第33話 風に乗って

 わたしは美佳、地元の県立高校の二年生。ある目標の為に中学からやっていたので、高校でも吹奏楽部に入部したの。その目標とは甲子園で自分の学校を応援したい! その一念で中学から吹奏楽に入ったんだ。それはね、わたしの幼なじみに達ちゃんが居たから……

 達ちゃんは、小学生の頃リトルリーグでも活躍したほどの投手で、中学の時はあちこちの高校の関係者が見学に来たほどだった。

 でも、達ちゃんは有名な私立に進学しなかった。わたしは、その理由を訊いてしまった。そうしたら

「俺は地元の高校で甲子園に行きたいんだ。だから地元の県立にしたんだ。俺たちが生まれる前に一度県大会の決勝まで行ったそうだけど出られなかった。最近はベスト四止まりだから、俺が甲子園に連れて行ってやるんだ!」

 その言葉が嬉しかった。その日からわたしに目標が出来た。達ちゃんが投げる甲子園のスタンドで応援する……わたしのトランペットをマウンドに居る達ちゃんに聞かせる……

 それがわたしの目標になった。勿論、地元の高校の目標は普門館に出場することだ。吹奏楽の甲子園と言われる普門館だけど、実は「全日本吹奏楽コンクール」はもう普門館で行われていない。耐震に問題があるので使用出来なくなってしまったのだ。それ以来コンクールは「名古屋国際会議場」という場所で行われている。顧問や卒業した先輩によると

「緊張感がまるで違う。どんなに頑張っても普門館で演奏出来ないあなた達は可哀想」

 そう言われてしまった。実はわたしは一度だけ普門館に行った事がある。中学一年の時に吹奏楽部が全国大会に出場したのだ。勿論わたしは見学に行ったのけど……でもあの感じは判る。なんとも言えない緊張感の中でわたしも吹いてみたかった。

 わたしは達ちゃんに自分の想いを重ねていたのだ。だから達ちゃんはわたしで、達ちゃんはわたしでもあるんだ。

 吹奏楽の地区大会は甲子園の予選より早い。わたし達の地区予選は六月の末には行われる。今年はわたしもメンバーに選ばれて地区大会に出場した。金賞が三校選ばれ、その内県大会大会に出られるのは二校……わたし達の高校はその二校に選ばれたのだ。それを知った達ちゃんから夜にメールが来た。

『やったな!普門館目指して頑張れ! 俺も頑張って今年は甲子園に行く!』

「そうだよ達ちゃん。わたしを甲子園に連れて行って!」

 そう返信した。思えば男女のメールなんだから、もう少し何かあっても良さそうなものだが……

 

 県大会は達ちゃんの野球部の予選と被ってしまう。吹奏楽部には今年こそ、という空気が支配していて、皆ピリピリしている。でも野球部の応援には行く事になった。但し、県大会の決勝に出たらという事だった。大丈夫だよね達ちゃん。わたしは信じているよ。必ずわたしを甲子園に連れて行ってくれるって……

 吹奏楽部の練習も凄い! わたしは判っていたけど、メンバーになるとやはり違う。でも、そんな時は達ちゃんの顔を思い出して頑張るのだ。

 野球部は順調に進んで、何と決勝に出る事になった。学校中もう大騒ぎで、父兄やOBが寄付をどうしようかとか相談している。なんせ後ひとつ勝てば甲子園なのだ。テレビで全国に我が母校が紹介されるのだ。騒ぐなという方が無理だと思う。

 わたし達吹奏楽部も応援に決勝の日は練習を休んでスタンドに陣取った。メンバーそれぞれの応援歌が決まっていて、打席に立つとそれを演奏する。その他にも守備の時や、チャンスの時に演奏する曲も決まっている。

 試合は六対六で最終回を迎えた。今日の達ちゃんは調子が悪いみたいだ。何だか何時もより玉が遅い気がするのだが……でも思えばこの日まで連投で来たのだ疲れていない訳がない。達ちゃんだって人の子だ。それにこの試合で勝てば念願の甲子園だもの、緊張するなという方が無理だ。でも頑張れ! わたしがついてるぞ! 風に乗って届け!わたしのトランペット!

 九回の表に何と達ちゃんがホームランを打って勝ち越した! わたしは嬉しくて思い切りトランペットを吹く。

 そして試合はいよいよ最後となった。ツーアウトから達ちゃんは緊張からかフォアボールを出してしまった。なんとかこらえて欲しい……ここからでも達ちゃんが緊張しているのが判る……うん、どんなに遠くてもわたしには判るんだ。


 白いボールが空高く舞い上がり、放物線を描いてスタンドに吸い込まれて行く。わたしはそれをスローモーションを見るように見送った……

 歓喜しながらベースを一周する打者。審判が「ゲームセット」の合図に右手を高くあげた。駄目だよ、まだだよ、未だ、この裏があるんだよ……わたしの虚しい心の叫びとは裏腹にサイレンが鳴り渡った。

「ご覧のように……決勝は……高校が八対七で勝ちました……」

後は耳に入って来なかった。判ったのは甲子園初出場はならなかったという事だった。スタンドに向かい整列する野球部……達ちゃんはメンバーに肩を抱かれている。その頬は大粒の涙が流れて行く。それを見て吹奏楽部の皆も泣き崩れる。

 まさか……勝ったと思ったよ。勝利の神様はぬか喜びだけさせたんだね。

 夜になり達ちゃんからメールが来た。

「今日は応援ありがとな。お前を甲子園に連れて行けなくてゴメン。でも来年はもっと鍛えて必ず連れて行く! だからお前も普門館頑張れ! 必ず全国行けよ!」

 そんな事が書かれてあった。大丈夫だね。人の事心配する余裕が出来たんだね。ならば、明日からわたしはもっと頑張る! 必ず行くんだ! 秋の全国大会! 今度はわたしが甲子園に出る番だよ。


   了

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