明日僕へ狂おしいジャパンと中の
@kerorikku
第1話: テルリファ=ケロリック
テルリファ=ケロリックは流浪の民であった。
流浪の民と言っても、それは砂漠だとか海の民だとか、そういうロマンチックにアドベンチャーに包まれたようなすばらしいものではなくて、現代日本でホームレスをしているようなむごい状態をそれっぽく形容しただけのなんとかなのであった。
ケロリックはもともと異世界の生まれだった。
しかし何の因果か、なんちゃら世界のなんちゃら神とやらに「貴様は異世界へ行け」と言われて無理矢理連れてこられたせいで、そしてその現地通貨や服装なんかも持っていなかったので、あっという間に困窮者となってしまったわけである。
ケロリックはもといた異世界では、いわゆる勇者の称号の名のもとに蛮族どもをバッタバッタと殺戮する無法者であったが、こと現代日本でそんなことをしてしまっては、あっという間に縛り首になってしまうので、ケロリックが現代日本で暮らすのはほとんど不可能に近いものがあった。
その上ケロリックの身の丈約190cm、髪は藍色、目は純白という、そんなケロリックを見て彼に目立つなと言う方が頭がイッちゃってるんじゃないかと思われるものであり、彼は現在進行形で警察に追われていたのであった。導入終わり。
「あそこだ!いたぞ!」
「ふーはははははは! わたしは勇者なので捕まえても無駄なのだ!!! ふーははははのは!」
この、全く形容しがたいおぞましさで笑い続けるヒトめいた人間が、先ほど導入部分で説明させていただいた勇者テルリファ=ケロリックであり、知性の欠片も宿っていないその姿は、彼こそがもはや蛮族なのだと表現しても失礼に値しない。
「もういい!撃て!射殺だあんなやつ!何人殺したと思っているんだ!」
一回り階級が上っぽいノリの襟章をつけた警察官が何やら下っ端と見られるヘルメットを被った部隊に命令をし始めた。とんでもなく荘重な装備をして「もしかしてこれは軍隊ではないのか」と見間違うほどであったが、おそらくその装備の面影を見るに、このヘルメットの群れは機動隊だろう。
射殺命令がくだされるとすぐに、バズーカ音と控えめな薬莢の落下音との多重奏によって、あたり一面がオーケストられはじめた。警察の装備も昔と比べてハチャメチャでメチャクチャになったものである。
「神聖魔法・ヤーファ=グレードル=コヌ=パ=イル=ビルイド=ラーヌ」
しかしケロリックがそう唱えると、そんなキッチリとしたすごい装備なんて知ったことかと言わんばかりに、機動隊と思しき警官隊は、一瞬のうちに吹き飛ばされてしまった。ファンタジー物語における警察の扱いなど所詮こんなものである。神聖魔法と名がついているこの魔法は、神聖とは言うものの、ぶっちゃけなんでもありの汎用的な魔法なので、今回彼が起動した魔法はもともと作っていた魔法符を呼び出しただけでこれはそもs(中略)
「ふぅ」とケロリックはため息をついた。
ケロリックが現代日本に送還されてから、この騒動を起こすまで、なんと4時間も経過していない。かつて勇者と名がつくものが呼び出されてこの短時間の間に大量殺戮を行なうなど果たして在っただろうか。しかも彼はもはや勇者という称号ではなく、現代日本での彼の肩書きは殺人者及び住所不定無職・詳細不明の外国人で、どのように謙虚に見積もってみても、頭が爆裂したコスプレ不法滞在外国人犯罪者だ。
だがケロリックにとっては現代日本への送還は青天の霹靂だった。つまり衝撃的だった。
その上ケロリックにとって、現代日本の日本人は、異世界ではモンスターとして登場する野蛮な蛮族と同等なのであった。なぜなら外見がすさまじく酷似していたからだ。
ケロリックのいた世界では、現代日本の日本人のような外見をしたモンスターは、トリアターマと呼ばれる種別に相当し、それぞれの強さにランクはあるものの、大抵下等モンスターと呼ばれており、ほとんどの輩は知性がないとされている。稀に突然変異が起こってアリエーヌと呼ばれる天才種になり、これによって世界に破滅がもたらされることがあったが、彼のいた世界がアリエーヌによって滅んだことは2回くらいしかなかったので、危険度としてはそれほど高くない。
ケロリックは、この世界のトリアターマが、全体的に攻撃力が高いことを知った。そして脆弱性が高く、少しつついただけで呆気無く経験値を手に入れられることもだ。
ケロリックは、なんちゃら世界のなんちゃら神と呼ばれる神にここに呼ばれたことは知っていたが、なんのために自分が送還されたのかは検討もついていなかった。否、なんちゃら神の説明がかなり抽象的だったので、彼の鳥頭な理解力ではその理由を脳に代入することは能わなかったのであった。
ケロリックがとぼとぼ街を歩いてこれからどうしようか途方にくれていると、一人のトリアターマがケロリックの目の前に、空から現れた。颯爽と現れたトリアターマの性別はすなわち女性だった。スラリとした体躯でスタイルは抜群。ロリロリじみたちんまりした印象を彼女から与えられることは絶対にありえず、これが女性の理想形だといわんばかりの艶かしさを備えたそのトリアターマは、ケロリックの目の前に立つと優雅に一礼をかました。ちなみに眼鏡はかけていない。
「誰だお前は。殺すぞ」とケロリックは、一瞬動揺しながらもそう呟いた。
自分の索敵範囲内に敵対者が現れてそれに気付かなかったことなどこれまで13回程度しかない。それにも関わらずトリアターマごときが自分のパーソナルスペース的な何かに侵入してくるとは大した実力者だとも感じた。
一方でトリアターマが動じた様子はなかった。その様、まるで手慣れた手つきで犬に餌をやるが如くであり、そうして次のような言葉を紡いだ。
「はじめまして。私は第二指定ジャパニーズテロリスト『狂える至高の魔羊』の幹部、伊東恵美子だ。あなたを勧誘に来た」
ケロリックはそんな戯言を無視してさっさと神聖魔法を起動し始めた。不気味なものには先制攻撃をするべきだ……とは、ケロリックの師の教えであった。彼は正しくそれを守り、雷撃を呼びだそうと魔法符を起動する呪文文を口に出した。
「神聖魔法・ヤーファ=グレード…
「中断魔法・シティ=アル=エルシィ といったところかな。異世界からの客人よ」
an 伊東恵美子(=伊東恵美子という人)がそう話すと、ケロリックの汗の分泌量は最高値に達した。嫌な予感しかしない。しかもその中断魔法が発動されると同時に、魔法が起動することはなかった。雷撃の魔法の起動が、かなり早い段階で中断してしまったのであった。
ケロリックは驚愕した。トリアターマが魔法を使っただとと。しかも高次元の魔法を使われたことにかなり驚愕した。ケロリックはマジで驚愕した。
これではまるでアリエーヌではないか。彼は冷や汗が出っぱなしだった。やはり異世界人でもそういった分泌機能はトリアターマと同じであった。
「ずいぶん驚いているようだが、魔法を使えるのが貴様たちの特権だと思ったか?勇者よ。現代日本では、勇者などとうに何度も葬っている。いまはもうここは貴様ごときに敗れるジャパンではない。服従か死か、そのどちらかを選べ。愚かなクズよ」
ケロリックは臣従を選んだ。それは大変賢明な判断だった。伊東恵美子という人は、それを見てかすかに笑みを浮かべた。それは何やら妖艶なそれだったが、彼女はケロリックを昏倒させて、その場から、いったいどうやったのか、一瞬で消え去ったのであった。
第二指定ジャパニーズテロリストと呼ばれる彼女たちの組織は、世界各国で大暴れし、人々に迷惑をかけまくる存在であり、政府も手をこまねいていた。
まぁそれはさておきこれはプロローグである。テルリファ=ケロリックはこの物語の主人公ではなかった。彼は脇役。黒子、単なる雑魚。稚魚。モブ。フラッシュモブ。
この物語は、この小説が読まれている日本とは、あらゆる点でかなり乖離した、ファンタジーのファンタジーであり、もっと具象化すればこの物語は、西暦2100年に建国された『現代日本』に暮らす人々の、愚かで儚いラブ&ピースとコメディと、そして愛に満ちみちあふれあふれた、狂おしいほど平凡なこの世界の日常を綴るものである。
はじまりはじまり。
明日僕へ狂おしいジャパンと中の @kerorikku
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