第23話 ポチと僕 2

  秋の日差しが長くなった頃、その日の朝の散歩はお姉さんだった。ポチはその理由を後で訊いてみようと思い、その時は大人しくお姉さんの指示に従って散歩に出た。

 何時もの公園に行くかとポチは思っていたが、お姉さんは逆の道を歩き始めた。

「ポチ、たまには違う道も新鮮でしょう? まあ、匂い付けがちょっと困るけど、いいわよね!」

 お姉さんはそうポチに語り掛ける。ポチは内心、実はドギマギしている。何故なら、実はこの前、隆史と会話しているのを、お姉さんに見られていたかも知れないからだ。

 そんな事を考えていたら、向こうから綺麗な雌のシェルティが連れられて来た。ポチは始めて見る娘なので、ちょっとドキドキしてしまった。挨拶ぐらいはしたほうが良いかな? とか、気の利いた一言でも言おうか?とか考えてしまった。

 連れているのは、大学生ぐらいの男の人で、ポチの目から見ても中々綺麗な人間だと思った。

『はは~ん、お姉さんはこの人と出会いたかったのか!』

 そう目星を付けたポチは何だか余裕がで出て来た。そして、おねえさんが、向こうの大学生と話をしている間に自分も声をかけてみた。勿論日本語でだ。但し飼い主達には聞こえないようにリードを引っ張って、少し距離を置いた。

「こんにちは! 僕は柴犬のポチと言うんだけど、君は何と言う名なのかな?」

 そう言うと向こうは大層驚いて

「あなた、普段から言葉を話してるの?」

「いいや、普段は吠える事しかしないよ。でも今日は君と親しくなりたいから、言葉で語りかけたんだよ」

 そう言うと彼女は

「そう、それなら判ったけど、驚いたわ。私はシェリー、霧島シェリーよ、宜しくね」

「はは、ありがとう。中には話せない犬もいるからね」

「そう言うのは品種改良で極端に脳が小さくなった種類とかでしょう? あとは野良犬とか人間と関わり合いが無かった犬でしょう」

「まあ、そういう事さ。でもたまに英語しか放さない奴もいるし」

「そう、最近多くなって来たわね。今度は英語も覚えないとならないのかしら?」

 そこまで話が進んだ時に、飼い主の話も終わったようだ。ポチは、小さく「それじゃまた」と言ってシェリーと別れた。


 お姉さんは、それから大回りして何時も公園にポチを連れて行った。ベンチに座ったので横にポチも座る。するとお姉さんはポチに顔を近づけながら

「あんた、さっきのシェルティ、気に入った?」

 そう訪ねて来たのだ。まさか、本当に自分に訊いてるのだろうか?と訝っていると

「気に入ったわよね。二匹で色々話していたものね」

 そう言ったのだ。やはり知ってるんだ、と思い、覚悟を決めると

「まあ、犬同士が何を話してるのかは知らないけど、私は今日あった人に恋してるの。高校の先輩でね。その頃から好きだった。最近この辺散歩に来てるって言うから、今日は私がお前を散歩に連れてきたんだよ。判ったかな?」

 良かった……ポチは心の底からそう思うのだった。


 それから、三日に一回はお姉さんがポチを散歩に連れて行く様になった。勿論、あの時の道を散歩するし、例のシェリーを連れた大学生が目あてなのだと丸わかりだ。そこで、ポチは会話の時にシェリーにも協力して貰う事にした。

「面白そうね。ウチのお兄さん、彼女いないのよ。前に失恋したきりなの」

 それを訊いてポチは自分の家を教えた。するとシェリーは

「じゃあ、今度私があなたの家の前を通る様に誘導するわ」

 そんなことを言い交わして二匹と二人は別れた。


 それから何日か後の夕方、ポチはシェリーの匂いを僅かだが感じた。この前の約束通りシェリーが飼い主を連れてやって来たのだと思った。すかさずポチは大きな声で吠えた。

「ワン、ワンワン」

 珍しい吠える行動に、家にいたお姉さんが驚いて飛び出して来た。

「どうしたのポチ」

 お姉さんが言うとポチはリードを咥えている。

「散歩に行きたいの?」

 今度は訊くとポチは「ワン」と言って答える。

「仕方無いわね」

 そう言ってお姉さんは、リードを付けて鎖を外し裏口から表に出た。その時だった。先輩が向こうからやって来たのだ。

「あ、先輩……」

 驚きつぶやくお姉さんに向こうからやって来た先輩は

「あ、君の家ここだったのか……知らなかったよ。なんか、こう偶然に出会うと運命的なものを感じるね」

「先輩……あの今度、一緒に散歩させませんか?」

 お姉さんがやっと言うと先輩は嬉しそうに

「ああ、こちらこそお願いだよ。その方が何倍も楽しいからね」

 どうやら、最初の一歩は始まった様だ。ポチとシェリーは嬉しそうに笑った。

 暫く一緒に散歩を楽しんだ後に、次の約束をして二人は別れた。どうやらメアドも交換したようだ。ポチは深い満足感に浸っていた。自分がお姉さんの恋の橋渡しをしたという事実に深い満足感を感じていたのだった。

 夕日が川の向こうに沈もうとしていた。何時もの公園にお姉さんとポチは座っていた。ふと、お姉さんがポチに言った

「ありがとうねポチ、匂いがしたから私を呼んだんだよね。あんた利口だから、私が先輩のこと好きなの知っていたんだね……ほんとあんた人間以上だよ。まるで言葉が判るみたいだね」

 この時よっぽどポチは話そうか?と思ったのだが止めた。それは何時かどうしようも無くなってからでも遅く無いと、思い直したのだった。

「ワン、ワン」と軽く吠えるとお姉さんは優しくポチの頭を撫でたのだった。

「さあ、もう暗くなるわ、家に帰りましょう。あんたも夕御飯よ」

 お姉さんとポチは真っ赤に照らされながら家路についた。

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