいるとしよう。副長、目標動静解析開始」

《魚雷が針路を変えました》ソナーが報告する。《現在の方位は一定、信号の強度は強まってます》

「彼らはキロ級を撃沈するつもりでしょうか」

「我々はそれを見物しよう」陸は言った。

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