#2 花子の主張

「全然関西弁じゃないじゃん」

 花子の言うことを真に受けていた当初、私は彼女にそう言ったことがある。

「標準語で教育されたから」

「そうなんだ」素直にそう思っていた。

「お父さんの暴力から逃げるために越してきた」そうなんだ……。

「母方の姓は安田なんだ、早く離婚してヤスダになりたい」そうなんだ……。

「お母さんの仕事見つかりそう、薬剤師だから資格職で」良かったね……。

 後日、私は四人家族の彼女のマンションを訪問して、部屋を間違えたのかと思うほど混乱した。部活へ行く途中らしい坊主頭の弟くんらしい子が、私の顔をみて何か察したらしく「姉貴の友達ですか」と会釈した。その姿勢に、何か済まなそうな態度が滲んでいたのが、私が唯一信じることの出来た彼女の家庭事情だった。実情として、彼女の家庭事情というのは、家族が彼女を抱えていることらしかった。

 私は、彼女が何故それほどウソを吐くのか、ということを別に怒らなかった。そのときに見た、彼女の家族全員の諦念の印象にかぶれたような感じもした。彼女が自分を偽ること、それはライオンが他の動物の肉を食べるようなもので、鳥が他人の頭の上を飛ぶようなものだ。他人の有様を深く問うても仕方ない。私は自分がそれほど共感できないだろう動機を、強いて分かりたいとは思わなかった。聞いても、どうせ理解できない。

 彼女が「お父さんに蹴られた」と言って、シャツをめくって背中を見せてきたときも、私は自分が見た、彼女の父親の風貌を頭に浮かべつつ「そう、」とだけ言った。

 私のこの、信用にも不信にも踏み切らない冷淡さが、彼女の気に入ったらしかった。彼女が彼女なりに私を重宝し出したのが、どこかで私にもふと分かった。

 そのうちに、彼女が家庭事情の話の最後に言い出したのが「華子」だった。彼女は私に黙って聞くことを求め、その次に日常的にともに目撃すること、それから記録して閲覧させることを求めた。

 花子の話では「華子」は彼女の母親の罪だった。彼女は産まれたときに、双子だったという。エコー検査でそのことが判明したとき、もう一人の子には「華子」という名前が与えられていた。しかし女児二人を出産した母親は、彼女たちを見て錯乱し「二人も女の子が欲しいなんて思わなかった」と言い、姉が錯乱の犠牲になった。

 家族は誰も母親を責められず、届け出上は死産ということになっている。華子は密かに海に捨てられ、その遺骨とて残っていないが、家族の誰も、初めから彼女など居なかったようにその話をしない。しかし確かに存在した証拠がある。妹である自分には会いに来るのだ……。

 正直言って私は「何に影響されたんだろう?」と思った。当時ホラー映画が流行していたからそれかと思った。冗談まじりに「でもあんた、そのとき赤ちゃんでしょ」と言ったら、彼女はその後も見たことないぐらい猛烈に反発した。

「花子の言うことを信じられないの?」「え、」だってあんた本当にウソ吐くじゃん、という言葉は流石に呑んだ。しかし表情に出ていたと思う。

「私じゃないよ、お姉ちゃんの方」彼女曰く、華子が花子に一切を明かしてくれたということだった。

 私は、会ったことのない、彼女の姉の言うことを信じるふりをした。そうしたのは、そうでないと彼女にコンパスで刺されたり、道路に向かって突き飛ばされたりしそうだったから。私はただ、彼女の昂奮から来る事故を回避するために、彼女の求めるとおりに頷いた。バスの乗客がみんな、私たちの白熱ぶりを変な目で見ていたのを覚えている。

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